紫の彼と妖


左文字兄弟を顕現し、数日が経った。
彼らも共に生活をするようになって、部屋もいくつか掃除し直した。
それでも全部で四つもあれば事足りていて、左文字兄弟で一部屋、三日月様と獅子様で一部屋、今剣と岩融で一部屋、一番厨に近い部屋を私と歌仙で使っている。

「どうして、ぼくといっしょではないのですかあぁあああああ」
「俺も、粧裕と夜を共にしてみたいなぁ。」
「じっちゃん、言い方アウトだからなそれ。」
「はいはい、朝ごはんできましたよー。」
「…雅じゃない。」

数が増えて賑やかになった食事の席。
今剣のこの言葉も、この部屋割りになってからずっと続く挨拶のようなものだった。
最近は三日月様たちも乗ってくるようになって少し困っている。

「今剣、お手伝いお願いできますか?」
「はあい。」

渋々、といったように立ち上がる今剣。
でも毎回しっかりこうやって手伝いに来てくれるので嬉しい反面少し笑えてしまう。

「では、これを」
「はい。」

大皿を彼に頼んで、私も五つ椀の乗った盆を用意する。
十足らずの所帯になったので、一度では厨から運びきれなくなった。
草履を脱いで部屋へ上がろうとすると、目の前に小さな手が差し出された。

「?」
「…貸して。持っていくから。」

ぽつりとこぼされた言葉に、思わず一瞬閉口してしまう。
驚いて何も返さない私に、彼はどんどん居心地悪そうに伸ばしていた手を緩めた。

「あ、ご、ごめんなさい。お願いしますね。」
「ん。」

彼へ盆を手渡すと、ぱたぱたと足早に今剣を追った。
ぴょこぴょこと跳ねる後ろ髪がかわいい。

「…」
「随分となつかれているようだね。」
「そう、なんでしょうか。」

土間の所へ腰を下ろしたままでいる私に、歌仙が次の盆を持ってやってきた。

「いい事じゃないか。今剣も短刀仲間が出来たし、江雪の表情も緩い。」
「やわらかい、と言ってほしいですね。」

後ろからやってきた江雪様の手に、歌仙の持っていた盆が移る。

「確かに、そういう言い方もあるね。」
「…昔より、今の方が居心地がいいのは確かです。」

三人で部屋の中へ視線を移す。
小夜様と今剣が仲良く朝食の用意をしてくれて。
それを獅子様がまた手伝い、岩融と三日月様は楽しそうにそれを見ている。

「……」
「どうしました?」
「いえ、何でも。ご飯にしましょうか。」

残りの皿を歌仙と持って上がる。
途中で今剣にそれをリレーして、縁側へ足を向けた。

「宗三様、朝食にしましょう。」
「…ええ。」

一拍置いてから返事をして、ゆるりと腰をあげた。
彼はあの日から、外をぼんやり眺めている事が多かった。

「…紫の、彼のことですか?」
「、」

尋ねると、宗三様は私を緩慢に見下ろした。

「……長谷部は、ここでは大抵僕と小夜といました。僕らがここへいる間、あれはどこかでひとり時を過ごしているのでしょうか。」

そっとまた、空を見上げる。

「小夜と兄さんの事は、僕が頼んで貴女に力を貸してもらいました。貴女は僕らをここへ招き入れ、こうやって一緒に生活をするようになった。」
「はい。」
「…長谷部は、共に連れてくるつもりでした。でも、あれからどれだけ探しても、見つけることはできません。」

憂いを帯びた視線はいつもの事だが、いつもよりほんの少しだけ垂れた眉に彼の心が乗っているようだった。

「いいのではないですか。」
「え…?」

私の言葉に、ぱっとこちらへ顔を向ける。

「小夜様の時は、兄上の所在を貴方は知っていた。今度は貴方が追う番です。」
「…」
「私も、彼の事は気にかかっていました。存在を知ってしまった以上、捨て置くことはできません。」

彼に向き直って、そっと微笑みを返した。

「地道に探しましょう。必ず見つかりますよ。」
「粧裕…」
「ね。…さ、ごはんにしましょう。冷めてしまいます。」

きゅっとほんの少しだけ口を結び直してから、一緒に皆の待つ部屋へ戻った。

―――――――――――――――――――

今日は分かれてそれぞれ仕事をすることになった。

歌仙、小夜様、江雪様は畑へ出ることに。
三日月様、今剣と岩融は本丸内を端から順に掃除へ回る。
獅子様は朝食の片付けをしてから庭の手入れへ向かうと言っていた。

私と宗三様は、初日に私たちが出会ったあの縁側へやってきていた。

「…」
「追えそうですか?」
「僕はあまり気配を追うのは得意ではなくて。…それこそ、あれは長けていたのですけれどね。」

私が最後に会ったのは、ここだった。
そこから宗三様について心当たりを回ってみたけれど、一向にそれらしい影は見当たらない。

「僕の記憶の最後は、ここです。」
「そうですか…」

結局、どこもはずれのまま終わってしまい、二人で考え込む。

「どこへ行ってしまったんでしょうか。」
「…もしかしたら、避けられているのかもしれませんね。」
「僕らが、ですか?」
「はい。」

彼を見上げて、私の推理を述べる。

「宗三様の言うように、彼が気配を読むことに長けているのならば私たちが近づいたのが分かったら移動することもできるでしょう。」
「…確かに、そうですが。」
「それに、小夜様から彼の機動力は随一だと伺っています。ならば、尚更かと。」
「しかし、もしそうならば僕らに長谷部を見つけることは不可能だという事になります。」
「そうですね。」

あっけらかんと返すと、彼がぐっと眉を寄せた。

「…長谷部を、諦めるということですか。」
「そんなはずないでしょう。こうやって探すのは、ここでおしまいにしましょうという事です。」

首を傾げる宗三様に、私は皇を呼んだ。
しゅるりと袂から出て来て首へ巻きついた皇の頭を撫でながら、私は言った。

「皇、貴方なら追えるでしょう。」

きゅう、と小さく鳴いて首から離れ、私たちの足元でぼふりと煙を焚いた。

「な、んですこれは。」
「私の親友です。」

訝し気に煙を凝視する宗三様に軽く返して、私は踵を返した。

「ちょ、どこへ行くんです。」
「皇が探しに行きました。あれは使い魔に近いので、気配も読み取られにくい。場所を特定したら戻ってくるようには伝えてあります。それまでは、私たちも他の皆と一緒に別の作業へ入りましょう。」

宗三様は少し腑に落ちない表情をしながらも、私に続いた。

――――――――――――――――

結局、皇が帰ってきたのは夜も更けてからだった。
私の他は皆既に夢の中で、縁側で風にあたっていた私の所へ、皇は現れた。

「おかえり。どうだった?」

疲弊しきった様子の皇から、彼の居場所を聞く。

「…わかった。ありがとう、もうお休み。」

するりと首元を撫でてやると私の袂へ戻って行き、丸くなってすぐに寝息を立て始めた。

「……さて。」

皇が落ちないように気をつけながら、私は腰をあげた。


――――――――――――――――――

その日は、満月だった。
やけに明るい月の光を見上げながら、俺は小さく息をついた。

「逃げないんですね。」
「随分な言い方だな。俺は別に逃げていたわけじゃない。」

背後からかけられた声に、別段驚くでもなくそのまま空を見上げた。

「私が避けられていたのかと思っていましたが、違ったようですね。」
「何が言いたい。」
「貴方が出会わないようにしていたのは、宗三様だったんですね。」

彼女の言葉に、やっと俺は目を向けた。

「一度お前と、きちんと話をしてみたかった。だから、それがここへ来た時も追い返したり、場所を移したりもしなかった。」

彼女の懐を指さして言うと、相手はゆるく笑ってこちらへ近づいてきた。

「ええ。それも、この子から聞いています。とても優しい手つきで撫でてくださった、と。」
「…」
「横、よろしいですか。」

俺がなにも言わず俺がまた目を空へ戻すと、そいつはちょうど人ひとり分あけて腰を下ろした。

「満月ですね。」
「ここはいい。誰も上がってこないし、邪魔するものが何もない。」

この大きな広い本丸の中でも、俺はこの屋根瓦の上が一等好きだ。
木や他の刀剣たちに邪魔されることもなく、ぼーっと空を見上げる事が出来る。

「どうして、宗三様を避けたりしてるんです?」
「あいつには、兄が戻ってきた。心のよりどころは、そこでいい。」
「貴方では、なく?」
「俺はただ昔の縁があって共にいただけだ。甘える相手がいるなら、そっちの方がいい。」

そっと月から、また彼女へ視線を動かす。

「お前は何故、ここへ来た。」
「さあ。私も連行された身なので、何とも。でも、ここ以外に行く当てもないので置いていただいている状態です。」
「…難攻不落だった江雪を、呼び戻したな。どうしてだ。」
「兄、という生き物に少し興味が湧いたからです。」

間髪入れずに返ってくる言葉は、彼女の本心なのだろう。
飾る気も、偽る気もないようだった。

「では、何故俺の所へ来た。俺は兄でもなければ、兄弟もいないぞ。」
「宗三様が、貴方をとても気にかけていらしたからです。」

かちり、彼女と視線が交わる。

「私たちと、共にいる時間は窮屈ですか?」
「…どういうことだ。」
「宗三様たちと一緒に、ここで暮らしてみませんか、ということです。」
「…」
「案外楽しいかもしれませんよ、多少賑やかでどたばたしている気もありますけど。」

小さく笑った彼女に、気圧されそうだった。

「昔は、そうだったんでしょう?」
「何の事だ。」
「貴方を叩き落とした時、ほんの少し、覗けてしまったんです。貴方が大切にしている思い出が。」

ぴく、と反射的に体が反応する。

「ここには沢山の刀がいるんですね。仲良く、楽しく過ごしていた時間もあった。」
「…」
「私は、ここを貴方の思い出の場所へ戻したい。」

彼女はそっと懐を撫で、小さな変わった狐が入っているであろうそこを優しく見下ろした。

「大切な場所を汚される事は、とてもつらいことです。我慢ならない事。」
「……」
「でも、そこを彩っていた者たちが皆無事なのならば、元へ戻すことだって可能です。」

自分よりもずっと下に見える本丸の庭へ視線を動かす。
記憶の奥底では、そこはもっと色濃い美しい場所だった。
沈黙を守る俺に、彼女はつづけた。

「畑はしっかり耕すと、小夜様や今剣が言っていました。私は残念ながら、若干出禁を食らってしまったのですけれど。」
「…」
「厨は今は歌仙が切り盛りしています。燭台切、だったかな。彼がいればもっと楽なのにと愚痴っていましたが。本丸の方は岩融や三日月様が頑張って掃除してくださっています。庭も、獅子様が元の美しかった情景を取り戻してみせると。」
「…あの爺さん、働けたのか。」
「よく手伝ってくださいますよ。」

また、空を見上げた。

「俺は、お前を主と呼ぶつもりはない。」
「ええ。」
「…俺が大切にしているその思い出は、その時の主が築き上げたものだ。あの人と、俺たちで。」

ああ、あの方と見上げた最後の空も、こんなきれいな満月だった。

「あの方は、主は何も言わずに急に忽然と姿を消した。ご自分の意思でここを出て行ったのか、そうでないのか、今生きておられるのかすら分からない。」
「…」
「ここへ霊力を持ったものがやってくる度に、あの方が戻ってこられたのではないかと期待した。だが、毎回すぐに分かった。主ではないと。」

彼女の視線が、俺に移されるのがわかった。

「期待した分だけ、失望した。毎回、心がかき乱される。いつになったら、あの方は戻ってきてくださるのか。俺はただただ主が戻ってこられるのを只管に待った。」
「…」
「だが、待つ間やってくる別の審神者どもに、俺の大切な場所は踏みにじられた。仲間たちは悪戯に扱われ、消えていくものもいた。」
「…はい。」
「どんどん廃れていくこの本丸に、俺は何より失望した。…そして、ある時気付いてしまった。もう、あの人は戻ってこない。」

目を伏せると、何かが手にすり寄ってくる気配がした。
見ると、つい先ほど俺のところへやってきたあの狐が俺の指へ管を巻いていた。

「お前、」
「あら、起きたのね。」

別段驚いた風もなく、たださせたいようにさせている。
甘えるようにすり寄るそれを、同じようにゆるりと撫ぜてやった。

「その子が自分から誰かへ寄って行くのはとても珍しいことなんですよ。」
「…」
「貴方の事を、随分と気に入っているのですね。」

ふふ、と小さく笑った後、彼女はやさしく俺へ笑みを向けた。

「私は、その主様の代わりにはなれません。その方のように、皆に慕われるような生き方はしていませんから。」
「……」
「思い出は、永遠にその人のものです。他の誰かに渡ったり、虐げられるような事はない。」

ぶわ、と少し強く吹いた風が、髪を大きく揺らした。

「思い出は、浸るものです。でも、積み重ねていくものでもある。」
「積み重ねる…?」
「昔の思い出があるから、今を積んで、それがまた過去の思い出になる。」
「…」
「そうやって、ひとは大切なものを選別して生きていくんです。」

指に絡みついていた狐が、納まり良い所を見つけたのか俺の手で目を閉じた。

「思い出を捨てろとは言いません。それは、貴方を作る大切なものだから。」
「…」
「でも、『あの時は幸せだった。でも、今も幸せだ。』って思える方が、楽しいとおもいませんか?」
「……あんたは、」

弱弱しい俺の声に、彼女はまた小さく微笑みを浮かべた。

「粧裕、と。ここの皆は呼んでいます。」

―――――――――――――――――――――


「…どこに行ったのかと思えば、今度はこんなところにいたのか。」
「おはようございます、歌仙。」

げんなりした表情で私が使ったはしごを上ってきた歌仙が、また深い溜息をついた。

「迷子もここまでくると、予測もできないな。この子が教えてくれなければ見つけられなかった。」
「すみません。」

あの後、そのまま昔話を聞きながら一夜を屋根の上で過ごしてしまった。
途中で眠ってしまった彼には私の羽織をかけて、何かあっては困るので隣で空をずっと見上げていた。
朝日と共に目を覚ました皇が、彼の腕からすり抜けて屋根を降りていったのは知っていたけれど、まさか歌仙のところにいるなんて。

「皇は、本当に歌仙が好きね。」
「とても助かっているよ。主に君を探すのにね。」

呆れたように近寄ってきた歌仙が、私の隣を見て目を丸くした。

「…触れられるのは、嫌なんじゃなかったのかい?」
「直接じゃなければいいかなって。歌仙が言ったんですよ、『少しくらいいいだろう』って。」

私が笑うと、彼は苦笑いに溜息を乗せて踵を返した。

「朝食をもうひとり分作り直そう。彼が起きたら一緒に戻っておいで。」
「はい。」
「皇、先に行こう。粧裕の分はその時作り直すから、君にあげるよ。」

皇は嬉しそうに歌仙の首へすり寄って、一緒に下へ降りていった。

「んん、」

眩しい朝日が当たって顔を顰める彼に、ふっと思わず笑みがこぼれる。
黒い内着に覆われた私の手へほんの少しだけ擦り寄るようにして眠る彼は、まだもう少し起きるまで時間がかかるだろう。


今日も、天気はよさそうだ。
下で聞こえる今剣と岩融の声に耳を欹てて、私は目を閉じた。


  
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