眼帯と空


朝一で昨日連れ戻ったあの三振の顕現を、と思っていた私の元へ奴は現れた。
襖を開けてばっちり目があった私とそれ、こんのすけは一瞬の間を作った。

「…なんでしょうか。」
「刀の数も増えてきましたね。」
「え、ええ…」
「そろそろ、出陣へ出す頃合いかと。」

無表情で言うそれに、私は眉を寄せた。

「まだ戻ってから一番早い歌仙でも十日余りです。些か早すぎではありませんか。」
「彼らは元々練度が高い。すぐに戦場へ出しても、無傷で帰還出来るでしょう。」
「それは、貴方が決めることではありません。」

むっとして言い返すと、こんのすけは小さく溜息をついて部屋の奥へ目を移した。

「それを。」
「?」

促されるがままに振り返ると、綺麗に片付けて何もなかった筈の文机の上に大量の紙束が乗っていた。

「…いつの間に。」
「ここの今人型を保っている刀たちで出られる合戦場と遠征のリストです。」
「あれ、全部が、?」
「まさか。」

こんのすけは、つづけた。

「リストは、あの一番上の巻物だけですよ。」
「え、残りはじゃあ、」

困惑する私の横をすり抜けて、こんのすけは文机の角へぴょいと飛び乗った。

「この巻物が、刀剣達のリストです。どのような刀なのか、経歴や所謂ステータスなんかもここに。」
「は、はあ…」
「残りは全て、貴女への事務仕事です。」
「は?!」
「畑を耕し、刀剣達と和気藹々するだけが審神者の仕事ではございませんよ。」
「…」

げんなりしながらも、一応はと一番上に乗っていた紙束をぱらぱらとめくる。

「仕事の仕方は、その反対側の冊子です。分からなければ、歌仙殿にでもお聞きください。彼はずっとここでそういった仕事もしていたようなので、よくご存知でしょう。」
「……」
「貴女なら、大丈夫だとは思いますが。政府への報告も怠ってはいけませんよ。」
「………」
「では、確かにお伝えしました。…ああ、ひとつ言い忘れておりました。」

とてとてと出て行こうとしたこんのすけが、くるりと私へ向き直って言った。

「一番急ぐ書類、明日の正午までなので悪しからず。」
「えっ?!ちょ、急すぎじゃ…!」
「貴女が蒔いた種ですからね。最後まで責任は取っていただきますよ。」

ぼひゅ、と煙を巻いて消えたこんのすけに唖然とするも、さっきの言葉を思い出して慌ててその書類を探す。
いくつか山を崩したところでやっとこさ見つかったそれを見て、項垂れた。

「そういう、事か…」

分厚いそれの表紙には、間違いなく些か怒りの籠った字で『始末書』と書かれていた。

―――――――――――――――――――――

「…粧裕、何やったんだよ。」
「……ちょっと色々あったんです。」

朝食の時間になってもやってこない私を、獅子が迎えに来てくれた。
声かけもそこそこに開かれた襖の向こうで、キノコでも生えそうな勢いでじめじめと筆を握る私に彼は一度襖を閉めた。

今度は静かーに開けて、先ほどとなにも変わらない私を確認すると、そろそろと寄ってきて隣へ座った。
頭を抱える私の前へ広げられたそれの中から、見出しを見つけ出した彼は呆れたように溜息をついて、冒頭の台詞へとつなげた。

「歌仙が呼んでたぜ。粧裕がいないとどうにもならねえって。」
「私は後で行くから、先に皆で朝ごはんにしてください…」
「いや、そういう意味じゃなくって。」

私を待っていてくれているのかと思って返した言葉をばっさりと否定された。
…これはこれで悲しい。

「じゃあ、どういう」
「昨日粧裕が持って帰ってきた刀、あったろ。」
「ああ、はい。」
「あれが、あんたの気を吸って勝手に人型へ戻ってる。」
「…いいんじゃないですか、別に。」

