大太刀と御神刀と妖


やっとこさ始末書の提出をギリギリで終えた粧裕は、もうこれ以上はいいとばかりに筆を放り出し。
部屋の前の縁側で、ぼーっと外を見ていた。
ふと聞こえてきた声に首を捻ると、どうやら道場の方から聞こえてくるようだった。

「…誰がいるんだろう。」

ぽつりとつぶやいた独り言に背中を押されるように、粧裕は腰を上げた。

――――――――――――――――――

ここへきて数日後に、どうしても腕が鈍ると言いだした岩融と長谷部が珍しく必死になって掃除をしたその道場は
いつも誰かがいる気配がしている。

それは、稽古に精を出す岩融だったり、相手をする光忠だったり
時には長谷部と、悪戯をして彼を怒らせた鶴丸だったり。
またある時は小夜と今剣の遊び場になり、ああ、偶に昼寝をする獅子がいる事もある。
三日月と江雪がいる時もあるけれど、彼らは見学専門のようだ。

今日は誰かな、と扉へ手をかけようとしたとき。
かたりと何かが音を立てた。

「…?」

どうやら、昔資材庫として使われていたそこからするらしい。
何があったかかを巡らせながらそっと扉をあけると…

「おや。」

―――――――――――――――――――――

「もーっ!!いわとおしになぎなたはずるいです!」
「俺はこれが専門だからなあ。」
「りーちがちがいすぎるんです!」
「岩融は今剣の戦い方をよく知っているからな。そう易々とは近づけまいて。」

愉快、とばかりに三日月が袖で口元を隠してからからと笑う。
やいやいと怒りながら地団太を踏む今剣に、岩融はたじたじだ。

「今剣には弱いな、岩融。てっきり笑って一掃かと思っていたが。」
「もう三日ほど続いておってな。初日はそうだった。」

三日月が笑み交じりに教えてくれる。
なんだ、そういう事か。

「では、今剣。俺と一戦どうだ。」
「つるとですか?」
「ああ。ずっと薙刀相手では興も冷めよう。どうだ、偶には。」

俺が返答を待たずに竹刀を持って立ち上がると、途端に表情を明るくした。

「では、つるとにいたしましょう!」
「おい、いまつる、」
「いわとおしも、ちょっとあきてきたころですし!」

ぐさ、と今剣の言葉が突き刺さる音がした。
おお、おお、なんとも惨い。

「あら、今日は今剣と鶴丸なんですね。」

それぞれ稽古用の模造刀を構えると同時に、からりと軽い音と共に扉が開いた。
皆同じように振り返ると、そこには俺たちの主様がひょっこりと顔を覗かせていた。

「粧裕ではないか。」
「お邪魔しても?」
「ああ、近う寄れ。」

ぽやぽやした三日月の笑顔に呼ばれ、笑いながら道場へ入ってきた。

「おや。」
「久方ぶりに見合うな。」
「やっぱり、ご存知ですか?」

彼女が布に厳重に包んで抱えて来たのは、背丈よりもかなり大きな大太刀だった。
ここからは刀は確認できないが、大太刀は大きさで誰なのかすぐに分かる。

「へえ…」

にんまりと笑った俺に、今剣が顔を歪めたのが見えた。
何かよからぬ事を考えているな、なんて思っているのだろうが大当たり。
止めるにしても、もう遅い。

「なあ、粧裕よ!」
「はい?」

首を傾げた彼女に、布を解いて道場へ上がるように言う。
少しためらっていたようだったが、触れる場所が露出していないのをしっかり確認してから布を解いた。

「わあ…」
「久しぶりに見るが、美しい刀よ。」
「お前に言われても、こやつには響かんだろうよ。」
「あなや。」

ぽけっとそれに見惚れる粧裕を、更に呼ぶ。
我に返った彼女は慌てて“彼”を持ったまま俺の元へやってきた。

「何でしょう。」
「俺の相手をしてくれんか。」
「えっ」

嫌な顔を微塵も隠さずにいる粧裕に、今剣は溜息をついて岩融たちの所へ戻って行った。

「わ、私がですか。」
「ああ。」

にこにこと笑みを絶やさずにいると、尚更に顔を歪めた。

「私を捕まえなくとも、他に刀たちは沢山いらっしゃるでしょう。」
「君がいいんだ。他はなんだかんだ長く一緒にいるからな、何となく手の内も読めてる。」

模造刀を三日月へ投げ渡し、代わりに本体を受け取る。

「それを、抜け。」
「は、?」

自分の刃に不備がないかを軽く確認しながら言った。

「君はいつも、あの管狐を刀に変えて振るっているそうだな。」
「…変えて、というか、まあ、はい。」
「ならば、刀を振るう事には問題はないだろう。」
「でも、」
「なんだ、やはりそんな大きな堅物を手に戦うのは無理があるか?」

