小石と妖と惨劇


「きょうも、へいわですね。」
「そうですねぇ。」
「和睦の道への第一歩です。」
「ふふ、江雪はいつもそれですね。」
「でも、こんやはあめになるそうですよ。」
「あら、では水やりは程々にしておかないと、根が腐ってしまいますね。」

私を真ん中に、左右へ今剣と江雪が座って外を眺める。
庭には獅子と三日月が降りて甲斐甲斐しく世話を焼いていて、
歌仙は渋々ながらも小夜と宗三に連れられて畑を見に行ったようだ。

「粧裕。」

少し厳しい声で呼ばれて振り向くと、呆れたように眉間に少し皺を寄せた長谷部が私を見下ろしていた。

「何でしょう?」
「何でしょう、じゃない。明日提出の報告書はどうした。」
「あら、部屋の机に置いてあったでしょう?」

あっけらかんと言うと、彼は更に顔を顰めた。

「まさか、あれを提出するつもりじゃないだろうな。」
「ダメですか?」
「駄目に決まってるだろ!!」

吠えられ、思わず私も顔をしかめた。

「『異常なし』と一言書かれた紙を、報告書として提出するつもりなのか!」
「だって、本当に何もないでしょう?皆仲良くやっているし、内番も滞りなく進んでいます。」
「あれは戦績や遠征の成果を聞かれているんだ。馬がどうだとか、畑に最近何が生ったとか、そんな事はどうでもいい。」
「はあ、でもうちはまだ一度も戦場へは誰も出していませんし。」
「それ自体がおかしいと言っているんだ…!」

頭が痛いと呟きながら溜息を吐く長谷部を見て、今剣が私を見上げた。

「ぼくらは、せんじょうへはでないのですか?」
「出たいですか?」

聞き返すと、少し考えた後返事が返ってきた。

「たしかに、いまのせいかつはとてもたのしいです。でも、せっかくまたじぶんでたたかうちからがあるなら、でてみたいきもちもあります。」
「そうですか。」
「ぼくらは、かたなです。せんじょうが、ほんらいあるべきばしょなのだとおもっていますから。」

ふむ、と少しだけ納得していると、向こうから畑仕事を終えた小夜の声が聞こえた。
遊ぼう、と控えめに言われた言葉に、今剣は嬉しそうに駆けていった。
ぴょこぴょこと跳ねる銀髪を見送りながら、言葉の矛先を変えた。

「無理に戦場へ出なくてもいいんですよ。」
「…それは、私に言っているのでしょうか。」
「ええ。」

困ったように目を伏せる江雪に、私は小さく笑みを向けた。

「今剣はああ言っていましたけど、それが必ずだとは思いません。今の貴方たちには、何処で生きるかを選ぶ権利がある。」
「…」
「刀の本意だと戦場へ赴くもよし、本丸での仕事を全うするもよし。ぐうたらと惰眠を貪ったり、こうやって何気ない時間をのんびり過ごすも、またよし。」
「少しは働け。」
「労働を強制することはしませんよ。好きに生きていけばいい。」

呆れた表情を崩さない長谷部を見上げる。

「長谷部も、別に私の執務や内番・資材の管理までやらなくていいんですよ。それは私の仕事です。」
「…働かざるもの食うべからず、だろう。」
「敢えて貴方たちに労働を課すとするならば、それはそれこそ内番や戦場での働きです。貴方のように雑務を熟すことも、光忠や歌仙のように厨に立つことも、獅子や小夜のように本丸の掃除を甲斐甲斐しくやる必要も、本来ならばないのですよ。」
「……」
「甘えてしまっているのも、確かに現状ではあるのですけれどね。」

私の言葉に、ふたりは顔を見合わせていた。

――――――――――――――――――――――――

ふらりと本丸を一周してみようと、皇を連れて散歩に出た。
首元で温かい日差しにぐるぐると喉を鳴らしているそれの小さな頭を撫でて、ふいに庭の方を見る。

さっきまで居た所に、左文字の三兄弟と今剣が一緒に居るようだ。
更に視線を本丸側へ移動させると、庭から戻ってきたらしい獅子と三日月が歌仙からお茶を貰っていた。
その傍では、鶴丸と光忠が一緒になって何かを楽しそうに話し込んでいる。
太郎様は、岩融と道場らしい。

「…」

のんびりとした時間が流れるそこをじっと見ていると、どこか他人事のように感じてしまう。
明るい笑い声も、楽しそうな話声も、甘えるように聞こえてくる名前を呼ぶ高い声も。







『お前は、私に従ってさえいればいい。』







小さな頃から刷り込まれた、容赦ない言葉たち。
頭を過った瞬間無意識に喉のあたりへ手をやると、首へ収まっていた皇が私の腕を押し返すように体を捻った。

「…ごめん。」

もふ、とした体に触れて、暗くて深い闇の底へ引きずりこまれそうだった心を立て直す。

「…馬鹿らしい。もう戻りたくたって、戻れないのに。」

ぽつりとつぶやいた言葉に、皇が困ったように優しく私へすり寄った。
この子とはずっと触れているから、心の共有もし続けている。
私が不安に思ったりするのを、皇はとても敏感に感じ取っているのだ。

