誤解と和解と新参者


あいつらが戻ってきてから、本丸は至って平穏だった。
粧裕とまた一発あるかと思ったけど、平和そのものだ。

短刀三人は、存外あいつを気に入っているようだ。
乱ほどではないが、厚や薬研も偶に傍に居るのを見かける。

が、一期はそうでもないようだ。

「…はああああ。」
「何だ、辛気臭いな…」
「貴方はいいですよね…」
「そう恨みがましい目を向けるなよ。」

縁側で、一期とふたり座り込んで庭を見遣る。
相も変わらずいい天気が続く庭では、獅子王に連れられて出ていった粧裕と三日月が木の剪定をしている。

「お前さん、そんなにあいつがダメなのか。」
「…私がダメなのではありません。あの方が、私を寄せ付けないのです。」
「……そう、なのか?」

首を傾げて尋ねると、一期は多少疲れた表情で語りだした。

「私とて、このままではいけないとは思っておるのです。」
「ああ。」
「私はあの方に刃を向けた。…貴方と太郎太刀殿が居たから、彼女を殺める事にはならなかったものの…」

ちらりと上げた視線を追うと、あいつの目を覆う眼帯にたどり着く。
未だに完治はしていないようだ。
あの日からもう十日ほど経つが、あれが外される様子はない。
勿論、毎日歌仙か長谷部、光忠のチェックは入っているみたいだが。

「謝りたい、と?」
「…まずは、そうですね。」
「だが、あいつはそれを必要とはしていないぞ。謝った所で、怪訝な顔で流されておしまいだ。」
「しかし、弟たちを結果的に守っていただきました。それも、私は何もお伝えできていない。」
「粧裕は当然だと思ってそうしたんだ。お前からどうこう言える事は何もない。それが謝罪でも、感謝でもだ。」

今までの経験から言うと、一期は更に困ったように眉をしかめた。

「…彼女に、」
「ん?」
「…あの方に、“兄”という生き物が嫌いだと、私は、自分本位だと、そう言われました。」

ぱちくりと瞬きを数度繰り返す。
確かに、元から物事をばっさりと伝える気はあったが、今までは敵意を向ける事はなかった筈だ。
深くは知らなくても、俺たちが何かしらを心に抱えていることを、粧裕は知っているから。

「…一期、お前、あいつのいらん扉開いただろ。」
「わ、私は何も…!!」
「んー…」

まあ、確かにこいつがそういった事をするとは思えない。
かといって、粧裕が無駄に苛立ちを人にぶつけるとも思えない。

何があったんだろうかと考えながら粧裕を眺めていると、丁度獅子王と三日月が離れた。
場所を分担するらしく、散り散りになった三人。
手伝ってやるかと腰を上げかけたその時。

あいつの所へこんのすけが現れた。

遠くて聞こえないが、何かを伝えた後に紙束を渡してどろんと消えた。

「(…手紙?)」

あいつは、差出人が書いてあるであろう所を一瞥してから冷めた表情でそれを袂へ仕舞った。

――――――――――――――――――――

「少し、外出します。」

昼時、集まった皆に彼女はふと思い出したかのように言った。

「また突飛ですね。」
「今度は何のお呼ばれだ?」
「さあ。中身は何も。」

ずず、と味噌汁を啜った粧裕に、俺たちは顔を見合わせた。

「なら、誰か連れていきなよ。」
「そうだよ、この間はその許可をもらう為に一人で行ったんだろう?」

小夜と光忠の言葉に、少しだけ考えてその申し出を渋った。

「一人でも大丈夫です。皆さんには此処の仕事をお任せしている状態ですし、書類の提出を兼ねているので、危険な事はないと思いますので。」
「だが、用心に越したことはないだろう。」

長曾根の言い分に、粧裕はまた困ったように眉を寄せた。

「ですが、」
「俺たちがついて行っては困る事があるのか。」

珍しく意見を挟んだ大倶梨伽羅に、さらに表情を曇らせた。

「そういうわけでは…」
「なら、別に構わんだろう?獅子、ついて行ってやれ。」
「いいけど、じっちゃんが行かなくていいのか?」
「俺は政府のやつらに目をつけられているからな。出先でいらぬ争いは起こしたくない。」
「…まあ、そういうな「待ってくれ。」鶴丸?」

