脇差と“声”と妖


新入りを連れて戻ったふたりは、おみやげのにおいを嗅ぎつけた短刀たちに捕まった。
苦笑いながら和菓子の入った箱と一期を明け渡し、自分は皇とともに桐箱を部屋へと運ぶことにした。

「粧裕?」
「おかえりなさい。」
「遅かったな。」
「大事ないか?」

縁側を歩く粧裕を出迎えたのは、伊達の三振と岩融。
察するに、先ほどまで今剣もここに居たはずだ。
今は、和菓子につられて歌仙たちにお茶をせびっているだろうけれど。

「ただいま、です。」

ごく自然に向けられる「おかえり」の言葉に多少のくすぐったさを感じながらも返事をする。
大きな姿のまま粧裕へぴたりとくっついて歩く皇をみて、光忠が首をかしげた。

「どうしたの、皇。」
「?」
「ん、何か乗せてるのか。」

大分ここの面々にも慣れて来た皇が大倶利伽羅へすり寄ると、頭を緩く撫でる彼の向こうに桐箱が見えたらしい。
鶴丸が立ち上がって、皇の尾を退ける。

出て来たのは、厳重に封のかかった綺麗な箱。
それを見た鶴丸と岩融は不思議そうだ。

「なんだ、これ?」
「…また変なものを拾ってきたのではないだろうな?」
「おい、またってなんだ。俺たちの事を言ってるのか。」

鶴丸の言葉にも耳を貸さない岩融に、粧裕は小さく笑った。

「うちの新入りさんですよ。」
「?」

部屋へと入れると、四人は興味深そうについてきた。

「さっき外へ出た時に、一期様と一緒にお土産を買って来たんです。折角ならご一緒出来たらいいなと思って。」
「へえ。」
「何買ったんだ?」
「和菓子ですよ。短刀たちへ預けたので、人気なものはもうないかもしれませんね。」
「ははっ、残念だ。」

笑う鶴丸に笑顔を返して、部屋の真ん中へ箱を置く。
ぼひゅ、と煙を焚いて小さく戻った皇を撫でてやると、少し擦り寄ったあと邪魔にならないようにと大倶利伽羅の首へ収まった。

「それにしてもでかいな…大太刀か、薙刀か…」
「俺はいるだろうが。」
「なら、大太刀…石切丸か、蛍か、………次郎、だったりしてな。」

小さく吐きだされるようにして紡がれた鶴丸の言葉に、三人はぴくりと肩を揺らした。
ほんの少しの沈黙のあと、光忠が小さく首を振って言葉を紡ぐ。

「次郎さんは置いておくとして、石切丸さんと蛍丸くんはこの本丸のどこかに居るはずだよ。」
「なら、」
「まだ、あるだろう。」

ずっと静かだった大倶利伽羅が声を発した。
残りの三人が顔を向ける中、粧裕は丁寧に封を剥していく。

「大きさ的にも、ちょうどそのくらいだ。」

かた、と小さく音を立てて、箱を開ける。
出て来たのは、梵字と三鈷剣が彫られ、紫の飾り紐のされた長物。

「―――“槍”だ。」


綺麗な紋に、美しく磨かれた刀身。
ひどく大切に敷かれた幾重の布の上へ横たわるその姿は、それだけで威圧感を感じるほどだった。

「蜻蛉、か。」
「そういや、この本丸へは来た事なかったな。」
「俺もここに来て長いが、蜻蛉切を見たのは演練以外では初めてだ。」

岩融がしみじみ言うのを聞きながら、粧裕はいつもの様に露出が無い事を確認して手を伸ばした。

が、次の瞬間。
部屋は急に現れた旋風が吹き荒れ、気が付いたら粧裕は光忠の腕の中に居た。

慌てて顔を上げて桐箱を見ると、中にあったはずの槍は消え、代わりに部屋の奥には黒い袴に葡萄色の髪をなびかせる男の姿。
槍――本体は、彼がぎゅっと抱き寄せている。

「…ここの刀たちは、ご自分で顕現なさるのがお好きなようで。」
「本来は、名とともに引き換えなのだがなぁ。」
「岩融も人の事は言えませんからね。」
「……分かっておる。」