「…おい。」

ふいに聞こえた声に顔を上げる。
そこには、麦わら帽子をかぶった大倶利伽羅が立っていた。

「あら、帽子なんてかぶってどちらへ?」
「…畑。」
「畑?今日は小夜や歌仙たちが見に行ってくれた筈では?」
「……」

彼との会話は、とても短い。
毎日欠かさず全員と話をするようにはしているけれど、大倶利伽羅との会話は二言三言だ。
それ以上続くと、むしろ無理をしているのではないかと不安になる。
今日はここまでかな、と話を戻すことにした。

「ごめんなさい。何か用事があったんですよね?」
「……。」
「ん?」

私が尋ねると、彼はふらりと視線を泳がせた。
何度か右と左を行ったり来たりしたあと、とても小さい声ではあったけれどぽつりと言葉を紡いだ。

「…この間の、」
「この間?」

首を傾げて、いつのことだろうかと考えを巡らせる。
彼らを本部から連れて戻ってきてから、そこそこ日にちも経った。
毎日騒がしく何かしら起こるので、どの日の何を指しているのかが分からない。

「ごめんなさい、いつの話でしょう…?」
「…」

仕方なく尋ねると、やれやれと言ったように溜息をつかれた。
彼はそのまま何を言うわけでもなく、くるりと背を向けて行ってしまった。

「…なんだったんだろうね。」

皇に尋ねるも、不思議そうにきゅう、と鳴いて一緒に首を傾げるだけだった。

―――――――――――――――――――――

本殿から少し離れた所へやってきた。
いつも皆といる場所から離れれば離れるほど、空気は淀んでいく。
もう少し、本腰をいれてやっていかないとな、と思ったその時。
こつ、と頭に何かがあたった。

「いてて…」

あたったところを摩りながら、飛んできたであろう方を見ると、会ったことのない刀剣男士がふたり立っていた。

「…どちらさまでしょう?」

一応尋ねるも、ひとりはいくつか手に持ったままの小石を確かめるようにじゃらじゃら鳴らし、もうひとりも特に何を言うでもなくその隣へ佇んでいるだけだった。

「あの…?」

声をかけると、先ほど石を投げてきた方がまた一つ私の足元へ投げて、くるりと背を向けた。
もうひとりも、それについて去っていく。

「え、え…」

おろおろしていると、少し行ったところでまた止まってこっちへ石を投げた。

「…ついていけば、いいのですか?」

尋ねるも、彼らは特に返事をしないまま角を曲がって行った。

「……皇」

皇を刀へ変えて腰に差し、ゆっくりと足をすすめた。



彼らは、とても規則的だった。
少しいっては、私がついてきているのを確認し、また進み、また振り返る、を繰り返した。
大分歩いたところで、前を行っていたふたりのうち小さい方が、がくりと膝を折った。
地面に手をついて、ぜえぜえと苦しそうに息をしているのが聞こえる。

「な、なにが…!?」

さっきまでは等間隔をあけてついてきていたけれど、慌てて彼に走り寄った。
でも、すぐに足元へまた石が投げつけられる。
さっきまでとは違い、敵意を感じた。

苦しそうな彼の肩をぎゅっと抱いて私を睨み付ける目は、「それ以上は近づくな」と雄弁に語っていた。
無理矢理に近づいていくことも出来るけれど、あまり刺激はしない方がよさそうだ。
どうしようかと悩んでいる間にも倒れこんだ彼の息は整ってきて、そっともうひとりに笑顔を向けていた。
もうひとりが心配そうに顔を覗き込んだものの、手を貸してまた先を歩き始めた。

一体、どこへいくのだろうか。

―――――――――――――――――――――――――――

何度も道中で発作のように息を乱す彼に、毎度足を止めながら後を追う事数分ほど。
辿り着いたのは、本丸の敷地内でも端の方に小さく佇む蔵だった。

「こんなところに…」

思わずあたりを見回していると、彼らは両側に立って蔵の扉をあけた。
戸惑っていると、くい、と顎で「はいれ」と指示を受ける。
心配そうにかたりと動いた皇を一撫でし、蔵へと足を踏み入れた。

足元が、濡れている気配がする。
蔵は、どうやら前任の審神者の力がまだ通っているようだった。
一歩入った瞬間に、空気が自分を拒絶しているのを感じたけれど、そんなものはすぐに気にならなくなった。
もっとひどいものが、見えてしまったからだ。



薄暗い蔵の中に浮かぶ光景に、私は言葉を失った。
中にはもうふたり、男士が座っていた。
彼らも重傷のようで苦しそうにはしているけれど、まだ意識はありそうだ。
片方はすがるような、もう片方は今にも噛みついてきそうな憎悪の籠った目を向けて来た。
だが、一番の理由は彼らではない。

「な、にが…」

蔵の壁へ桀にされていたのは、金色と黒のツートン色の髪をもつ男子だった。
体を鉄杭がいくつも通っていて、血があふれ続けている。
足元が濡れていると感じたのは、どうやら彼の血だったようだ。