話が決まりかけた時、思い立って声をあげた。
獅子王は不思議そうに首をかしげたが、俺はにんまりと笑みを携えながら向かい側に座る、奴を見遣った。

「共なら、一期を連れていけ。」
「は!?」
「…何故。」

目に見えてうろたえた一期と、今度は少し不機嫌そうに顔を顰めた粧裕。
他の奴らも、二人の不仲を知っているから難色を示しだした。

「一期一振は、戻ってきて間もないのだぞ。」
「そうです。それに、粧裕のめをみたら、せいふのやからはここでなにかあったとこをかんぐってくるでしょう。」
「そうなった時に一番に怪しまれるのは、一番近くに此処へ戻ってきた者だ。」
「政府が何をしてくるかは分かりませんが、万が一彼の事が露呈すれば唯では済みませんよ。」
「分かっているさ。」

笑顔を崩さない俺に、三条の奴らはあきらめたようにそれぞれ溜息をついた。

「し、しかし…」
「いいのかい、一期。」

言葉を遮った俺に、奴は不思議そうに眉を寄せる。

「どういう、事です。」
「ほぼ間違いなく、呼ばれた先で粧裕は近況を語らされる。粧裕の眼帯を見逃してくれるわけもないだろうし、何より此処はもともとあいつらが何よりも手に余していた問題物件だからな。」
「…ええ。」
「俺を含む他の面々は、粧裕との出会いや戻っていた経緯を聞かれても別段困りはしない。三日月は少々問題ありだが、政府も此処の三日月が戻って来ているのは知っている。報告があった時点で殴りこんでこないところをみると、黙認することにしたんだろう。」

いかに他の奴らを納得させられるかを考えながら、話を順序立てていく。
こんな絶好の機会は、きっとそうそうないからな。

「だが、お前らはどうだ。一度は堕ち、自分たちに牙をむいた存在とそれをかばっていた者。そんな危険因子を、むざむざ置いておく筈がない。」
「…」
「今回の件が政府へ流れれば、間違いなく唯では済まない。江雪の言うようにな。」
「お前の言わんとすることが、理解できん。」

岩融が顔をしかめて首をかしげた。
これは、もうひと押しだな。

「俺たちは付喪神だ。だが本丸へ呼ばれ、そこに審神者がいる以上、俺たちの起こした問題はすべて審神者の責任だ。」
「!」
「政府の人間は、能力の関係で審神者として機能することはできない。つまり、強靭な部隊を欠くことはしたくないんだ。錬度を上げるには、それなりの時間と労力が必要だからな。」
「…」
「審神者は最悪代えが利く。力の弱い者だったとしても、強い部隊を顕現し続けるだけの霊力が有りさえすればいいんだからな。」
「…鶴さん。」
「事実だ。」

不快そうに俺を鋭く睨む光忠に溜息をこぼしながら続きを探す。
まったく、そろそろ気がついてくれてもいいんじゃないかね。

「つまり、だ。万が一政府の奴らに先の一件がバレれば、粧裕は形はどうあれ責任を問われることになる。審神者殺しが俺たちに課せられた唯一にして最大の罪であるのも、それ故だ。審神者がいなくなっては、表向きに罪を背負う者がいなくなるからな。」
「…そんな、」
「昔一度審神者の部屋へ忍び込んだ時に、政府からの書物に書いてあった。ほぼ、間違いないだろう。」