最初の事を思い出してか、多少苦い顔をする岩融を一瞥して、今度は葡萄色の彼の方へ向き直る。
身体は依然、離してくれそうにない光忠の中だ。

「はじめまして、蜻蛉切様――で、よろしいでしょうか。」

できるだけ優しく、と言葉と声を選んだつもりではあったが効果はなかったようで。
更に険しい顔をした後、再度舞った旋風に一同が顔を覆った。

ややあってから止んだ風に、そっと彼が居た場所を見遣るも、そこには空の桐箱がぽつりと置かれただけだった。

「会って早々刀を向けられる事はあれど、避けられるのは初めてです。」
「……お前のその時々呟かれる言葉は、俺たちを責めてるのか。」
「まさか。」

――――――――――――――――――――


一度その場をお開きにし、鶴丸たちは和菓子をつまみにいった。
粧裕は大倶利伽羅から皇を呼び戻し、いなくなってしまった彼を探すことにした。
本丸から刀剣男士が勝手に出ていくことはできないし、何より自分の力を吸って顕現しているのだ。
いるならば、本丸の敷地内、ということになる。

「…さて、と。聞き込みと行きましょうか。」

きょろりと辺りを見回して、まずは今人が集まっているであろう厨の方へ向かった。



「歌仙、いますか。」
「ああ、何だい粧裕?」

ひょっこりと顔を覗かせると、料理本を捲っていた歌仙が顔をあげた。

「また読んでたんですか。」
「案外楽しいよ、君もどうだ?」
「それはまたの機会に。」
「そうか、残念だ。」

にこりと優雅に笑う彼に小さく息をつきながら、本来の目的を告げる。

「蜻蛉切様を、見ていませんか。」
「蜻蛉切…?」
「先ほど政府から持って帰ってきた桐箱の中身。彼だったんです。」
「ああ、なるほど…」
「封を切って開けてみたら、まあ、いつもの如く呼ばずとも顕現していて。」
「…逃げられたのか。」
「まあ、そんなとこです。」

へら、と笑うと、歌仙は読みかけの本を閉じて立ち上がった。

「まったく。刀を向けられるなら、いざ知らず。とうとう逃げられるようにまでなったのかい。」
「はは、それ言ったら岩融に怒られました。」

全く反省する気持ちが見られない粧裕に、歌仙は些か不似合いではあるが内番着に依代をひっかけた。

「僕も一緒に探そう。」
「いいんですか。」
「君だけに任せていたら、日が暮れそうだからね。」
「…何気に言ってくれますね。」

冗談の言い合える仲に、こちらも少しくすぐったく思いながら二人は厨を後にした。

――――――――――――――――――――


本丸内を回りながら出会う面々に、同じように蜻蛉切の居場所とその経緯を話しながら捜索を続けることはや一刻。
確かに本丸は広いが、皆も歌仙と同じように一緒に探しているのに。
これだけの人海戦術と、気配には敏い長谷部がいるのに見つからない。

「…槍は、隠蔽がそんなに高いものなのですか。」
「いや、そうでもなかったと思うけどなぁ…」
「脇差部隊がいたら、もう少し早いんだろうけどな。」

悪戯に笑いながら言う長曾祢に、粧裕は溜息をついた。

今この本丸で顕現し、彼女と共に生活をするのは大部分が太刀、打刀、短刀たちだ。
短刀たちも必死になって探してくれてはいるものの、見つからないのが現状。

偵察に長けた、唯一の脇差である堀川は、和泉守と一緒にふらふらと一応は探しているようだが、本腰をいれるつもりは今の所ないらしい。

「貴方の言葉なら、聞いてくださるんじゃないですか。」
「君の言葉でも、あいつは聞くさ。」
「ここへ来てそこそこ日が経ちますけど、あの方とは話もしたことがないんですよ。」

心底困ったように眉を下げると、仕方ないかと苦笑いを作った。

「おい、堀川!」

長曾祢の言葉に顔を向けるも、隣にいる粧裕を確認して複雑な表情になる。
躊躇いを見せた彼の背を、隣にいた和泉守が優しく押した。
諦めたように息をついて、ふたりで長曾祢たちへ近寄ってくる。

「何ですか、長曾祢さん。」

初めて聞く声に、粧裕は新鮮さを感じていた。
思っていたよりも多少少年らしい声に、少しだけ彼のイメージを書き換える。

「もうちっと本気で探してやってはくんねぇか。」
「…探してますよ。」
「打刀の和泉守と一緒じゃ、正直見える範囲も狭まるだろ。」
「……」
「和泉だって、ガキじゃねえ。少しの間放っておいたって構わねえだろうよ。」