刺さった傷口はじんわりと光っていて、まわりに散らばる資材を糧として断続的に前の審神者の力で手入れが続いているようだが、あまりにも微力すぎだ。
お蔭で、彼は完治することも、折れることもできない。

冷静に、という考えは一瞬で吹き飛び、慌てて駆け寄った。

前まで行ってよく見てみると、杭の一本一本にはご丁寧に封がしてあった。
これのせいで彼らは、自力で抜くことはできなかったのだろう。
三日月の時と似ている。

「…ッありえない。」

ぐっと杭を握ってゆっくりと引き抜くと、さっきまで大人しかった彼から雄叫びのような悲鳴があがった。
痛みは、想像を絶するものだろう。

「皇!!」

できるだけ傷口を広げないように気を配りながら呼ぶと、ぼふりと刀から狐の姿へ戻った。
目は彼から離さず、指示を出す。

「本殿へ戻りなさい!歌仙たちに資材を持てるだけもって此処へ来るように言って!小夜と今剣には手入れ部屋の用意をするように!」

私の言葉をしっかり聞き届けると、皇はぼふりと姿を消した。

肩へ刺さっていた杭を抜くと、前任の者の力が弱まるのを感じた。
気を張って順番に抜いていくけれど、左肩を貫くそれが深く刺さっていて抜けない。

「ッ、最後、なのに…!」

血でべったりと汚れているのもあって、うまく力が入らない。
ぐだぐだやっている暇はないのに。
焦りから苛立ちが勝って、余計にうまく行かない。

一度服で手についた血を拭った時、後ろから手が回った。
驚いて振り向くと、さっき石をなげていた彼が私の背後から杭を握っていた。

いくつか抜いたことで、呪いの効力が薄れたようだ。
彼は、ほんのすこし罪悪感の籠った目を向けてから、一思いに杭を力づくで抜き去った。

ぐらりと倒れてきた大きな体を慌てて受け止めて、床へ寝かせる。
ぜえぜえと繰り返される浅い息に、最悪の事態が脳裏をよぎった。



だめだ、諦めるな



心の弱りは、力の弱り。
今力を失う訳にはいかないのだ。

両肩へ手をそっとあてて、力を籠める。
一度前任の力を根こそぎ断ち切ってしまってから、徐々に治療へ入る。
岩融にやった時を思い出しながら、丁寧に進めていった。

少ししたところで、歌仙や江雪たちが慌てた様子でやってきた。
資材を蔵へ運び込んで、歌仙は私の横へ膝をついた。

「何てことだ…こんなになるまで気が付かないなんて、」
「手入れ部屋は。」
「小夜たちが用意しているよ。もうそろそろ出来上がる頃じゃないかな。」
「なら、他の方を連れて戻ってください。」

私の言葉に、四対の目が私を見た。

「君は、どうするんだい。」
「彼を今ここから動かすことはできません。ここで手入れを続けます。」
「大丈夫なんだろうね。」
「大丈夫です。手入れ部屋なら、私がいなくても手入れは進むはずです。早く。」
「…わかった。」

光忠を呼んで、彼らがそれぞれ手を貸して蔵を出ていく中、私を呼びに来た彼は動こうとしなかった。

「何してる、お前も傷が深いんだ。手入れに戻るよ。」
「………!」

歌仙に肩を掴まれて言われても、彼は歌仙を見上げただけだった。

「…相変わらず、聞き分けの無い子だね。」

溜息をついた後、歌仙は自分よりも背の高い彼を器用に抱き上げて立ち上がった。
じたばたと暴れる彼をぎろりと睨み付ける。

「いい加減にしないか、和泉。」

恐らくは彼の名前であろうそれを、低い唸るような声で呼ばれ。
先ほどまでの抵抗が嘘の様にぴたりと止まった。

「…無理はしないように。」
「分かってます。」

歌仙はそれだけ残して、蔵を出ていった。

――――――――――――――――――――――――――

どのくらい経っただろうか。
やっと穴だらけだった体も一応は元に戻った。
まだ完治まではいかないけれど、ヒトでいう「一命をとりとめた」ってところだろう。

急に力を使いすぎた。
ぐらりと視界が揺れるなか、皇が私を見上げているのに気が付いた。

「…皇、この方を、本殿へ。」
「きゅう、」
「もう手入れ部屋も、ひとつくらいあいているだろうから。」

少し迷う素振りを見せて、仕方なさそうに彼へ近づいて行った。
蔵から出ていったのを見届けて、他に刀が無い事を確認してから、しっかりと閂をかけた。
ここは、もう使うこともないだろう。

私も、戻らないと。
そう思った矢先、小さな段差に足を取られてべしゃりと地面へ倒れこんだ。

この一月ほどの、無理が祟ったのかもしれない。

異常なほどの眠気を感じた時、頬にぽつりと水があたる気配がした。
ああ、そういえば、今剣が今夜は雨だと言っていた。
羽衣狐は、水は苦手なのに。

考えたところで、倒れこんだ体はいう事を聞かず。
ぽつ、ぽつと段々強くなるそれに、ただ目を閉じた。



  
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -