揺れる尻尾とうまれる影


「おかしいと思わないか。」
「何がです?」

今日も今日とて、良い天気。
縁側へ続く障子戸をあけて、ぽかぽかと降り注ぐ日差しを浴びながら、目線は一点から外さない。
隣へ来てお茶を飲んでいた歌仙の言葉を聞きながらも、私の意識はそちらへ向いていた。

「この間戻ってきた五振のことだ。」
「あ、動いちゃダメですよ。…何がおかしいんですか?」
「…彼らが、付喪神の姿をしていたことがだ。」
「え?銀がいいんですか?うーん…、えと、何でしたっけ…ああ、でも、それは今までもあったじゃないですか。」
「……しかし、それはあくまでもすぐ近くに居たものや一度触れた者だった筈だ。」
「やっぱり鮮やかな紅が似合いますよ。今度剥げたらこっちにしましょう。」
「ちゃんと話を聞いてくれないか…!!」

傍らに置いてあった紅い液体の入った小瓶を取り上げて、声を荒げた。
私に膝枕をされるように寝そべった彼の視線は、言葉よりも雄弁に「邪魔するな」と主張している。

いつもと同じようにきっちり肌が出ないように包まれた手でそっと彼の額を撫でると、彼は途端に目を細めて少し擦り寄ってきた。

「ごめんなさい、聞いてますよ。」
「…本当かい。」
「ええ。」

苦笑いながら言うと、彼は深く溜息をついて小瓶を元あった場所へ戻した。

「でも、先ほども言ったように今までもあったことではないですか。私が自分の意思で呼んだのは小夜と、歌仙、あなただけです。」
「…僕もさっき言ったけれど、それは近場に居たり、一度君が触れている相手だ。」
「……まあ、そういわれればそうですけど。」

ふむ、と考えこむ私に、歌仙はつづけた。

「なのに、今回の加州や和泉たちは敷地内でも大分はずれの方にある蔵から来た。」
「それは、前の審神者殿の気が残っていたからではないですか?」
「ならば、君を呼びに来た和泉や堀川の事が説明がつかない。ふたりは、蔵より外で君に会っているんだろう。」
「ええ。」
「僕もあの時入ったけれど、あの程度の気では蔵の中で身を保つのが限界だよ。外へ出て行動するくらいの力が残っているならば、長曾祢はあんな状態で残ってはいなかったはずだ。」

歌仙のいう事も一理ある。
なるほどそうか、とひとつ頷いておく。

「でも、それが何だというんです?別に構わないと思いますけど。」
「…君は本当に鈍いな。」
「?」
「歌仙は、君の身を案じているのさ。」

歌仙の頭へ肘をつくようにして体重を預けながら、鶴丸がにんまりと言ってきた。

「…?」
「いいか?本丸の敷地内で勝手に付喪神が増えるということは、知らない付喪神に君が突然襲われることだってあるってことだ。」
「そこで話さないでくれるか。」

いらいらしたように手を払って鶴丸を退けた歌仙が、そのまま続ける。

「鶴丸の言う通りだ。ここに居るものたちは、君と和気藹々過ごすものばかりではない。」
「この間の安定のように、刃を向けてくる相手だっているってことさ。」
「……!」

“安定”の名前が出た瞬間、清光が顔を顰めて起き上がった。
出ない声に歯がゆそうにしながらも、ぐっと鶴丸をにらんでいる。

「清光。」
「…!」
「別に鶴丸は、大和守様の悪口を言いたいわけではありませんよ。」

私が言うと、彼は今度はうつ伏せになって膝へ戻ってきた。
ふて腐れたように腰へ腕を回して、顔を伏せてしまった。

「ふふ」
「おいおい、俺は別にそんなつもりじゃなかったんだぜ。」
「大丈夫、清光だって分かってますよ。」

ね、と問いかけるとぐりぐりと額を腿へ擦りつけた。
鶴丸は少し安堵を滲ませて息をつくと、私へ向き直った。

「だが、本当にどうするんだ。」
「危険なのには変わりないぞ。」
「ぼくらがつきましょうか?」

今日はひとの集まる日だ。
縁側の所からひょっこりと頭がふたつ覗いた。

「…君たち、何で縁側から出てくるんだ。」
「たろうたちといわとおしがあそんでくれるというので!」
「…かくれんぼ中。」
「雅じゃない…」
「頭まで土まみれですよ。」

あがってきた小夜と今剣の頭から、そっと土を落としてやる。
顔についた泥を羽織の裾で拭ってやろうとすると、歌仙に止められて代わりに懐から手拭を差し出された。

「ほら、拭いて。」
「ありがとうございます。」
「不安なんだったら、僕らがつくよ。」
「ぼくらは、まもりがたなですからね!」

にっこり笑う今剣と、任せておけとばかりに自信に満ち溢れる小夜。
しっかり泥を落としてから、手拭を畳んだ。

「お気持ちは嬉しいですが、ここにいるのは貴方たちの仲間、同胞たちでしょう?」
「君がここへ来たときに言われた事を忘れたわけではないだろう?」

歌仙が声を厳しくして言う。

「ここにいるのは、皆何かしら抱えているものばかりだ。」
「恨み、辛み、向かう先は違えどその理由を作ったのは、元をたどれば皆同じ。」
「…審神者、ですか。」
「その通りだ。」

