朱い彼と失ったもの


一気に五人増え、また大所帯になった。
歌仙は「また食事の用意が大変になった」とぼやいていたけれど、表情は嬉しそうだった。
仲間が戻ってきたのは嬉しいこと、なんだろう。

―――――だが。

「…こちらへいらっしゃいませんか。」

あの時の長曾祢以外の四人がやけにこちらを警戒しているのがわかる。
時々伺うように私を見ていることがあるけれど、話しかけても答えてもらったことはない。
更に言うなら、安定と呼ばれていた彼以外は声すら聞いたことがない。
和泉守、と呼ばれた彼は、あの時一緒に私を呼びに来た脇差の彼と一緒にいる事がおおいけれど、私が近くを通るとそそくさと去っていくのだ。
脇差の彼は、洗濯やら掃除を手伝ってくれているらしく、刀剣達とは仲良くやっているみたいだ。
まあ、それならそれで構わない。

ああ、話がそれてしまった。
今私が声をかけたのは、その四人のうちのひとり。
朱色の襟巻が特徴的な彼。

いつぞやの小夜のように角のところに隠れてこちらをじっと見ている。
私が使っていた座布団を抜いて、隣へ敷きなおす。

「ここへ。」

私の言葉にとても驚いた顔をしている。
迷うように目線をうろうろさせていたけれど、何かに押されたように少したたらを踏みながら角を出て来た。
首を傾げると、彼の羽織の影から小さな手がふたつ、此方へむけてひらりと振られたのが見えた。
うちのアシスト担当たちに小さく笑みを浮かべてから、また彼へ目を向けた。

「どうぞ。」

こちらは引かない、という姿勢を崩さずに座布団をたたくと、彼は少し戸惑いながらも寄ってきた。
ちょこんと隣へ座った彼に、私は小さく微笑んで当たり障りない会話を選んだ。

「いい天気ですね。」
「……」
「庭は、見てきましたか?」
「…」
「あそこは獅子がとても大切に世話をしているんです。畑も今剣と小夜、ああ、それから大倶利伽羅が甲斐甲斐しく面倒を見ています。」

私の言葉に、言葉での返事はないものの、彼は首をふることで肯定否定を返した。

「他の刀たちと、話はしてきましたか?」

私の言葉に、少し解れてきていた表情が急にびくりと固まった。
どうしたのかと首を傾げると、彼は怯えた表情をそのままに走り去って行ってしまった。

「え、ちょ、」

手を伸ばすも、届くはずもなく。
遠のく背中を見送るしかできなかった。

「…どうしたんだろう。」

皇を撫でると一緒に首を傾げたけれど、次の瞬間威嚇するようにぐるると鳴いた。

「皇?」
「あんた、何したの。」

すらりと首元へ出された銀色に、ゆっくり反対を見る。
部屋へ入った時と同じように、綺麗な刀身が私を捉えていた。

「何、とは。」
「清光が走ってったでしょ。あいつに、何したの。」
「何…と言われても…特には、何も。」
「嘘つくな。」

嘘と言われても、本当なのに。
仕方がないので、先ほどの話を繰り返すことにした。

「ここの刀剣と、話はしてきましたか、と問いました。」
「ッ」
「…何か、まずかったでしょうか。」

ぐ、と眉間に皺を寄せられ、自分が何かやらかしたことはわかった。
彼に困った表情を向けると、少しもごもごした後深い溜息と共に刀を戻された。

「……あんた、清光と和泉守の声、聞いたことないでしょ。」
「…え、ああ、はい。もうひとりの脇差の彼も、ありませんが。」

私の言葉に、赤い彼が消えた方向へ視線を向けた。

「…堀川は、聞こえてないだけだろうけど。」
「ええ。」
「清光と和泉守は、声が出ないよ。」

彼の言葉に、思わず目を見開いた。

「…詳しく、伺っても?」
「……詳細は僕も知らないし、知ってても言わない。」
「はあ、」
「でも、前の審神者との間に何かあったのは、間違いない。」

前の審神者、前任のことだろう。

「声が出なくなるほどの、心労なんて、一体何が…」
「和泉守はわかんないけど、どうせ清光はモロ主絡みだろうね。」

聞いてみると、彼――加州清光は、主に好かれる事にとても執着していたらしい。
捨てられるを一番に恐れ、身なりにもとても気を使っていたとか。
確かに、さっき寄ってきたときに見えた爪は赤い爪紅が塗られた跡があった。
長らく手入れもされていないらしく、剥がれてしまって斑で、爪自体もぼろぼろになってしまっていたけれど。

「…そう、ですか。」
「あいつらに何かあったら、容赦しないよ。」
「ええ。」
「岩融や他の奴らが庇おうと、あんた一人殺すくらい訳ないんだから。」
「分かってますよ。」