腑に落ちない表情をしている奴も少なくないが、ここまで言ってやっと俺の思惑を理解した者もいたようだ。
太郎太刀が小さく溜息をついたのが聞こえた。

「…分かりました。」
「太郎さん!」
「待ってくれよ。それなら、別に一兄じゃなくてもいいだろ。」
「あの日の事を自分事として体験しているのが、貴方たちと鶴丸殿、そして私です。他の方では、聞いた話としてでしか受け答えができません。それでは、軽すぎます。」
「なら、太郎さんか鶴丸さんが行けばいい。」
「私は御神刀。またいつ力が反発しあうか分かりません。」
「鶴さんは、」
「悪いが、俺と光忠、大倶梨伽羅は非公式のルートで、別の審神者の手に渡ってしまった刀だ。奴の霊力が綺麗さっぱり俺たちの中から消えないと、本調子で戦うのは危険だ。」

厚が粧裕を振り返る。
彼女も溜息をつきながら、俺の話を肯定した。

「事実です。」
「…なら、俺たちの誰かが行く。それなら、構わないだろ。」
「残念だが、今門がメンテナンス中で太刀以上でないと通れない。」

な?と粧裕を見遣ると、とうとう観念したように深く溜息をついてから腰をあげた。

「粧裕、」
「四半刻ほどで出発します。一期様、ご用意を。」
「し、しかし…!」
「無理にとは言いません。その時は、単身政府へ赴くのみ。」
「……承知、いたしました。門で、お待ちいたします。」

不安そうな表情を隠しもせずに、一期は身支度のため部屋へ戻って行った。
他の面々もそれぞれ自分の仕事へ戻っていく。

「まったく、無茶にも程があるぞ。」
「そうですよ、げーとがひらかないなんてうそまでついて。」
「一期と粧裕の相性がいいとはとても思えんが。何か策でもあるのか?」

残っていた三条の奴らに溜息まじりに問われ、俺は笑顔を崩さないまま言った。

「策などないさ。」
「…は?」
「ただ、このままではいつまで経っても平行線を辿るだけだ。」
「そうかもしれませんが、」
「一期だって何も知らない赤子じゃない。どうにかしたいと思う気持ちだってある。後は野となれ山となれだ。自分でどうにかするだろう。」
「…まったく。」
「お前はいつも思いつきで行動しすぎだぞ。」
「はは、忠告痛み入る。」

岩融のあきれた声に、俺は笑った。

―――――――――――――――――――――――――


鶴丸殿とは、御物として仕舞い込まれていた時分よりの付き合いだ。
退屈がなにより嫌いなあの方には、平野や鶯丸殿、獅子王殿諸共よくいたずらをけしかけられた。
平野に正座させられて説教を受けていたのも、記憶に新しい。
いつもは困った方だと思いながらも、変わり映えしない蔵に辟易していたのも確かだったので笑って付き合っていた。
ここに来てからも、彼の悪戯は私たちに笑顔を届けてくれていた。

だが、今回ばかりは笑えない。

「…」
「……」

あの方も、引き際は弁えていらっしゃると思っていた。
なのに、今はあの方の言葉に流されて今までにない程の居心地の悪さを実感している。

いつもの服装に、何故かさらに布までして現れた彼女は、もはや目しか露出していない。
唖然とした私と目も合わせないまま、行きましょう、と一声かけて本丸を出発した。

案の定というべきか、勿論、というべきか。
私と彼女との間に会話らしい会話はひとつもない。
何か話題を、とは思うものの。
満足に話もしたことがない私には、彼女との間をつなげるようなものは見つけられなかった。

そうこうしている間に政府の本部へ到着し、おそらくは重鎮と思われる男の部屋へと案内された。
これでも本丸に残る皆に、彼女を任された身。
何時でも対応できるようにと、腰にさした依代をなでた時だった。

いままで私の方を向きもしなかった彼女が、急にくるりと振り返った。

「っ、何か?」
「『一期一振』」
「は、はい…」

名を呼ばれ、とりあえず返事をする。
彼女は刀の柄へ指を添えて、言った。

「約束してほしいことが、あります。」
「…何でしょうか。」
「『この部屋から出るまで、刀を抜かないでください。』」
「……は、」

一瞬、言っている意味が理解できなかった。
言葉を詰まらせていると、彼女がせかすように私を見上げた。

「一期一振、返事を。」
「し、しかし、何かあった時に抜けぬのでは、共に来た意味が、」
「元より、誰が一緒に来ても同じことを言うつもりでした。別に、一期様だからというわけではありません。」
「…」
「約束できないのならば、この中へは入れられません。」