視界の端にうつっていた今剣と小夜がふいに浮く。
ふたりを抱き上げながら、岩融は私へ言った。

「俺や獅子王がそのいい例だ。他のやつらにも、俺が知らんだけで刀を向けられただろう。」
「ええ。」
「お前の人となりを知って行けば考えも変わるかもしれんが、初対面の時など皆思う事はひとつだ。」
「『審神者は、私たちに仇成すものである。』…それは、恐らくここに居るものの共通認識であるでしょうね。」

岩融と一緒にやってきた太郎太刀が、抱かれた小夜の髪をゆるく撫ぜて整える。
小さく微笑んだ後、私を見下ろす時には無表情にほんの少しだけ不満が乗っていた。

「今私たちがよく居る一角にずっとおられるのならば、特に気にしなくてもよいかと思っていましたが…」
「お主は方向音痴の癖に勝手にふらりと出て行って気が付いたらいなくなっている。」
「はは…」

あんまりな言い草だが、事実なので何とも言えない。
岩融と太郎様の言葉に苦笑いだけを返しておいた。

「まあ、つまり、だ。」

鶴丸が話をまとめた。

「ここにはまだ沢山の刀が眠っている。もしかしたらもう姿を取り戻して、君を偵察に来ているかもしれない。」
「はあ…」
「気配に疎い君では、気が付かないうちに後ろからぶっすり、なんてことだって在り得るんだぞ。」
「まあ、そうですね。」

だから?とでも言いだしそうな私に、彼らは仲良く揃って溜息をついた。

「君は本当に危機感ってものがまるでないな…」
「まあ、粧裕ですからね。さいしょっからこんなかんじでした。」
「今さら言っても無駄か。」

はいはい解散と散らばっていく彼らに、私は首をかしげた。
別段そんなに気にすることでもないとおもったのだけれど。

そんなに危機感がないのだろうかと考え込んでいると、目の前にずい、と手が差し出された。

「あ、ああごめんなさい。続き塗りましょうね。」

笑うと、清光が満足そうに頷いた。

一瞬視界の端で揺れた銀色から視線を戻して、また爪紅塗りへと集中し始めた。


―――――――――――――――――――――――――――


「…どう、でした?」

とててて、と小さな足音を立てて戻ってきたその子を抱き上げて尋ねる。
ぐるぐると喉を鳴らすその子に、本丸を一周してみて来た事を聞く。

「……そう、ですか。」
「どうだったの?」

部屋の奥から聞こえた声に、今聞いたことをそのまま伝える。

「…皆さんとあの新しく来た女の人の間に、変な感じは見られなかったと。」
「ほかは?」
「相変わらず加州さんと和泉守さんの声は戻っていません。…あとは、先ほど縁側の所で皆さんが揃って話をしていたらしいです。」
「どんな事を?」
「あのひとの力がこの本丸に充満して、意に返さない者が付喪神として顕現している可能性がある、と。」
「思いっきり俺たちだな。」

他人事のように笑う兄に、ぼくは眉を下げた。

「どうするんです。」
「どうって?」
「要は、ぼくらみたいなのの事を警戒してるってことでしょ?」

服からすらりと伸びる足を組み直して、ぼくの話を受け継いだ。

「しかも、それを他の皆から言われたってコト。」
「…だから?」
「んもーっ、にぶちん!」

頬を膨らませて怒ったのを見た兄が、笑って言った。

「つまり、向こうも俺たちを探す気はないってことだ。」
「…はあ」
「俺たちが出ていくか、向こうが徘徊して俺たちを見つけるか…どっちが先かって事だな。」
「……それって、お前もあの審神者につくってことかよ。」

一気に冷たくなった声に、兄は眼鏡をはずして怪しく笑った。




「まさか。冗談だろ?」



――――――――――――――――――――――――――


鶴丸はああ言っていたけれど、これでも気配には敏いほうだ。
敏くなければ殺される。
そういう境遇で生きて来たのだから。

ぼーっとしていると思われがちであるのは自覚しているけれど、決して気を抜いているわけではない。
これは、声を大にして主張しておきたい。

「……」

少し日向ぼっこをと目を閉じ、少しして戻した視界のど真ん中に
全く身に覚えのない小虎がちょこんと座って尻尾を揺らしていたとしても。

「…どこから、来たんでしょう。」

ゆらりと尻尾を少し揺らしながら、それは私の足すぐ横へぴたりと体をつけて座った。
まるで、置物のようだ。

「君も、ここの住人ですか?」

言葉が通じるのかどうか知らないが、何となく居辛くなって話しかける。
首へ巻きついて一緒に日に当たっていた皇が、しゅるりと降りて行って虎の前へふわりと浮かんだ。

きゅう、がう、と何か話をするように鳴きあったあと、二匹は寄り添ってお昼寝体勢へ入ってしまった。

「あら…」

珍しいこともあるものだと目を丸めたものの、皇がここまで何も抵抗しないという事は
放っておいても大丈夫だと判断した。
足元の小さなお客さんを潰さないように注意しながら、私はまたゆっくりと時が流れる庭へ視線を移した。


  
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