兄と弟と闇と記憶


ぼくのいる本丸に、新しい審神者がやってきた。
今までは、男女はともかく人間の子だった。

何度も主を変え、その度にいろんな思いをしてきた。
とっても幸せだった時間も確かにあったし、反対に何をしても報われない辛い時期だってあった。

何度繰り返したか分からないけれど、ある時ふと心が冷めた時期があった。
ここに居る以上、ぼくらに永遠の幸せなんてない。
一時の幸せは、後でやってくる不幸のための落差をつくるものでしかない。

ぼくは、しあわせが怖くなった。



永らく刀の姿から顕現せずに過ごしていたのに、とある日にその平凡な平穏を壊す存在がやってきた。
ぼくが目を覚ましたのは、どうやらあの子がやってきてからそこそこ日が経った頃だったらしい。
そっと見に行った時には、既に周りに歌仙さんや今剣、小夜くんたちがいた。


本当に、驚いた。


小夜くんは分からないけど、今剣はあんなに審神者から実害を受けたのに。
歌仙さんだって、今まで顕現することはあっても審神者のいう事を聞くなんてなかった。

「(なんで…)」

それから、ぼくは彼女を見張り続けた。
ぼく自身や皆に害成す相手なら、すぐにその首を刎ねてやろうと思っていた。
でも、彼女は平々凡々日々を過ごしただけだった。

無理に戦へ出すわけでもなく(むしろ一度も出ていないみたい)、自分勝手にぼくら刀剣を扱うわけでもない(とっても大切にされてる…っぽかった)。


日に日に兄弟たちも力を取り戻して数も増えたけど、あの子に会いに行こうとするやつはいなかった。
それぞれ気持ちは違えど興味はあった。
けど、でも、ぼくらにはそれぞれ審神者に遭うわけにはいかない理由があった。


「…ぼくら、ずっと一緒だよね。」


薄暗い部屋の奥へ虚ろな目を向けて、ぼくはまた筆を執った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


「……」

私は、じっと一枚の紙を前に座り込んでいた。
これは、あまりにも道を覚えない私に歌仙が課した宿題で、自分が歩いた場所を起こす、言うなれば此処の見取り図を自分で作ったものだ。

毎日少しずつ足していって、どうにかいつも自分が出歩く範囲は覚えた。
紙と筆を持って歩いていると誰かしらが声をかけてくれて地図を添削してくれるので、間違いはないはずだ。

書いていって気が付いたことだが、此処は碁盤の目の様に部屋が通っているらしかった。
岩融も言っていたから、それも間違いない。

「…粧裕?」

ひょこ、と頭を覗かせたのは江雪だった。

「珍しいですね、おひとりですか?」
「ええ…燭台切殿に、貴女が部屋へ籠っていると聞いたもので。」
「わ、ありがとうございます。」

丸盆へ乗った湯呑をひとつ受け取って筆をおいた。
そっと隣へ座って、前へ広げていた地図を覗き込んできた。

「また、書いていたのですね…」
「はい。中間報告がもうすぐなので。」
「貴女も歌仙殿もマメですね…」

目で紙の上の道を追っている。
どうやら、今回の添削は江雪になりそうだ。

「…おや?」

ほんの少し首を傾げて、江雪は本丸の一角を指さした。

「ここはどうして空いているのです?」

彼が指摘したところこそ、私が今困っている原因なのだ。
地図はこの本丸の端である厨から順に埋めていっている。
碁盤をひとつずつ繋ぐように書いていっているので、地図が欠けることはないはずなのだ。
だが、私の地図の一角は、ぽかりと口を開けている。
四角く、大部屋一つ分ほどの空間が記載されていないのだ。

「歩いてみたのですが、どうしても縦の距離と横の距離がその分合わないんです。」
「はあ…」
「ためしに反対側から今剣と小夜に歩いてもらったのですが、やっぱり足りないみたいで。」
「…」