すぐに、答えを返すことはできなかった。
ここで万が一にでも彼女に何かあっては、本丸へ帰った時にどうなるかわからない。
だが、彼女も引く気はないようだった。

「……わかり、ました。」
「よろしい。」

かたりと小さく刀が揺れた後、そっと指を離した。
少し引いてみたものの、やはりびくともしなかった。

「遅くなって申し訳ありません。参りました。」

向き直った彼女の言葉に、扉は重々しく開いた。

―――――――――――――――――――――


誰かを連れてくる気はなかった。
どうせまた嫌味ったらしいお小言をもらうだけだ。

大きな机の前へ座っている男性を前に、私はできるだけの距離をとって足をとめた。

「如何様な、御用事で。」
「最近よく頑張っているようだね。」
「…」
「報告書も確認させてもらっているよ。」

彼はにんまりと嫌な笑みを携えて、私の後ろに立っている一期様を一瞥した。

「鉄屑同然の難癖者を、よくもまああれだけ抱えていられるものだ。」
「ッ!」
「一期様。」

反射的に刀へ手を伸ばした一期様をそっと窘め、再度相手に向き直る。

「こちらも、多忙なもので。要件をお聞かせ願いたい。」
「少しくらい楽しんで行ったらどうだい。」
「…残してきた者たちが、ありがたくも私の身を案じてくださるもので。」
「そうかい。君のために、特別に用意したものがあったのに、残念だ。」

下品な笑みに顔を顰めると、相手は愉快そうに口角をさらに上げた。
ぎしりと鳴る大きな椅子の音を聞きながらも、じっと相手の言葉を待った。

「…まあ、いい。本題に入ろう。」
「…」
「君の活躍は、目を見張るものだ。もう二度と顕現しないであろうと思われていた刀を、何振もいとも容易く呼び戻している。」
「…」
「政府が直々に封じた三日月宗近も、戦嫌いが祟って塞ぎ込んだ江雪左文字も、折れかかった岩融や長曾根虎徹も、……ああ、あの本丸の歌仙兼定もそうだ。」

相手の言葉に、思わずぽつりと反復する。

「…『歌仙、兼定』…?」
「何か?」
「……いえ。」

今は関係ないことだ。
頭から追いやって、話の内容へ集中することにした。

「そんな君を見込んで、ひとつ頼みごとをと思ってね。」
「…何を。」

彼がそばにいた政府の者にちらりと視線を送ると、隣の部屋から大きな桐箱が運ばれてきた。
蓋には、何枚もの呪符が貼られている。
ごとりと重たい音を立てておかれたそれを一瞥して、視線を相手に戻す。

「…これは。」
「とある本丸からの“贈り物”だ。」

にんまりと笑みを浮かべる彼に多少の苛立ちを感じながらも、貼られた呪符へと手を伸ばす。

「おっと、此処ではがさないでおくれよ。」
「…?」
「そいつは暴れん坊でね。手に余るもので、政府へ“バグ”として返還されたものだ。」

じっと続きの言葉を待つ。
後ろの一期様が、そろそろ無理やりにでも刀をぬきだしそうだ。

「一応一通りの検査は行ったが、それらしいバグは見られなかった。だが、一度戻ってきたそれを、また安易に送り出すことはできん。」
「…それで、うちへ?」
「元々欠陥品ばかりの君のところならば、ひとつ増えたところで変わりはしまい。」
「……この、」
「一期様、抑えて。」

がちがちと刀が鳴る音がする。
簡単にしか言霊を結ばなかったので、そろそろ限界がきそうだ。

「刀剣男士、ということでよろしいですね。」
「ああ。」
「…ですが、私が連れ帰ったとしても、うまくいく保障はありませんよ。」
「お前は、何か少し誤解しているようだね。」