私が笑顔で答えると、彼は顔をしかめた。
彼が想像した反応とは違ったみたいだった。

「ありがとうございます。」
「は?」
「教えてくださって。彼らを大切にされているんですね。」
「……ばっかじゃないの。」

吐き捨てられた言葉に、また笑った。

――――――――――――――――――――――――――――

座布団を戻して、またふらりと散歩へ出た。
縁側の途中で出会ったのは、三日月と太郎様だった。

「おや。」
「なぜだろう、久しい気がするなあ。」
「最近はあまりゆっくり話をする時間もなかったですしね。」
「お主が床に臥せっておったのもあるだろう?」
「もう、よいのですか?」
「ええ、お気遣い感謝します。」

にこりと笑うと、太郎様がほっとしたように息をついた。
三日月はそれをおかしそうに見たあと、私に間へ座るように言った。
お言葉に甘えて、そこへ腰を落ち着かせる。

「あの五振とは、どうだ?その後。」
「ええと、まあ、前途多難ではあります。」
「うまく行きませんか。」
「…その、」

言うか言わまいか悩んだけれど、ダメ元で聞いてみる事にした。

「…加州様と和泉守様が声を失っているのは、ご存知ですか?」
「そうなのか。」
「三日月は知りませんでしたか。」
「俺は閉じ込められて長かったからなあ。太郎はどうだ?」
「…ええ、知っています。」

太郎様の返答の仕方からして、何があったかも知っているようだ。
私は、続けて尋ねた。

「声の出ない方と話をするには、どうしたらいいでしょうか。」

私の問に、彼らは同じように目を丸めた。
首を傾げると、太郎様は口元をもごもごさせ、三日月には優雅に笑われてしまった。

「何です…」
「いや、なに。お主は、ほんに俺たちの考えの斜め上を行くのだと思っただけよ。」
「…?」
「用意しておった答えが、無駄になってしまったわ。のう、太郎?」
「ええ。」

小さく笑みを浮かべて、私を見下ろした。

「てっきり、何があったのかを尋ねられるかと。」
「何となくは安定様から伺いましたが、細かな事は当事者から聞こうと思って。」
「あやつらが嫌がったら、どうするのだ?」
「別段特には。言いたくないなら、聞きません。過去の事は、聞かなくても困らないでしょう?」

私の言葉に、三日月が口元を隠して目を細めた。

「それは、俺たちに言っているのか?」

何も言わず、笑みを返しておいた。

―――――――――――――――――――――――――――

とりあえず、太郎様に案をいただいたのでそれを使って少しコミュニケーションを取ってみようと思う。
きょろきょろしながら歩いていると、縁側へひとり座る朱い彼を見つけた。
声をかけて、隣へしゃがみ込む。

びくりと体を震わせた彼は、また視線をうろつかせたけれど、縁側へ広げたそれに首を傾げた。

「これは、貴方の分です。」

手渡したのは、一冊の紙束と墨壺に筆。
私も自分の前へ同じ物を置いた。
筆と紙は見た事はあるだろうし、使ったこともあるだろうけれど。
私は先に使い方を見せる様に、墨壺の蓋をあけて、筆を中の液体へつけた。

『これは墨壺といって、私たちが長らく使ってきたものです。』

黒い墨が、文字を連ねる。
彼は私の手元をじっと見ている。

『声が出ない事は、伺いました。』

ぴくり、彼の手が震える。

『なので、お話の手段にと思って。』

彼が目線だけをあげて、私を少し上目遣いに見遣る。
にこり、と笑って彼の墨壺の蓋を開ける。
促すように彼の紙束の一枚目をめくると、彼はおずおずと筆を執った。

『なん』

書いたところで、驚いたように手を止めた。
ふふ、と笑ってまた文字を連ねる。

『不思議でしょう。』
『なんで、色が違うの。』

私の文字は真っ黒の墨、でも彼が引いた線は綺麗な朱色だった。
墨壺を覗き込んでいるけれど、その中は透明な、一見水にも見える液体が入っているだけだ。
なんとなく、悪戯が成功した鶴丸があんなにテンションが高い理由がわかってきた。

『これは、使う人によって色を変えるんですよ。』
『どういうこと?』
『人にはそれぞれ力の色があるんです。』

また墨を付け直して、続きを書く。

『貴方の場合はその朱色で、私はこの濡羽色。』
『皆、違うの?』
『ええ。』

興味を持ってもらえてよかった。
少し楽しそうに墨壺を見る彼に微笑むと、向こうで私を探している宗三と長谷部の声がした。
短く返事をしてから、少し走り書きでまた言葉を紡ぐ。

『それは貴方に差し上げます。良ければ他の方たちでも試してみてください。』

ぱっと顔を上げた彼に笑顔を向けて、自分の墨壺を閉じた。

「きっと綺麗な色が、それを彩ってくれると思いますよ。」

小さく頭を下げてから、荷物をまとめてそこを去った。

――――――――――――――――――――――――――――

いつも通り最後に風呂へ入って、屋根の上へあがる。

「あら。」
「来たか。」

私がやってくるのを分かっていたかのように、彼は綺麗に微笑んだ。
隣へ座ると、肩へ羽織がかけられた。

「用意がいいんですね。」
「貴女が来るような気がしていたので。」

私は、たまに混ざる彼の丁寧な言葉が好きだった。

「最初の頃以来ですね、こうして屋根の上で会うのは。」
「そうだな。」
「今日も、綺麗な月夜です。」

空を見上げると、彼は同じように見上げてからぽつりとこぼした。

「…人数も、増えて来たな。」
「ええ、そうですね。最初の頃からしたら、とても賑やかになりました。」
「あいつらに、手を焼いているようだな。」
「あいつら?」
「新撰組のやつらだ。」

長谷部の言葉に、思わず笑った。

「私が手を焼いているのは長谷部、貴方も一緒ですよ。」
「失礼な奴だな。」
「もう少し、事務仕事に甘くてもいいと思いますけど。」
「歌仙から手を抜くなと言われている。」

どうやらお目付け役を買って出ているらしい。
歌仙の後ろ盾まであるとなっては、もう私にはどうしようもない。
困ったな、と小さく溜息。

「今日、加州に何かやっただろう。」
「え?ええ、墨壺と紙束と筆を。」
「ここ数日俺たちと距離を測りかねていたようだったのに、急に寄ってきたから驚いた。」

私の思惑はばっちり成功だったようだ。
短刀のふたりと一緒にそれらを持って今いる全員の所を回ったらしい。

「急に何か書けと言われて何かと思った。」
「ふふ。何を書いたんです?」
「それは、!」

言いかけた長谷部は屋根の端の方から聞こえた音に、目をそちらへ向けた。
がたがたと鳴るその音に彼は仕方なさそうに笑って立ち上がった。
どうやら鳴っていたのは梯子のようで。
歩いて行って上ってきていた彼の手をとって上げてやり、入れ替わりに降りていった。
「そいつへ聞け」と残して。

「…」
「いらっしゃい。」

こくり、とひとつ頷いた彼は筆談一式を持って私の隣へ座った。
体をそちらへ向けると、そっと束を私へ差し出した。

「…見ても?」

こくり。
また一つ頷く。

了承を得たので、最初の頁をめくる。
一番最初のところは昼の私との会話が書かれているので、更に次。
捲ったところで、私は目を見開いた。

長谷部が言ったように、全員のところを回ったようだ。
色とりどりの墨で、それぞれ個性の滲む字が並ぶ。

しかし、自分たちの名前の他に書いてある言葉は全て同じ。

「…“粧裕”」

几帳面に始まった歌仙と長谷部の文字の隣から、均衡をわざと崩すように今剣と鶴丸の字が続く。
手本のように書かれた江雪のそれの下に、宗三と小夜の字が並んでいた。
岩融の字は以外にも達筆な草書で、光忠ははらいが自棄に長い。
三日月の縦書きのそれは最早読めないし、太郎様はどうやら一度失敗したらしい。隣に書き直した跡がある。
やはり、新撰組の彼らの字には長曾祢以外には私の名前はなく、自分の名前だけが書かれている。

「ふふ、沢山集めましたね。」

思わず笑うと、彼は少しだけ慌てたように墨壺をあけて、筆をつけた。
新しい頁を開くと、意を決したように線を引いていく。

少し丸い彼の字は、紙一面全部を使って大きく私の名前を綴った。
視線をあげると、少しだけ居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、他の皆と同じように自分の名前を書き足した。

何も言わない私に不安になったのか、筆を持つ手は少し震えていて、小さく音をたてて紙束の上へ置かれた。
私はそれを見て、そっと彼の手から筆を抜き取ると、墨壺へまた筆先をつけた。

「少し、墨をつけすぎですね。かわいい字が滲んでしまっています。」

私は壺の淵で墨を少し落とすと、隣の頁へこれまた大きく、彼の名前を綴った。
丁寧に、間違わないように。
書き終えたら、同じように自分の名前を左下へ少し小さく付け足した。

筆をおいて彼を見上げると、笑いはしないものの、目を輝かせて口をきゅっと結んでいる。
嬉しそうにしてくれて何より。

「明日、爪整え直しましょうね。」
「…」
「綺麗な手なのに、勿体ないです。お古で申し訳ありませんが、とりあえずは私のもので我慢してください。」

私の言葉に、彼は慌ててぶんぶん首を横に振って筆を執った。

『たのしみに してる』

走り書きで大きさがぱらぱらするそれに、私は笑顔を向けた。


  
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