勝手に、と言ったって、私がここへきて私の手で呼んだのは、歌仙と小夜くらいだ。三日月は特例。
あとは、勝手に戻っていたではないか。

「いや、あの人じゃなければ俺たちも何も言わねえんだけど。」
「…?」

もごもごする獅子に、私は更に首を傾げた。

「どういう…?」
「審神者はここか!!!」
「げえ、来た!」

私が尋ねる声にかぶさって、知らない声が飛んできた。
スパン!!と派手な音を立てて開いた襖は、生憎私たちがいる隣の部屋だったようだけれど。

「…何?」
「あれだよ、粧裕を探してる。」

溜息交じりに、観念したように私たちのいる部屋の襖をあけた。

「鶴さん、こっち。」
「隣だったか!!」
「…」

やけにハツラツとしたその声の持ち主は、ひょっこりと頭を覗かせた。

「あんたか!ここの新しい審神者ってのは!」
「え、ああ…はい。お邪魔してます。」
「面白い奴だな!ここはお前の家も同じだろう?」

にこにこと笑顔を絶やさずに言う白い彼は、そのまま部屋へ足を踏み入れた

「ちょっと!」
「ぐえっ」

…瞬間、何かに引っ張られてまた廊下へ出される。
机から離れて寄って行くと、彼の後ろに背の高い眼帯の男性が立っていた。

「女の子の部屋に断りも無しに足を踏み入れるのは、だめだよ!」
「お前は本当に口煩いな…」
「何だって?」
「イエ、ナニモ。」

急に低く地を這うような声になった彼を、私は目を丸くして見上げていた。
私の視線に気が付いた彼が、今度は最初の声を取り戻してにっこりと笑顔を浮かべる。

「やあ。おはよう。」
「あ、おはよう、ございます…」
「そんなに畏まらなくてもいいのに。」

苦笑いながら、彼は私に合わせるように廊下へ片膝をついた。

「昨日は、ありがとう。」
「え、…あ、」

すっかり忘れていたけれど、そうか、刀剣たちは刀の姿でも外の事が見えてるんだった。

「とってもかっこよかった。ここへ戻れて、僕は幸せだよ。」
「そんな、大袈裟な、」
「ううん、僕ら三振揃って戻ってこられて、本当によかった。」

彼は腰から刀を抜いて私の前へ横たえると、きっちりと正座をし直した。

「僕は、燭台切光忠。伊達政宗公の元で、彼らと共にいた。」

彼ら、という言葉にそっと襖から顔を出すと、すぐ傍に壁へ背を預けて立つ褐色の肌の男性がいた。

「彼は、大倶利伽羅。分類は打刀だけれど、戦力としては申し分ないと思うよ。」
「慣れ合うつもりはない。」
「…はあ、」

ふい、と顔を背けられてしまい、生返事を返す。

「まあ、彼は常時そんな感じだから気にしないで。ちょっと分かりにくいだけで、他の刀剣たちと変わらないよ。」
「は、あ」
「ほら、鶴さん。」

燭台切様に言われて、白い彼もどかりと胡坐をかいて刀を腰から抜いた。

「俺は鶴丸国永。日々驚きを求めている。」
「驚き…?」
「ああ。驚きがなければ、心は死んでしまう。退屈は、一番の毒だ。」

にっと笑う彼に、私は何とも返せなかった。

「ああ、それから。俺は五条の出でな。三日月や三条の奴らとは少しばかり顔見知りだ。」
「五条…?」
「親戚みたいなもんだ。」

深くは分からないけれど、近しい間柄のようだ。

「昨日の君、痺れたぜ。ここ最近で一番の驚きだった。」
「…え、」

刀を取って肩へかけるように抱きなおし、彼は愉快とばかりに笑った。

「最初見た時は、いつびびって逃げ出すかと思っていたが。まさか啖呵を切り返して、あまつさえ相手を殴り飛ばすとは。」
「…」
「……粧裕、まさか。」
「…」

横目で見てくる獅子の視線から逃げるようにそっと私も視線を泳がす。

「こら、朝食が冷めるだろう。」
「あ、歌仙。」
「おはようございます。」

廊下で話し込む私たちを、痺れを切らした歌仙がわざわざ迎えに来てくれたようだ。

「まったく、呼びにいった獅子王まで一緒になって何をしてるんだい。」
「へへ、悪い。」
「ほら、さっさと行くよ。いつまで経っても片付かないだろう。」

厨の方へ踵を返した歌仙にならって、私たちも腰をあげた。

「…ああ、それから。」

数歩行った所で急に足を止めた歌仙が、ゆるりと私を振り返る。

「さっきの話は、朝食のあとじっくり伺おうか。」

思わず逃げるように、隣にいた獅子の服の裾を掴むも、「わるい」と一言かけられただけだった。

―――――――――――――――――――――

「まったく、君はどうしてそう厄介事に首を突っ込んでいくんだ。」
「…すみません。」
「確かに、あの三振を連れ戻してくれたのは感謝するが、それで君に万が一の事があったら僕らは人型を保つどころか、また薄汚れた本丸内で長い間放置される事になるんだぞ。」
「…すみません。」
「…きちんと聞いているかい?本当に分かっているのか。」
「…わかってます、すみません。」

朝食を終えた直後、私は歌仙に引きずられて部屋へと戻された。
また始末書の前へと帰ってきて、筆を執る。
今度は、歌仙のお小言と共に。

「…あの、私は一人でもちゃんと仕事できますから…その、戻っても大丈夫ですよ。朝の片付けもあるだろうし、」
「厄介払いしようとしても無駄だよ。燭台切が戻ってきたからね。彼に残りは任せてきた。」
「そんなぁ…」
「情けない声を出すんじゃない。」

がっくりと肩を落として、渋々また机へ向き直る。
思いつく限りは尽くしたのに、紙はまだ大分余白がある。
これ以上何を書けというのか。もっと字を大きく書けばよかった。