考え込んでしまった江雪に、尋ねてみることにした。

「ここは、私が来る前何があったかご存知ですか?」
「そうですね…」

記憶をさかのぼってくれているみたいだ。
じっと答えが出るのを待っていると、数秒したあと彼が目を見開いた。

「…どうしました?」
「……ここは、」
「?」

ふいに泳ぐ視線に首を傾げると、少しためらいながら言った。

「その…私自身、籠っていた身なので、その間に変わってしまっていたら、分からないのですが、」
「構いません。」

迷いなく言うと、江雪はまた目線をうろうろさせてから重々しく口を開いた。

「そこは、―――――」


彼の言葉に、私はやっと合点がいった。

――――――――――――――――――――――――――――――――


夜。
小夜と今剣を風呂に入れて髪を乾かしてやり、それぞれ兄弟たちに引き渡した。
歌仙にはいつものように先に寝るように伝えて、部屋を出た。

いくつか部屋を通り過ぎて、そろりととある部屋の襖を開けた。

「まだ、起きていますか。」
「粧裕ではないですか。」

本を読んでいたようで、いつもは高く結い上げられている濡羽色の髪を背中のあたりでひとつに緩く結んだ彼が振り返る。
どうしました、と寄ってきて私の足元へ膝をついて見上げた太郎様に眉を下げた。

「申し訳ないのですが、少し、ついてきていただけませんか。」
「……小夜殿や今剣殿を連れて行ったときに済ませておけばよいものを、」
「何の話ですか。」
「厠ではないのですか。」
「私、ひとりで厠もいけないと思われているんですか。」

思わず顔をしかめると、彼はこてりと首を傾げた。

「では、何処に。つまみ食いは燭台切殿に叱られてしまいますよ。」
「……」

天然物のその言葉に多少頭痛を覚えながらも、いちど深呼吸をして話をつづけた。

「これを。」
「?」

ばさりと広げたのは、件の地図。
地図の一部が欠けているのを見て、彼は江雪と同じように首を傾げた。

「地図を、作りに行くので?」
「…まあ、そうですね。」

それをまた丸めて立ち上がると、彼も依代を片手に腰を上げた。





地図をしっかり確認しながら、空いている空間があるはずの場所へ立つ。
廊下が続くはずのそこには、壁が左右から続くのみだ。

「…廊下も、扉もないですが。」
「でも、ここにはもう一部屋あるはずなんです。」
「ここの左右の部屋が特別大きく出来ているのでは?」
「昼の間に鶴丸と三日月に確認していただきましたが、間違いなくここには大部屋一つ分空間が足りません。」
「…それで、私は何を。」

ぺたりと触れた壁は、やはり間違いなく誰かの気配を感じる。

「手を、ついてください。」
「…?」

彼は言われるがままに、私を見習って同じように手を伸ばした。
彼の指先は、壁には触れずにずるりとそこをすり抜けた。

「…これ、は。」
「手を入れて、あたりを探ってくださいませんか。」

言われるがままに彼は手を動かし、彼がいる方の壁を探りはじめた。
すこしして、彼は少し目を見開き、器用に手を動かして何かを手に掴んで引っ張り出した。

「…これは。」
「術式、ですね。どこでこの知識を手に入れたのかは知りませんが。」

彼が壁からはがしたのは、朱色の筆で呪の書かれた白い紙。
人返しの呪がされたそれは、二枚一組で使われるものだ。

普通では取れないかもしれないが、神に近い彼ならと思ったのだがどうやら読み通りだったらしい。
呪いも剥がれてしまっては効果を失う。
それを彼から受け取って、肩に蜷局を巻く皇の前へ差し出す。

けふ、と小さく吐きだした炎は、その紙を塵も残さず消し去った。

媒体を片方無くしたそれは、もう保っていることはできなくて。
じんわり歪んだそこは、少し窪んだ先に襖を写した。

「…これは、」
「下がってください。」

反対側の紙もはがして燃やし、ぴったりと閉められた襖へ両手をかけた。
太郎様が後ろで刀を抜く気配がする。
私も皇を刀へ変えて抜き、一度深呼吸をしてから一思いに両側へ引き開けた。



―――――――――――――――――――――――――――――


また新しい札をかきながら、ぼくは兄弟たちと部屋へ籠っていた。
五虎退が外を見てくるっていって出ていったから、今いるのは薬研と厚とぼく。

呪いの類は、もと居た審神者から盗んだもの。
弟たちを守るために見様見真似でやってみたら、相手は簡単に騙されてくれた。
まさか、刀が呪いを使うなんて思ってなかったみたいで、弟や怪我をした厚、薬研を庇うのにとても重宝した。