誤解、とぽつりとこぼすと、相手は笑みを崩さずに言い切った。

「別にこれを更生しろとは言っていない。」
「…では、何を。」
「このまま此処で引き取るわけにはいかないのだよ。審神者の元でなければ、刀剣男士は原則置いておくことはできない。」
「…」
「元よりあそこは“ゴミ捨て場”だ。そこを任されたお前も、また然り。」

ぶわりと一期様の霊力が跳ね上がり、結んだ言霊が消える。
半身ほど抜けた刀を、柄を押し返して鞘へ戻す。

「一期様、落ち着いて。」
「黙っていれば、ぬけぬけと…!!」
「一期。」

言葉を強めると、彼は悔しそうにしながらも、震える手をそっと離した。

「ははっ、よく調教されている。」
「…彼らへの愚弄は、許しませんが。」
「そう怒るな。廃棄場の長よ。」

あくまでも煽るのはやめないつもりらしい。
まったく、命知らずもいいところだ。

「まあ、そういうわけだ。君のところなら、万が一暴走してこれが暴れ、審神者を殺すことがあっても何ら問題はない。」
「…そうなれば、曰く付の審神者も、手に余る刀剣たちも一掃できる、ということですか。」

彼はただ笑みをさらに濃くするにとどめた。
口では肯定する気はないようだ。

「別に、いやならば断わってくれても構わないんだぞ。」
「…」
「そしたら、こいつは政府管轄の実験施設へ入れられるだけだ。それはそれで、意味のある“犠牲”だろうよ。」
「……お話は、それだけでしょうか。」
「ああ。」

一期様を、心が不安定なまま置いておくわけにはいかない。
力の入った一期様のこぶしをそっと撫で、ゆるくほほ笑んだ。

「帰りましょう、こんなところに長居は無用です。」
「粧裕、殿…」
「皇。」

首元にとぐろを巻くその子を撫でると、ぼふりと煙をたてて元の姿へ戻った。
初めて見る一期様は唖然として赤目のキツネを見上げていた。

「箱ごといただいていきますよ。」
「ああ。」
「皇、申し訳ないけど、運ぶの手伝ってね。」

するりと長い尾を使って器用に自分の背中へと木箱を乗せ、落ちないように三又のそれをぺしょりと乗せた。

「行きましょう。」
「…」

皇と一期様を先に出して、ぱたりと扉を閉めた。










「よく、持ち帰らせることができましたね。」

粧裕たちがいなくなった部屋で、ドアマンの男が関心したように言った。

「このまま暴れられたらどうしようかと思いましたよ。」
「はは、それはない。」
「は…?」

勝ちを確信していた重鎮の男は、余裕の笑みを浮かべた。

「アレの性質上、自分のところの刀が共にいる以上、暴れたりはせん。そいつらに危害が加わるかもしれんからな。」
「はあ…ですが、奴が刀を置いていくことはあったのでは?」
「だから、わざわざ名言したのだよ。」

面白いほどに手のひらの上で転がされてくれる狐女を、脳裏へ呼び戻す。

「奴ほど政府の“実験施設”の恐ろしさを知っている者は、いないだろうからな。」


――――――――――――――――――――――――――――


「一期様。」

努めて優しく名前を呼ぶものの、彼は顔を顰めたままぎゅっと口を固く結んでしまっている。
困ったな、とあたりを見回して、ふと目に入った店を指差した。

「少し休憩して帰りましょう。」
「え、」
「皇、行くよ。」

ずんずん進んで行く私たちを、あわてて小走りで追いかけてくる音がする。
店先に並ぶ綺麗に形作られたそれらを見て、本丸へ残してきた皆の顔を思い出す。

「これは、」
「一期様、甘いものお好きですよね。」
「え…」

立ち寄ったのは、通りで一番の大きさを誇る和菓子屋。
味もよく、見目も美しいと人気なのだとか。

「せっかくなので、皆にお土産を買って帰りましょう。」
「…」
「一期様どれがいいですか?」

種類が多いので、とりあえず端から端まで、と適当に注文を入れる。
店員の方が丁寧に箱詰めしてくださっている間に、自分のほしいものを選ぶことにした。

「え、と…」
「好きなの選んでくださいね。」

にっこりと笑って言うと、少しもごついたあと、ではと練切を選んだ。
それも足してもらって、出された箱の中身を確認する。

「こちらでよろしいですか?」
「ええと…あ、饅頭をふたつ足してください。」

無難にふつうの饅頭を頼んで会計を済ませた。
本丸への道をまた歩きながら、一期様はおずおずと尋ねてきた。

「何故、私が甘いものが好きだと、」
「見ていれば分かりますよ。八つ時の一期様の表情、いつもと違いますから。」

私の言葉に少し驚いた表情をしながらも、すこし居心地悪そうに視線を泳がせる。

「お饅頭、ひとつ余分に買ったので、一期様に差し上げますね。」
「え、ですが、」
「今日一緒に来てくださったお礼です。」
「そんな、礼、などと…」

小さくなる言葉に、とうとう彼の足が止まった。
隣を歩いていた皇をとめて、彼を振り返る。

「どうしました?」
「…すみま、せんでした。」
「?」

首をかしげると、少しもごつきながら話し始めた。

「きちんとした、御礼も謝罪も、できていなかったので。」
「謝罪…?」
「あの日、私は貴女に刃を向けました。主である、貴女に。」

一瞬何のことかと思ったけれど、あの夜のことだとすぐに理解した。

「赦されようとは、思っていません。反逆と取られても、いたしかたないと理解しています。」
「…」
「鶴丸殿に、このような話は貴女には無意味だと、言われましたが…それでも、このまま無かったことにはできません。」

私が思っていたよりも、彼はずっと気にしていたようだ。

「…ふむ。では、その考えを払拭しましょう。」
「え、」
「まず、謝罪も礼も必要ありません。私があの部屋を訪れたのは、あの本丸の地図を作っていたからです。」
「地図…」
「仕上がらなければ、私が歌仙に叱られます。」
「歌仙殿に…?」
「宿題だったので。」

不思議そうにする彼に、私はそのままつづけた。

「なので、本当に貴方達と相見えたのも偶然なんです。なので、それに対する言葉はいりません。結果的に、こうなっただけの話です。」
「…」
「次に、私へ刃を向けた事ですが。」

肩がびくりと小さく揺れるのが見えた。
きっと要らぬ心配を重ねているのだろう。

「別段、咎められるような事ではありません。」
「…え、」
「他の皆も、最初は私へ刀を向けました。切りつけられたことだってあります。」
「…」
「それに、あの騒動の日。私と貴方の関係は、主と付喪神ではなかったはずです。」
「それ、は、」
「ちゃんと貴方と話をしたのは、その次の日。なれば、貴方が刀を向けた相手は、ただの侵入者となんら変わりません。」

多少の屁理屈は、まかり通ることを知っている。
この手の話は、ゴリ押した方の勝ちだ。

「ね。」
「…」
「さ、もういいですか。あまり遅くなるとまた歌仙にどやされます。」

彼の背中を押して、また門へと歩き出す。

「ほらほら。」
「…」
「ああ、ひとつ言い忘れていました。」

一番大事なことを伝え忘れるところだった。
怪訝そうに私を見下ろしながら首をかしげる彼を見上げて言った。

「太郎様にも言いましたが。」
「はい。」
「私は別に、貴方が嫌いなわけではありませんよ。」

私の言葉に、彼はひどく狼狽して目を見開いた。

「話も碌にしたことがないのに、相手を嫌いにはなれません。」
「し、しかし、貴女は兄が嫌いだと…」
「嫌いですよ。でも、私が嫌いなのは、あくまでも私の兄です。」
「…」
「貴方に思うことは多々あれど、それで貴方を嫌いになるには些か時間が短すぎます。」

考えがまとまりきらないのであろう彼を、また押して歩き出す。

「さ、帰りましょう。ちょうどおやつの時間に間に合いそうです。」
「…ええ。」
「うまくいけば、新しく増えたこの方も御一緒してくださるかもしれませんね。」

皇の背を見て言うと、彼は深く息をついたあとゆるくほほ笑んで肯定を返してくれた。


  
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