「まあまあ、歌仙くん。その辺にしておいてあげなよ。」

空気の入れ替えにと開けたままだった襖の向こうから、燭台切様の声がした。
ふたりでそちらを見遣ると、困ったように笑う彼がいた。

「失礼するよ。」
「ええ、どうぞ。」

律儀に断ってから入ってきて、机の邪魔にならないところへ湯呑をひとつ置いた。

「ありがとうございます。」
「あまり考えすぎると逆に煮詰まるよ。息抜きも時には必要さ。」
「まったく、君は昔から甘いんだ。」

歌仙の溜息に、燭台切様は笑顔を返した。

「歌仙くんのお小言も変わらないね。」
「毎回小言を言わなくちゃならない相手がいるだけだ。」

後を頼む、と残して、歌仙は部屋を出ていった。
彼の気配がなくなって、ようやく張っていた気が途切れる。
無意識に肺にためていた息を深く長く吐ききると、くすくすと笑われた。

「歌仙くんは、世話焼きだろう?」
「ええ。」

あっさりと肯定すると、彼は更におかしそうに笑った。

「まあ僕が今ここにいるのも、若干彼のお節介もあるんだけれどね。」
「…?」

どういう事だろうか。
よく意味がわからない。

「僕は、燭台切光忠。」

にっこり言う彼に、ああ、と向き直る。

「粧裕といいます。すみません、先ほど名乗れずに失礼を」
「いや、そんなことは別にいいんだ。」

笑みを絶やさない彼に、疑問符が飛ぶ。
…なんなのだろう。

「粧裕」
「…?」
「そう、呼んでもいいかな。」

尋ねられ、私は躊躇なく首を縦に振った。

「どうぞ。他の方もそう呼びますから。」
「ありがとう。なら、僕の事も光忠、って呼んでくれると嬉しいな。」

ああ、これの事か。
私がいつも礼儀だなんだと言われるまではずっと敬称を付けて呼ぶから。

「貴方が、それでもいいならば。」
「大歓迎だよ。」

彼は同じように笑顔でそういった。

―――――――――――――――――――――――――――



僕をここへ連れ戻してくれたのは、か弱い女の子だった。
政宗公のような力もない、権力もない、所持する刀も十に満たない、そんな。

鶴さんはいたく彼女を気に入ったようだった。
最初にあの男の手の中から彼女を見た時は「なんだ、女か」なんて呟いていたのに
啖呵を切り返してある意味百点満点の勝利を収めた彼女に、鶴さんの大好きな驚きと共に虜にされてしまったようだ。

倶利伽羅は単純に彼女との距離を測りかねているようだった。
どこまでなら近づいても大丈夫なのか、どこまで彼女を自分のテリトリーへ入れても平気なのか。
彼は彼なりに必死に探しているらしい。

当の僕は、なんとも言えなかった。
興味があるわけでもなく、別段嫌な気持ちを持っているわけでもなかった。
確かに、あの啖呵には驚いたし思わず笑ってもしまったけれど、まあその程度。
感謝はしているけれど、他には感情らしいものは見当たらない。

どんな子なのだろう。
これからは一緒に生活していく相手だ。
少しでも知ってみようと、朝出会った皆に聞いてみた。

「はたけしごとのにがてなひとです。」
「よくはわからんが、俺は嫌いではないぞ。」

と、三条のふたり。

「恩人、かなあ。」
「俺をこちら側へ引き戻した張本人だ。」

と、獅子王くんと、三日月さん。

「私と小夜の間を取り持ってくださった方です。」
「読めない相手ではありますが、我儘は聞いてくださいますよ。」
「…生粋のお人よしだよ。」
「小夜に同意だな。」

と、左文字兄弟に長谷部くん。

…そして

「粧裕の事かい?」
「うん。」

一番聞きたかった相手の隣で、僕は出汁巻を作っていた。

「そうだな…。確かに、小夜や長谷部が言うように、お人よしかもしれないね。」
「なら君はどうして、彼女に付こうと思ったの?」

歌仙くんが、洗い物をしながら首を傾げた。

「どういう事だい?」
「鶴さんじゃなかったけど、驚きだったよ。君が、まさか初期刀として彼女の隣にいるなんて。」
「…」
「今までにここへ来た審神者たちにアンケートを取ったら、まず間違いなく君は『扱いにくい刀ランキング』上位へ食い込んでくると思うけどな。」
「別に、今までの奴らが気に食わなかっただけさ。」
「…ふーん。」

変なの、とは思ったけれどそれ以上は追及しなかった。
でも、うんうんと考え続ける僕に、彼は溜息まじりに彼女の所へ行くことを勧めたのだ。







「…なるほどなあ。」

彼女にお茶を渡して、邪魔にならないようにと要件だけは話し終えて早々に部屋を出る。
小さく音をたててしっかり閉まった襖を確認して、また少し笑ってしまった。

歌仙くんのいう事も鶴さんが彼女を気に入る理由も、なんとなくわかった。

「完全に、感情論だけれど…」
「どうしたんです?しょくだいきり。」
「ん?いや、何でもないよ。」

たまたま通りかかった今剣くんを連れて、厨の所の部屋へ戻る。


僕の中での現時点の結論は出た。

彼女の傍は、異常に居心地が良すぎる。


  
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