ちらりと隣の相棒を見遣ると、視線に気が付いた和泉が小さく微笑んだ。
何かを感じ取ったらしい堀川が更に溜息をついて踵を返した。

「兼さんを、お願いしますね。」
「ああ。」

満足そうな長曾祢をぼんやり見ていると、少し離れたところから堀川が声をかけてきた。

「何、してるんです。」
「え…?」
「僕が見つけたところで、貴女がいなければどうにもならないでしょう。」

なるほど、そういう事かと他人事のようにひとつ頷く。
行きますよ、と一言かけてまた歩き出した彼の後ろを、少し速足で追いかけた。

――――――――――――――――――

先ほどまで見つからなかったのは、何なのか。
彼は、あたかも居場所を知っているかのように迷いなく歩みを進めていく。

「…堀川様、」
「……………なんでしょう。」

大きく間をあけて一応返ってきた言葉に多少安堵しながら、気になっていた事をこれを機に尋ねることにした。

「貴方は、私へ刀を向けないのですね。」

ざり、と音を立てて、順調だった足が止まった。
ゆっくりと振り返った彼は、いつも相棒に向けるような表情では決してなかった。

「何が、言いたいんですか。」
「私がここへ来てから、幾度となく刃は向けられてきました。それを悪いとは思わないし、それが当たり前だとすら思っています。」
「…」
「なのに、貴方は私へ刀を抜いたことはない。」
「それは、兼さんたちも一緒でしょう。」

兼さん、という言葉に少し考えて、先ほど置いてきた彼の顔を思い浮かべる。

「ここの刀たちは、おおきく二つに分かれます。私を“敵”とみなし、追い出したがる者。または、何等かの事情で先に私を知ってしまって、向ける戦意を打ち消した者。」

例であげるならば、歌仙、長谷部、宗三、岩融、粟田口等は前者、三日月、江雪、伊達の三振たちは後者だ。

「貴方達五人ならば、大和守様は前者、清光、長曾祢は後者です。」
「…兼さんは。」
「あの方は、どちらかと言えば後者です。ただ、私との距離を図りかねているのでしょう。だから、つかず離れずの距離を保っている。」

でも、貴方は違う。
粧裕の言葉に、堀川は目を細めた。

「貴方は、ここにいるけれど私とは良くも悪くも関係を持たない。決して。」
「…」
「事実、私は貴方の声をついさっきまで知らなかった。」

彼は、少し沈黙を保ったあと仕方なさそうに溜息をついた。

「他の皆に、聞いたことがありませんか。」

唐突に始まった彼の話に、思わず目を丸める。

「昔ここに居た審神者に、折られた刀があるって。」
「…ええ。一期様がああなったのも、ある意味ではそういう対応があったからだと。」
「一期さんは、確かに弟たちを憂いて闇へ堕ちた。でも、僕からしたら羨ましいくらいです。」

沈黙を返して先を促すと、堀川は逸らしていた視線を粧裕へ向けて言った。

「僕は、二振目の“堀川国広”です。」
「二振目…」
「一振目は、僕の目の前で折られました。」

事もなげに教えられたそれに、言葉がでなかった。

「短刀の彼等は、確かに折れました。戦場で、戦って散っていきました。」
「…」
「ある意味、幸せだったでしょうね。刀として、殉職していったんですから。」
「堀川様、」
「僕は、刀になることすら、できなかった。」

ぐっと手に力が籠り、握りこまれるのが見えた。

「一振目の僕に、戦場の事はよく聞いていました。“彼”は、相棒である兼さんと戦場へ出る事に誇りを持っていました。僕も、それを羨ましく思いながらも毎日楽しくその話を聞いていました。だから、一振目の僕が辿ってきた軌跡は、よく知っています。」
「…一度も、戦場へは出た事がないということですか。」
「いえ、一振目が折れてから、何度か。」

堀川は、自分を落ち着かせるように一度深呼吸をして、また歩き出した。
粧裕も、話を聞きながら後に続く。

「ある日、一振目の僕は兼さんと短刀たちと一緒に夜戦へ出ました。一期さんが変貌することになった、あの日です。」
「…」
「手入れのされない彼らは、いつも一部隊につきひとり、欠けて帰ってきていました。その日もひとり、例にもれず失って戻ってきました。それが、一期さんの弟君だったんです。」

堀川たちも一期の闇堕ちを知っていたのか、と粧裕は小さく息をついた。
言われてみれば、一期たちが戻ってきた日、あれほど大騒ぎしたのに彼と和泉守はその場には顔を出さなかった。

「乱くんたちは知らなかったみたいだけど、審神者は一期さんの異変に気が付いていました。正気を失った一期さんに自分が殺されるかもしれないと、必死になって彼を探していました。…まあ、乱くんの張った呪いに、まんまと騙されて見つけられなかったんですけど。」

きょろり、と視線をあたりに彷徨わせる。
どうやら、一応まだ蜻蛉切を探す気はあるらしい。

「おかげで、審神者の鬱憤は僕へ向きました。薬研くんたちは呪いの中だし、兼さんでは勝てないと踏んだんでしょうね。一振目の僕は捕まって、ぎりぎり音が鳴るくらいに力を籠められました。」
「…」
「『どうして、五虎退を守って帰ってこなかったんだ。』…あの人はそう言っていたと思います。ああ、五虎退、が失ってしまった子の名前なんですけど。…どうして、なんて。途中撤退のゲートを開けてくれなかったのも、刀剣の手入れを怠ったのも、自分だったのに。おかしな話ですよね。」

どこか他人事のように言う堀川に、粧裕は思わず蜻蛉切を探すフリをして視線を逸らした。

「まあ、そんなこんなで僕は折られたんです。……兼さんの声、出ないでしょう。」
「え、」
「あれ、僕のせいです。一振目の僕を目の前で折られて。兼さんは声を捨ててしまった。」

こんなところで、彼の秘密を知ってしまうことになるなんて。
粧裕は息を少し詰まらせた。

「一振目が顕現している間は、この本丸内にもうひとりが顕現することはできない。僕は、自分の手を見て一振目が“死んだ”事を知りました。」
「、」
「“彼”は、間際に僕へたった一言、『兼さんを、』とだけ残して消えました。」

先ほどまでの表情を溜息とともに吐き出して、粧裕に向きなおってゆるく笑んだ。

―――この本丸の刀剣男士たちは、皆同じ笑顔を浮かべる。
何かを諦めたような、振りほどきたいものが取れないような、縛られた過去にもがくことに疲れたような。

「僕は、だから審神者が嫌いです。僕を折られたからじゃない。僕の、大切な相棒の声を奪ったからです。」
「…」
「貴女とあの時の審神者が別物なのは、百も承知です。でも、人は皆目の前を飛ぶ蠅を問答無用で駆除するでしょう?別段何をされたわけでもないし、全て別の個体なのに。」
「……」
「僕にとっても、同じです。排除しても排除しても、また現れて目の前を飛び回る。ちらついて、仕方ないんですよ。」

彼はまた歩き出す。

「堀川様、」
「ほら、つきましたよ。」

とある部屋へついて、戸をすらりと開けるとそこには確かに、探していた彼がいた。

「…よく、ここがおわかりで。」
「きっと、“呼ばれて”いるだろうと思って。あたりでした。」

眉を寄せて、薄暗い部屋の奥から自棄に浮かぶ橙の瞳が、ふたりを見遣っている。
堀川は場所を粧裕へ明け渡して、一歩下がった。

「僕の仕事は、ここまでです。後は、貴女にお任せします。」

回れ右をして元来た道を歩き始めた彼に、粧裕は蜻蛉切から視線を外さないまま声をかけた。

「確かに、貴方にとって“審神者”という存在は視界の中をうろつく邪魔なものでしかないのかもしれません。」
「…」
「でも、春に咲く花の間を飛び回る美しい蝶を、追い払って討ち落とそうと思うでしょうか。」
「…自分が、蝶になれるとでも。」
「美しくはなくても、変わった模様や色をした蝶は目を引くでしょう。」

言い切った粧裕に、今度は堀川が目を見開く番だった。

「…いいんですか、あまりに魅力的だと、籠にいれて見世物にされますよ。」
「蝶は野を飛び回るから美しいんですよ。飼われた蝶に、自由はない。」

堀川は大きく溜息をついて、今度こそその場を離れた。


何もないがらんとした部屋に残されたのは、一日追いかけっこをつづけた蜻蛉切と粧裕だけだった。


  
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