―――でも、今回はばれてしまったみたいだ。

ぴくりと肩を揺らして顔をあげたぼくに、薬研と厚が同じように襖の方を見た。

「…どうした、乱。」
「うそ、」
「破られたか。」

チャキ、と音を立てながらふたりは依代を抜いた。
僕も筆をおいて、書き上げたばかりのそれを部屋の一番奥の壁へ貼り付けてから刀を抜いた。

「今までバレた事なかったのに、なんでだ。」
「…太郎さんだ。」
「は?」
「ぼくのこれは、ぼくの霊力を籠めて作ってる。仮にも神であるぼくの力を絶対的に越える相手…神剣しかいない。」
「石切丸も、次郎も戻ってないし、青江もまだ顕現してない…」
「消去法ってわけか。」

かたり、と襖が揺れる音がする。
ぎゅっと柄を握る手が震えた。

どうしても、ここを受け渡す訳にはいかない。

すぱん、と一息に開けられたそれを合図にぼくらは走り出した。

――――――――――――――――――――――――――

激しい競り合いの音を聞くのも、此処へ来て慣れてしまった節がある。
私へ向けて一直線に向かってきたのは、銀朱の長髪をなびかせた小さい子だった。
他のふたりは、太郎様が大太刀で受け止めてくれている。

「…短刀、ですか。」
「何しにきたの…」

ぎいん、と一度振り払ってから、また打ち直してくる。

「ぼくら、なにもしてないでしょ。貴女にとって、害にも益にもならないはず。」
「そういう話ではないのですよ。皆が、放っておくと微妙な表情をするもので。」

私の言葉に、相手は更に憎悪を色濃く映した。

「…いつも私を探りにくる、白いあの子はいないのですね。」
「!!」

薄暗くてよく見えない部屋の中を少し見回してからぽつりと言うと、途端に刀を握る手に力が籠った。

「ぼくらが一体何をしたっていうの!!嗅ぎまわるのが嫌なら、もうここから出ないよ!!」
「…言ったでしょう、そういう話ではないのです。」
「ッあなた達っていっつもそう!!身勝手で、ぼくらの大切にしてるもの全部踏みにじっていく!!」

太郎様がちらりとこちらを見遣るのが見えた。
大丈夫だと視線を向けると、溜息をついてのこりのふたりへまた向き直っていた。
どうやら力の差は歴然のようで、あちらは放っておいても大丈夫そうだ。

「前の審神者殿たちと括るのは、どうかと思います。…よくも、悪くも。」
「五月蠅い!!!」

冷静とは言えない相手に、仕方なく皇を片手に持ち直して空いたもう片方の手で相手の手首を握る。
ぐ、と力を籠めていくと、次第に力が入らなくなってややあってからするりと刀が滑り落ちた。
床に突き刺さったそれに、太郎様が相手をしていたふたりがこの子の名前を呼んだ。

「…はな、して…っ!」
「離すと、お思いで?」

ぎっと睨みつけられて、私は小さく溜息をついた。
私は別に、喧嘩をしにきたわけではないのに。

どうしたものか、と思案していると、部屋の奥から紙が擦れるような音がした。
顔を上げると、三人が同様に慌てた様子で振り返った。

「ッだめ!!」
「しっかりしろ!!」

部屋の奥は暗くて何も見えないが、目を細めるとさっきまで気配のなかったすぐ傍に金色の双眼が暗闇に浮かんだ。

「ッ!?」
「粧裕!!」

振り上げられた刀の切っ先が見えたので、咄嗟に握っていた手を引いて抱き込んだ。
反撃されないように相手の腕を体で挟むように入れて引き寄せる。

皇を下から振り上げるようにして、反動を利用して太刀筋を受け止めた。
思っていた以上に重い打撃に、銀朱の子を抱いたまま押し負けて膝をついた。

「…これ、は、」

今まで出会ってきた刀剣男士たちとは、見目が明らかに違う。
顔の半分を覆う白い仮面、金の瞳を更に浮かび上がらせる黒く濁った目。
刀を握る右手にも、白い骨のようなものがまとわりついている。

