管狐と新撰組と妖


僕らが長曾祢以外の四人を連れて戻ってから、大分時間が経った。
皇が一度戻ってきて長曾祢を置いていったが、すぐにまた消えた。
騒然としていた本丸の中も大分落ち着いたが…


「…ねえ、粧裕は?」

小夜が僕の袴を小さく掴んで尋ねてくる。
確かに、流石に遅すぎるような気もする。
長引いているのならば、手伝いに行った方がいいかもしれない。
僕らではやれることは少なくても、何か手助けは出来るかもしれないから。

「もう一度見に行こうか。」
「僕も行く。」
「ああ。」
「俺も。」

小夜と声を上げた獅子王をつれて、僕らはまたあの倉庫へ向かうべく玄関を開ける。
外は今剣の予報通り雨が降っていて、地面はぬかるんでいた。
四人の世話をしなければならないからと残った燭台切と鶴丸から傘を四本受け取った。
大倶利伽羅は今剣と三日月とあくせく働いているらしい。

「頼むね、この雨じゃ体が冷えちゃうし。」
「ああ。」
「お前たちも気を付けろよ。これ以上不調者が出たら元も子もない。」
「わかってる。」




ばちゃばちゃと飛沫をあげながら、悪すぎる足元を気にして歩く。
獅子王は小夜の手をとってやっていて、僕も彼らを確認しながらゆっくりと進んだ。

「あれ、?」

獅子王が小夜から目を離して前を見て、ふいに声を漏らした。

「粧裕…?」

今度は小夜からこぼされた名前に、つられるように振り返ると大分向こう、蔵の前に人影が倒れている。
小さく皇の鳴き声が響いている。
僕らは慌てて走り寄った。

「粧裕…ッ」

あと数歩、と言う所で僕らの声に気が付いた皇が顔をあげた。
彼女へ向かって手を伸ばすと、次の瞬間何かに強く弾かれた。


急に現れた僕らと粧裕の間を阻む薄黄色の物体に、目を見開く。

「な…」

一番背の高い僕からみても、まだ小夜一人分は高い所から見下ろされる圧はすごかった。
雨露に濡れた黄蘗色の毛を逆立てて僕らを睨み付ける赤目のそれは、間違いなく―――


「…皇?」


呟くように呼ぶと、いつもの愛らしい鳴き声からは想像もつかないほど獰猛な唸り声をあげて僕らをそれ以上近づかないように牽制した。
長く三又に分かれた尾はぐるりと彼女を囲んで、僕らの視界から消した。

「何を、」

牙の覗く口を大きく開くと、そこから皇は大きな火の玉を吐き出した。
慌てて小夜を抱き寄せると、獅子王が僕らの前へ出て刀でそれを薙ぎ払う。
温度差でゆらめく空気の向こう側から、粧裕を連れて皇は消えた。


――――――――――――――――――――――――――――――

一体何があったのかと呆然としていたものの、ひとまず本殿へとまた元来た道を三人で戻る。
一番に気が付いた宗三とへし切がどうだったと尋ねてきたが、僕らは目を見合わせて首をただ横に振るしかできなかった。

同じように顔を見合わせる二人が首を傾げた時だった。
本殿の奥が急に騒がしくなった。

「…なんだ?」
「行ってみよう。」

僕らも履物を脱いで声のする方へ向かう。

「どうしたんだ、…ッ!!」

最奥へ向かう角を曲がった所で、急にぶわりと纏わりつく熱気に襲われた。
燭台切や大倶利伽羅、江雪たちの背中の向こう側に、炎の壁が立ちふさがっている。
燃え広がる様子はないものの、このままでは奥へは行けそうにない。

炎の壁の向こう側には、先ほど出会ったばかりの巨大な狐がこちらを同じように睨み付けている。

「…皇、」
「あっ、歌仙くん…!」
「小夜、帰ってきていたのですね。」
「どういうことだ、これは。」

大倶利伽羅に尋ねられるが、正直僕にだって詳しい事は分からない。
だが、明確な事がひとつだけ。

「…あれは、皇だ。」
「な、」
「皇は管狐だ、僕らの首ひとまわりに少し余るくらいだっただろう?!」
「だが、間違いない。そして、皇は僕らが粧裕に近づくのを酷く警戒している。」

僕の言葉に、今剣が炎から目を離さないまま尋ねて来た。

「粧裕は、もどってきているのですか。」
「この向こうは、あの子の部屋だ。…正確には僕の部屋でもあるけれど。」
「じゃあ、」
「皇は、蔵の前に倒れていた粧裕と共に消えた。部屋へ連れ戻ったんだろう。」

どうやら、皇は炎を消す気も、そこを退く気もないようだ。
困惑する皆にそれぞれ仕事へ戻るように言い、僕は本体を腰から外して抱くようにして炎のすぐ傍へ腰をおろした。
ちらりと皇を見るも、気持ちは揺らぐことはないらしい。

「…受けて立とう。」

長期戦を覚悟して、僕は目を閉じた。

―――――――――――――――――――――――――――――


目を覚ますと、そこは冷たい地面の上ではなかった。
置いてあった部屋着に着替えさせられていて、布団の中につっこまれていた。

ぐ、と伸びをすると体が軋む。
どのくらい寝ていたのだろうか。

思ったところで、やっと何があったのか思い出した。

私は慌てて部屋を飛び出した。

スパン、と跳ねかえってきそうな勢いで戸を開けると、そこには久しぶりに見る姿の皇が座っていた。
私に気が付いて、ぼひゅ、と音をたてていつもの姿へ戻った。
どうやら私を匿ってくれていたらしく、そのために出されていた炎もきれいさっぱり一緒に消えた。

「皇!」

呼ぶと、するりといつもと同じように首へ収まった。
私の声に、どうやら炎の向こう側に座っていたらしい歌仙が慌てたように顔を上げた。

「粧裕…!?」
「ああ、歌仙、ごめんなさい寝ちゃってて…!あの五人は…!」
「長曾祢以外は完治したよ、彼も意識は取り戻してて手入れ部屋の布団に、って君…!」

止める声も聞かずに、そのまま手入れ部屋へ走る。
途中何人かとすれ違って同じような顔をされたけれど、一言二言声をかけて走る。

「失礼します!!」

返事を待たずに勢いそのままに戸をあけると、視界の端を銀色が光った。

刀がぶつかり合う音がして、一歩引く。

「考えなしに突っ込んでいくのはお前の悪い癖だ。」
「ごめんなさい。」

どうやら色んな意味での“見張り”をしていたらしい岩融。
青い羽織を羽織った泣き黒子の彼の刀を受け止めた薙刀の下をくぐって敷かれている布団へ近づく。
彼は、目をゆっくり開けて私を見上げた。

「大丈夫ですか。」
「……ああ、あんたか。あそこから、俺たちを出したのは…」
「ええ。」

記憶では一番ひどかった肩にそっと触れる。

「痛みは」
「今はない。時期に治るさ。」
「そう、ですか…」

ほ、と息をつくと、彼は小さく吐息と共に笑って言った。

「安定、刀を仕舞え。」
「…でも。」
「な。」

彼の笑顔に、岩融が受けていた刀を渋々鞘へ納めた。
それを見て、ゆっくりと体を起こす。
隣にいたもうひとりがそっと背中を支え、「悪いな」と一言かけてから私へ向き直った。

「あんたが、ここの新しい審神者、か。」
「…はい。」
「話は、他のやつらから聞いている。三日月や江雪を呼び戻し、破壊寸前だった岩融をなおしたとか。」
「…」
「伊達の三振を連れ戻し、何より…」

ちらりと顔を上げた彼につられるように振り返ると、ちょうど歌仙が少し息を乱しながらやってきたところだった。

「………あの、歌仙が言う事をきいている。驚くべきことだ。」

彼の言葉に、歌仙はぐっと眉を寄せて私のひとりぶん後ろへ座った。
何も言い返さない歌仙に、更に彼は笑ってつづけた。

「変わったな、歌仙。」
「…元からこうだ。」
「そうでもないだろう。付き合いの長い和泉守もそういっている。」

目線を向けた先にいる彼を見ると、ばっちり視線がかちあった。
ゆらりと揺れた目は次第に泳ぎ、自分の手元へ収まった。

「―――さて。」

少し間を置いてから紡がれた言葉に、また視線を戻す。

「こんなナリですまないが、一応挨拶は済ませておかなくちゃならねえな。」
「え、」
「俺たち五振は、皆元は新撰組の隊士が使っていた刀だ。」

新撰組、幕末の警備隊、だったか。
歌仙に言われて少し人間の歴史を勉強し始めた時に、出て来たような気がする。

「あの蔵へ入れられた理由は、まあ、今は割愛するが。あそこから出してくれた事には感謝している。」
「…いえ。」
「俺は、長曾祢虎徹。一応、こいつらを纏めてる。」
「…粧裕、です。」

名乗ると、彼はおかしそうにまた笑った。

「すまない。他のやつらの感じからしてまさかとは思っていたが。本当に名前で呼ばせているのか。」
「…ええ。でも、別に強制するつもりはありません。“主”とだけ呼ばなければ何とでも。」
「いや、先人たちに倣うことにしよう。俺の事も気安く呼んでくれ。…して、粧裕。」
「はい。」

私を呼んだあと、枕元へ横たえられていた刀を手に取って、おもむろに私へ投げ渡した。
慌てて手を伸ばしてそれを抱き留める。

「ははっ、あの堅物らがここへの侵入を許した理由がなんとなく分かる。」
「……」
「よろしく頼む。…こいつら諸共な。」

頭を下げられたのは長曾祢だけだったけれど、私も同じように頭を垂れた。


  
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