挑発するように大太刀を見ながら言うと、彼女より先に刀がかたりと揺れる。
おお、おお、そう怒ってくれるな。本心なんかじゃない。

「いえ、大きいのは別段問題では、」
「なら、何故?」

彼女の言葉に、刀がふっと静かになる。
俺も楽しくなってきて顎に手をあてて返答を待った。

「私が、付喪神のつくような刀を抜く訳には、」
「そう固い事を言うな。抜けぬというなら抜いてやろう、ほれ。」
「わ、わ!」

彼女の手から、柄を持って刀身を引き抜く。
鈍色に光る刀身は、やはり美しい。

「それでいいだろう。」
「…もう。」

ちょっとだけですよ、なんて言いながら構えた彼女に気持ちがうずく。
相手が誰にしろ、初めて当たる相手とやるのは心が奮えるものだ。

「行くぞ。」

じり、とほんの少し間合いを詰めてから、一気に粧裕へと踏み込んだ。
下から振り上げた一太刀を大太刀で真正面から受ける。

「ほう、」
「…なるほど。」

ばっとまた距離を取ると、彼女がひゅんと空を切る音をたてて大太刀を確かめるように回した。
あの細腕のどこにそんな力があるのかと不思議になる。

「驚いた、言葉通り大きさは特に関係ないんだな。」
「ええ、まあ。皇も流石にここまでではないですが、太刀にしては大きい方ですので。」

両手でしっかりと柄を持ち、俺へ視線を向けた。

「でも、やはりあまり長くは抜いておきたくないので。急ぎますね。」

ふ、と視界から消えたと思ったらすぐに俺の目の前へ現れた。
さっき俺がやったように下から嘗める太刀筋が見えたので、振りあがる前に防ぐ。

ぎいん、と激しい音がした後に刃ががちがちと擦れる音が続く。

「君は、型破りだな。」
「まあ、完全に自己流ですから。」

そこからも幾度となく打ち合ったが、どちらも届くことはなかった。

「君の、は、本当に読みにくい!」
「基本と、いうものを、知りませんから。」

息が切れて来た頃に一度距離を取り合って溜息をつく。

「どうしてまた、自己流で刀を握ろうなんて思ったんだ。」
「出来るだけ、ヒトの姿のまま戦える力が欲しくて。一番その当時手近だったのが刀だっただけです。」
「ふうん。」

壁へ立てかけてあった鞘へ大太刀を戻す。

「できるだけ、妖の力を使わずに居たかったんです。」

彼女の言葉のすぐあと、道場に大きな音が響いた。

―――――――――――――――――――

バチッ、と電流が走るような痛みが手のひらに走った。
反射的に手を離してしまい、大きな刀が道場の床へたたきつけられてしまった。

「え、」

その痛み自体は初めてだったけれど、意味合いはとてもよく知っていた。
それは、間違いなく確実な―――

「…拒絶、」

ぽつりとつぶやいた私の言葉に、固まっていた空気が動き出した。

「ちょ、妖ってどういう事だ?!」
「……ああ、そうか。歌仙以外には、話したことありませんでしたね。」

ぽつりと言うけれど、私の気持ちは床に転がる大太刀へ向いていた。
どうしよう、地面へ落としてしまった。
傷はついていないだろうか、そういえば碌に確認もしないまま鶴丸と手合わせに使ってしまった。
やはり、急に見知らぬ相手に振るわれるのは不快だったか。

考えていると、扉の方から声がした。

「“それ”は、御神刀だよ。」

ぱっと振り返ると、どうやら休憩の声かけにきたらしい歌仙がいた。
口ぶりから、一部始終を見ていたのだろう。

「御神刀…?」
「ああ。僕らよりも更に“神”に近い存在って事だ。」

それを聞いて、やっと合点がいった。
彼は、私が勝手に使ったことに怒ったんじゃない。

私が、妖、だから。

「……歌仙、」
「それは、僕が本殿へ運んでおくから。」
「………お願いします。」

私は、そのまま道場を後にした。


――――――――――――――――――――

「…さて、と。」
「ちょ、おい歌仙!さっきの話どういうことだよ!?」

どうしたものかと思案していると、鶴丸が食いついてきた。
どう、と言われても。

「彼女は妖の一族らしい。羽衣狐を主とする、妖の混合種だとか。」
「混合、って」
「細かい話は僕にもわからない。」
「妖、とは一体どういったものなのだ?」
「彼女が言うには、人間を挟んで僕ら“神”と呼ばれるものと相反する存在だと。」

僕の言葉に、三日月はふむと考え込むように口元を隠して視線を左下へずらした。

「確かに、思えば御神刀とは邪気を払うものだ。幽霊やらが主立っているのかと思っていたが、彼女のような妖も謂わば君たちにとっては、払うべきもの、なのだろうね。」

ちらりと視線を大太刀へ向けると、ぶわりと風が吹き荒れる。
僕が話しかけたことで、多少顕現するための力が備わったのだろう。
転がっていた刀の向こうに、ふわりと濡羽色の長髪が舞った。

「私が拒んだのではありません。」
「でも、粧裕が自分から離したとは思えなかったが。」

岩融が言うと、太郎太刀も困ったように眉を寄せた。

「私にも分からないのです。妖、と聞いた時にざわつく気持ちがあったのは確かです。ですが、それで彼女を跳ね除けるようなこと、」
「確かに、太郎太刀がそんなことで掌返すようには思えないよなあ。」
「こばむなら、さいしょからもたせたりはしないでしょう。」

今剣の意見も尤もだ。
だが、尚の事何故…?

「本能」

ふいに聞こえた単語に、足元に座っていた三日月を見下ろす。

「本能…?」
「では、ないのか。」

それぞれが黙って、三日月の話の続きを待った。

「昔、青江が言っていた。夜戦に出ると、検非違使とも歴史修正主義者とも取れぬ気配を感じる事があると。」
「…」
「ああ、それならいしきりまるも、にたようなことをいっていましたね。」
「確かに。」

それが、何だというのか。
目線で続きを促した。

「つまり、俺には分からんが、霊刀やら御神刀やらと呼ばれる者たちは、“そういった”ものの気配に敏感なのではないだろうか。」
「気配…ですか。」
「特に、御神刀たちは現世から離れていた時間も長い。無意識に、霊や妖、人成らざる者を祓わねばならぬと思う気持ちが心の奥底に強く根付いているのだろう。」

なるほど、と他の連中は合点がいったようだったけれど、当の太郎太刀は腑に落ちないとばかりに顔を顰めた。

「しかし、」
「やれ、これは俺の推測には過ぎん。俺はその手の力は持ち合わせておらんからな。」

太郎太刀の言葉を遮って言う三日月。

「…しかし、もしそうならば、私は彼女がいる以上ここにはいられないという事になります。」
「別に触れ合わなければいいのだろう?無理に粧裕に寄らなくともよかろう。」
「手入れの際、どうしても触れなければならなくなるでしょう。そうでなくとも、これから先全く接触をなくして生活するのは無理な話です。」
「それは、一理ある。」

此処で考えても埒があかない。

「仕方ない、今は少し距離を置いておこう。今日の夜にでも僕が彼女の所へ行ってくるから。」
「まってください。」

どうしたものかと考えを巡らせていると、くい、と下から引っ張られた。

「なんだい、今剣。」
「ぼくに、いかせてください。」

――――――――――――――――――


夕飯も湯あみも終えて、僕は粧裕を探して歩きました。
夕飯にも出てこなかったし、道場で会ってから後ろ誰も見ていないと言っていました。
ふらりと出歩いていると、いくつか角を曲がったところで彼女を見つけました。

「こんなところにいたんですね。」
「ああ、今剣。」

獅子王が大切にしている庭にある池のほとりで、水面に写る月を見ていました。
ぴょい、と彼女の座る池のほとりへ飛び乗ると、彼女は少しだけ反対側へずれました。

「いたく、へこんでいるようですね。」
「…んー、どう、なんですかね。」

疑問に疑問が返ってきて、思わず首を傾げる。

「わからないんですか?」
「…拒絶されることは、初めてではないんです。これでも、まあ、何ていうか、人生経験は豊富なもので。」
「…まいなすのほうこうにですね。」
「そうですね。」

にこりと笑顔を向けてくれましたが、どこか力のない笑みでした。

「慣れていた、つもりでした。手を振りはらわれることも、距離を置かれることも。」
「…」
「どうやらここにきて、貴方たちと生活するようになって。時間はまだ二十日に満たない程度ですが、忘れてはならない事を忘れそうになっていたようです。」

粧裕はそれが何なのかは教えてくれませんでしたが、話の流れからしてよい事では無いのは明白でした。

「たろうたちが、こまっていました。」
「たろう…?」
「あの、ひるまのおおたちです。」

粧裕は太郎太刀の名前も、姿も知らないのだとやっと思い出した。

「あれは、たしかにごしんとうです。でも、かれじしんが、あなたをこばんだわけではないと。」
「…どういう意味か、あまり」
「ん――――。」

何と言ったらよいものか、少し考えてみましたが良い案はうかばず。
なので、もうそのまま伝えることにしました。

「これは、あくまでもみかづきのすいそくなのですが。」
「ええ。」
「ごしんとうやれいとうたちは、ひとならざるもの、にかびんにできているのではないかと。」
「…」
「ぼくがしっているだけで、このほんまるにはまだごしんとうがにほんと、れいとうがいっぽんのこっています。かれらも、もしかしたらひるのようになってしまうかもしれません。」

僕の言葉に、粧裕はとても悲しそうに眉をよせました。
選び方を間違ったかと視線を彷徨わせた時、本丸の方に影が見えました。

「…でも、きっと。」
「?」
「かれらは、それをりゆうに粧裕をきらいになったりしません。そういうものたちですから。」

くい、と彼女の服の裾を引いて、本丸へ戻っていきました。

「ど、どうしたんです、今剣。」
「せっかくなんです。あいさつくらいは、かわしておいてもよいでしょう?」

さっき見えた人影の方へ寄って行くと、明らかにその影が狼狽えるのが見えました。
面白いな、なんて思いながらもその前で足を止めると、粧裕の体が少しびくりと揺れたのが分かりました。

「きちんと、あいさつにでてきたのです。ひるのひれいはゆるしてあげてください。」
「…あ、いえ、非礼だなんて、」

庭へ降りたままの僕らと、もとより背の高い彼では高さがあまりにも違いすぎました。
僕はもちろんですが、きっと粧裕も、きちんとは表情を確認できてはいないでしょう。

「…お昼の、大太刀様、ですよね。」
「……はい。」

観念したようにそっと太郎太刀が膝を折って縁側へ屈みました。
それでもまだ彼の方が高いですが、さっきよりはずっとマシでした。

「あの、すみませんでした。床へ落としたりして。傷とか、ついてませんか。」
「え、」

恐らくは自分が詫びるために来たであろうのに、先に粧裕から謝罪を入れられて。
太郎太刀は目に見えて慌て始めました。

「そんなことはいいのです。それよりも、私は」
「そんなことではありません。」

静かに、でもぴしゃりと言い切った彼女に、太郎太刀は目を見開きました。
いやはや、今日は珍しいものが沢山見られる日です。

「日本刀の扱いはとても難しいもの。本来ならば私が手を出していいものではありません。」
「そんな、」
「分かっていたのに、すみません。」

頭を下げた粧裕に、咄嗟にそれを止めようと太郎太刀が手をのばしました。
でも、昼のことを思い出したのか、触れる寸前で手を止めました。

「(…やれやれ。)」

太郎太刀は不器用さんです。
次郎太刀に、こみゅにけーしょん能力とやらを根こそぎもっていかれたようだと、いつだったか鶴が言っていました。

このままだと話は平行線をたどると確信した僕は、後ろから粧裕を力いっぱい押しました。
勿論、頭を下げたままだった粧裕は咄嗟に踏ん張ることも出来ず。
そのまま太郎太刀へつっこみました。
両肩を掴んで抱き留めた太郎太刀も、突き飛ばされた粧裕も面白いくらいに同じ表情をしていました。

「ちょ、今剣、」
「ぼくはもうねむくなってきたので、いわとおしのところへもどりますね。」
「え、ちょ、」
「たろうたち、あとをたのみましたよ。」
「え、ああ、はい…」

さて、明日にはおさまるところへおさまっているといいのですけれど。

―――――――――――――――――――――

「…あ、すみません。」
「いえ、こちらこそ。」

ぐい、と私の胸を押して体勢をもどした彼女に、そっと手を離した。
すぐに私から距離を取るように数歩後ろへと下がった彼女に、無意識に体が先に動いた。

離れる彼女を追うように庭へ降りて、腕を力任せに掴んだ。
驚いて顔を上げた彼女に、私は言った。

「私の方から、結果的には貴女を避けるような真似をしたのに、こんな言い分身勝手とは承知です。」
「え、?」
「ですが、どうか、私とあからさまに距離を取らないで、いただきたい、」

情けないのは重々承知だった。
でも、このままではいけないのだという事も、分かっていた。

「私にも、何故あの時ああなってしまったのか分かりません。ですが、今こうして触れることが出来るということは、あれはあの一時だけだったのだということ。」
「…」
「どうか、私もここの他の刀たちと同じように接していただきたい。」

掴める手があるのに、みすみす自分から手放すような真似、もうしたくはない。




『あにき、また、どこかでね。』





あの子は、今頃どこにいるのだろうか。
もしも、私たち刀にも黄泉の國があるのなら、そこで楽しく過ごせているのだろうか。
―――あの時、手を離した私を、恨んでいるのだろうか。

「…太郎太刀、様?」

紡がれた名前に、はっとする。
心配そうに私を見上げる彼女には、どこかあの子と似ている影がある。
背格好も、見目も、特に似たようなところは見られないのに。

『兄貴、大丈夫かい?まーた無理したんだね。』

そっと裾を掴まれた程度だったけれど。
彼女から私へ触れられた事に、私は色々なものを押し込めるように目を閉じた。


  
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