「出てきちゃダメだよ、いち兄!!」
「兄…?」

よく目を凝らしてみると、部屋の奥、三人が庇っていた先には無数の呪符が貼ってあった。
何枚かが焼き切れたように引きちぎられているのを見ると、どうやら彼はその中から出て来たらしい。

「一期殿…?!」
「ッやめろ!!いち兄に近づくな!!」

近づくな、と言われても刀を受けているのはこっちのほうだ。
距離を取れるもんなら、もうやってる。

刀を力づくで撥ね退けて、腕の中の子を太郎様の方へ投げつけるように押し付けた。
しっかり抱き留めてくれたのを見てから、私は太刀を向ける彼へ向き直った。

打ち合いは止まず、しかも相手は涼しい顔でどんどん切り込んでくる。
押し負けているのが、自分でも分かる。

半歩下がった私を追ってきた彼に、体勢を下げて懐へ入りこんだ。
皇の切っ先を彼へ向けた途端、背後から空を切るような悲痛な声が上がった。

「ッころさないで!!!!」

涙が混じるその声に、一瞬手に迷いが浮かぶ。
相手はそれを好機とばかりに私を左側から斜めに太刀をいれた。
身をひいたけれど間に合わなくて、相手の太刀筋が私の右目を切り付ける。

「粧裕!!」
「…………ナ」

太郎様の声に少し隠れてしまったけれど、目の前の彼の声が少しだけ聞こえた。
しっかり聞き取ろうと耳を澄ませると、今度はちゃんと拾えた。

「弟…たちに、手ヲ、出す、ナ…!」

後ろの三人が、どうして自分をまきこんで刀を向けるような相手を、術式まで引いて閉じ込めているのかは謎ではあるけれど。
この水色の彼にも、何かしら訳がありそうだ。

だが、私ひとりではどうにもできそうもない。
太郎様は三人を暴れださないように抑えるのでやっと。
状況を打破できる何かを探していた時だった。

急に相手が何かに引かれるように後ろへ倒れこんだ。
だあん、とすごい音を立てて床へ縫い付けられた彼の上に馬乗りになっているのは、暗闇にやけに浮かび上がる白い影。

「…つ、る?」
「まったく、どたばたと煩いから起きてきてみたら…」

寝間着姿の彼は、相手をうつ伏せにして背中へ全体重を乗せて抑え込んだ。

「見ないとは思っていたが…どういうことだ、一期。堕ちるとは、吉光の名が泣くぞ。」
「堕ち、る?」

思わず唖然としていると、鶴丸が説明を加えていく。

「俺たちが本来戦う歴史修正主義者とは、一説に俺たち刀剣男士の成れの果てだと聞いている。」
「どういう、」
「俺たちは歴史を守るために戦っているが、何等かの理由があってそれに反する、つまり、歴史を書き換えたい思いが爆発的に飛躍した時に、俺たちはその歴史修正主義者の片棒を担ぐことになる。君はまだ外へ俺たちを出した事がないから知らないかもしれないが、そういう奴らはこういうナリをしているんだ。」
「…つまり、」
「そうなる事を“堕ちる”と、政府の奴らは呼んでいた。今のこいつみたいな状態のことだ。」

ぐ、と肩から下を覆う白い骨に手をかけて引きはがすと、空気をびりびりと揺らすほどの咆哮が耳を劈く。

「いち兄!!!」
「鶴丸さん、やめて!!」

三人の声には聴く耳を持たず、更に手をかける鶴丸の肩を掴んで止めた。

「鶴、やめて。」
「…じゃあ、どうするんだ。このまま殺すというのか。」

ちらりと短刀三人を見て、溜息をついた。

「そんな事、できません。」
「なら、どうする?」
「鶴、少しずれてください。」

圧し掛かったまま背中を開ける様に体をずらした鶴丸の懐へ入るように半身を入れて、左手の手袋を外した。

「粧裕…?」

あれほど露出を嫌い、人に触れられるのを憚る私が自分で手袋を外すなんて、と。
困惑した声がするも、そのまま素手の右手を水色の彼の背へ当てる。

一度深呼吸をして、ぐ、と体重をかける。
ずぶずぶと体へめり込んでいく右手に、弟たちは半狂乱だった。
それを必死に抑える太郎様も、唖然とした表情でこっちを見ている。
鶴丸も同じだったけれど、少ししてはっとしたように彼を抑え込むのにまた力をかけた。

胸の真ん中あたりへ伸ばした手は、こつりと何かにあたる。
それを掴んで引き抜いた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
「「「いち兄!!!」」」

激しい叫び声に、じたばたと暴れる力が強くなる。
鶴丸が慌てて体勢を変えて更に体重をかけた。

引き抜いたのは、黒い塊。
硝子玉の中に、どろりとした粘度の高い液体が満たされている。

「…皇。」

ぴん、と指ではじき上げると、刀から姿を戻した皇が、札を燃やした時よりも大きく炎を吐き出した。
ぼう、と燃えたそれは弾け、中の液体があたりへ流れ出す。

黒いそれは形を変えて、私の首へ巻きついた。
どん、と勢いに負けて壁へ押し付けられる。

「…っ、」
「「粧裕!!」」

太郎様と鶴丸の声がする。
首が絞まって苦しいけれど、顔を顰めたまま目を閉じた。

聞こえてくる声は、助けを求めていた。


たすけて
くるしい
あつい
かなしい
つらい
さみしい







「……弟たちを、返してくれ。」








震える声に、目をあける。
首へまとわりつくそれに左手をあてて、言い聞かせるようにつぶやく。

「ならば、心配をかけるような真似をしては、なりません。」

闇が、少し緩む。

「彼らが、悲しんでいます。貴方のせいですよ。」
「姿かたちを変えた貴方を、彼らは必死に庇っていたんですよ。」
「なのに、貴方はその弟たちへ刃を向けた。」

ぶわ、と今度は暗闇が広がる。
深呼吸をして、それを両手で抱いた。

「……何があったか存じませんが、目の前の弟たちを、もっと大切にしてください。」

ずず、とそれが私の中へ消えていく。
それに伴ってずっと響いていた咆哮が小さくなっていった。
ばき、と音をたてて彼が纏っていた白い塊が剥がれ落ちていく。

ちらりと私が視線を向けたのを皮切りに、三人が一斉に太郎様を振り切って彼へ走り出した。

「いち兄!!」
「いち兄…っ!」

小さく震える息をついて背中を壁へ預けた私に、鶴丸と太郎太刀が寄ってきた。

「大丈夫か。」
「…ええ。」

左手に手袋をはめ直して、その場へ座り込んだ。
手を伸ばしたふたりに、触れる前に声をかける。

「彼らを、ここから出しましょう。」
「え、」
「…ですが、」

息苦しくなってきて、思わず胸元を掴む。

「ここは、負の感情が漂いすぎてる。あの短刀たちは平気かもしれませんが、さっきまで心がやられていた水色の彼は少なくともここから遠ざけないと…」
「わかった、わかったから。」

苦し気に紡ぐ私の言葉を、鶴丸が遮った。
溜息をついて、短刀たちを退けて水色の彼を担ぎ上げた。
短刀三人も彼について出ていった。
…正直、彼にそんな力があることに素直に驚いたのは内緒にしておこう。

「粧裕、私たちも出ましょう。」

手を差し出してくれた太郎様に、苦笑いを向ける。

「私は置いていってください。」
「…しかし、」
「今は、歌仙のいる部屋へ戻る訳にはいかないので。」

困ったように口を閉ざす太郎様の服の裾を、首から抜け出していた皇が咥えて引っ張った。

「…皇、」
「行ってください。朝までは、ここに居ますから。」

へら、と笑顔を向けると諦めたように息をついて、腰を上げた。
皇も一緒に行くように手を振る。

「戸は、開けておきますからね。」
「ええ。」

足音が消え、本当にひとりになった私を、闇が包んだ。

目を閉じると、昔の記憶が頭のどこからか湧き出てくる。
笑顔を浮かべて私に手を差し伸べる相手の顔は、黒く塗りつぶされていて見えない。

「……いやなことを、思い出した。」

増える闇に、私はただ考えるのをやめた。



  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -