みんなと風呂掃除とお説教


「粧裕から、はなれなさい!みかづき!!」
「はっはっは、よいではないか、兄様。」
「ッこういうときだけそうよぶのは、ずるいですよ!」

三日月様と獅子様を連れて、厨隣の部屋へ戻った。
三日月様の件は知っていた三振りは、彼を見た途端目を見開いた。
歌仙は鍋を取り落としたし、岩融は昼寝していた体勢を崩して縁側から転げ落ちた。
今剣は岩融を思い切り抓った後、痛いと返されたと思ったらぶわりと涙を浮かべた。

聞く所によると、三日月様の封印は今剣の事もあっての事案だったようなので、獅子様ほどではないにしろ、気に病んでいたのだろう。

何となく聞いていると、今剣と岩融、三日月様は同じ“刀派”なのだという。
左文字である小夜様と宗三様、江雪様と同じく“兄弟”であるのだと。

「まあ、あまり三条は他の刀派たちと違って兄弟、という風ではないけれどね。」
「そうなのですか。」
「ぼくが、いちばんおにいさんなんですよ!」

涙をぼたぼたとこぼしたまま笑顔で言う今剣に、私も笑顔を返した。

―――のが、ほんの半刻ほど前の話だ。

「みーかーづーきーぃ!!」
「はっはっは、痛いぞ兄様。」
「また―――!!!」

どうやら、三日月様には、言葉が正しいかどうかは置いておいて“懐かれて”しまったらしい。
そう岩融が言っていた。

縁側に座る私の隣を今剣と三日月様が取り合っている。
反対側には、歌仙と岩融がそれぞれ座っているのでどうにもならない。

「どれ今剣、俺の膝へ乗せてやる。それで我慢せんか。」
「いやです!いわとおしは、かせんをはさんでいるので粧裕のとなりではありません!」

間髪入れずに拒否されてしまった彼は少しだけ残念そうにしていたけれど、すぐに閃いたとばかりに笑顔を取り戻した。

「なら、その粧裕の膝へ乗せてもらえ。それならいいだろう、特等席だ。」

岩融の言葉に、体が強張った。
私もダメだ、と言わなければ。
そう思ったけれど、今剣の方が早かった。

「粧裕!のせてください!」

ぴょこ、と私の後ろへ立っていた今剣が歌仙を押しのけて私の膝へ乗ろうとやってくる。
不機嫌そうな声で窘める歌仙の声で、慌てて私は立ち上がった。

「、粧裕?」
「どうした?」

不思議そうにする彼らに、私は少しだけ合間を開けてから歌仙を呼んだ。

「こんのすけが、食材についてはどうにかすると言っていました。本丸の門の所へ届けるからと。見に行くので、一緒にお願いしてもいいですか?」
「あ、ああ。」

腑に落ちないといった風に返事を返した歌仙と共に、私は門へと歩き出した。

―――――――――――――――――

いくらか歩いたところで、歌仙が口をひらいた。

「どうして、あんなに露骨に今剣を避けたんだ。」
「避けてなど。」
「嘘は、必要ない。」

返答を求めている言葉なのに、疑問符がない。

「君の動揺が、そのまま伝わってくるようだったよ。何をそんなに怯えているんだ。」
「怯えてなどいません。」
「なら、今剣の事が嫌いなのか。」
「いえ。」

嫌うもなにも、出会ってまだ一日だ。
好きも嫌いも、まだまだこれからだろう。

「…君は、僕らに触れられる事を自棄に嫌うね。どうしてだい。」
「そんなことありません。」
「最初に僕を呼んだ時も、刀に触れることをためらっていただろう。」
「…」
「君の着物も、極力露出をしない風にできている。内着も首から指先までしっかり覆っているし、袴に腰布まで巻いて何をそんなに拒絶しているんだ。」

歌仙の問いには答えず、ただ門を目指す。

「なんとか言ったらどうなんだい。」
「万が一そうだとしても、何の問題が?」

くるりと振り返って歌仙の前へ立ち塞がる。

「触れられなければ、共にいる事はできないんですか。」
「そうではないけれど、一緒に居る時間が増えれば触れ合う機会も増えるだろう。ましてや今剣のような短刀たちは、守り刀、懐刀として持たれていた物も多い。持ち主の傍を好むだろう。」
「だからなんだというんです。」
「…君のその対応が、刀剣たちの不安や不穏に思う心を煽る事になると言っているんだ。」

私を見下ろして強く言い放つ彼に、私は眉を寄せた。

「別に、触れ合わなくても困りません。」
「だから、」
「少なくとも!!」

歌仙の言葉を遮るように声を荒げた。
思惑通り口を閉ざした彼に、一度深呼吸をしてから努めて静かな声で言った。

「…少なくとも、今まで私は困ったことはありません。」

自分の言葉が、さっき言われた事を肯定していることは分かっていた。
でも、これで何も言われなくなるならそれでよかった。

「……どういう事だい。」
「別に。皇、おいで。」

歌仙に預けたままだった皇を呼ぶと、歌仙の懐からするりと抜け出して私の首元へおさまった。
何も言わずにまた歩みを進めると、視界の端で皇が困ったように歌仙に頭を下げるのが見えた。

―――――――――――――――――――――――


確かに届いていた荷物を持って、元いた部屋へ戻った。
岩融や三日月様、獅子様は別段変わりなかったけれど、今剣がやはり困ったようにもごもごとしている。
悪いことをした、と流石に思う。

「(私が、こうでなければ…触れることも、膝へ乗せてあげることだってできるのに。)」

ぎゅ、と持っていた籠を強く抱いてから今剣の足元へしゃがみこんだ。

「粧裕、」
「沢山お野菜が届きました。今日の夕飯は何にしましょうか。」
「っ」
「今剣は、何が食べたいですか?」

にこり、と笑顔を返すと安心したように笑い返してくれた。

「ぼく、なべがいいです!」
「あら、鍋ですか。」
「せっかくみかづきや、ししおうもふえたんですから!なべにしましょう、ね、かせん!」
「ああ、構わないよ。」
「やったー!」

ぴょこぴょこと跳ねる今剣を一瞥してから、ん?と獅子様を見遣る。

「…俺、獅子王ってんだ。よろしく。」
「……粧裕です。」

今更な自己紹介を終えてから、皆仲良く夕餉の用意に取り掛かった。

――――――――――――――――

歌仙と三日月様が夕飯の準備をしている間に、風呂を沸かしに行こうという話になった。

「…でも、それって風呂を掃除する所から始めないといけないんじゃあ」
「そうですね!」
「…」
「まあ、いつまでもこのままってわけにはいかないだろう。今日は畑にも行ったし。」
「……ソウデスネ。」

仕方なく三振りを連れて、風呂へ赴く。
歌仙にしっかり教わったので、道は完璧だ。

がらりと扉を開けると、明らかに長期間使われていません、と主張する風呂場。
脱衣所も埃が酷いし、風呂の中もひどくかび臭い。

不思議なことに、風呂場には蛇口もあって見目は純和風な檜風呂だけれど仕様は人間界のそれと変わらないようだった。

「…なんで、厨は釜戸だったのに?」
「さあ。」
「こちらのほうがつかいがってがよくて、いいではないですか!」
「まあ、そうなんですけど。」

いそいそと甲冑やらなんやらを解いて裾を捲って入っていく彼らに、溜息が出る。
…羽衣狐は、水はあまり得意ではないけれど、行かないわけには。
私はブーツをはいたまま、適当に襷掛けだけして後を追った。

綺麗な水が出るまで、蛇口は開けたままにしておいて風呂掃除用であろうブラシを取り出す。
俗に言うデッキブラシを持ち出して、一人一本いきわたるように手渡した。

「洗剤とかは、ないんでしょうか。」
「これでいいんじゃないですか?」
「……粉。」

まあ、いいか。とそれを受け取ろうとしたけれど、取り損ねてカラン、と音を立ててそれは床に転がった。
勿論、中身もド派手にぶちまけてしまった。

「あー。」
「だいじょうぶですよ!どうせつかうんですから!」
「おう。」

がしゃがしゃとそこから伸ばすように広げて、床をそれぞれ擦っていく。
流石元は大所帯だっただけあって、無駄に風呂が広い。
四人でがしがしと掃除を進めていくけれど、まあ、続けていれば飽きてもくるわけで。

「つかれましたー」
「もう少し頑張らんか、今剣。」
「だってーぇ。」
「いまつる!」

駄々をこね始めてた今剣に、獅子王様が声をかけた。
なんですかー、と気の抜けそうな声で振り返った今剣にむかって、ブラシで何かを打った。
反射的に立ち上がってそれを同じようにブラシで受け止めた今剣と共に見遣ると、どうやら固形石鹸のようで。
ずっと置いておかれたので綺麗とは言えないけれど、多分、そうなのだろう。
ぶわぶわと泡が覆う床を凄いスピードで飛んできたそれに、今剣は途端に表情を輝かせた。

まずい。

「わ――――い!!」
「こ、こら今剣!」
「いわとおし!」
「ん、おう!」

よくわかっていない様子の岩融も、飛んできたそれを条件反射で打ち返した。
カン、と小気味良い音を立てながら右へ左へ行き来するそれを避けながら、掃除を進めていく。

「もー、あんまりやっていると怪我しますよー。」
「それっ」
「あまいぜ!!」
「んん?何か当たったか?」
「ああ、もう…」

湯船の方を見に行くと、湯はもう既に透明なものになっていて。
ひとまずそこを止めて、すぐ横につながっているホースに通じるコックを捻った。

「だっはっは!俺に勝てると思ったら大間違ッブ!!」
「いわとおし!」
「そろそろお止めなさい。流しますよ!」
「あっはっは!!!」
「いわとおし、べしょべしょです!」
「ほらほら、今剣も獅子様も!」

ばしゃばしゃと床を流しながら歩いていると、急に影が出来た。

「え、ブッ!!!」
「粧裕!!」

振り返って、見上げたのがいけなかった。
先ほど私が濡らした仕返しとばかりに、いっぱいに湯を張った桶を私の頭上でひっくり返した。
顔面から直撃した私は、頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れだ。

「…」
「やられっぱなしでは、格好もつかんのでな。」
「ッも――――!!」

ぐしゃりと乱暴に髪をかきあげて、手に持っていたホースを岩融にむける。
巨体に似合わず軽やかな足取りで湯を避けた岩融の肩へ、今剣が乗っかる。

「ぼくらにかとうなんて、ひゃくまんねんはやいですよ、粧裕!」
「負けるか!!」
「加勢するぜ!!」

結果的に今剣・岩融vs私・獅子様の戦線が確立されてしまった。

――――――――――――――――

「何を、している。」
「あなや。」

様子を見に来た歌仙と三日月様が、扉を開けて絶句した。
ややあって歌仙に投げつけられた言葉は、低くうなるようだった。

幸い掃除はあらかた終わって、あとは流して軽くこすって終了だった。
デッキブラシも出してやり合いをしていたもんだから、お蔭で掃除はきれいさっぱり終了していた。
どうやったらそうなるのかと言われそうなほど、どこもかしこも水浸しだっただけで。
私たちも含めて。

歌仙に引っ張り出された私たちは、脱衣所で服を絞った。
どこからか引っ張り出してきた着流しに彼らが着替えている隣で私も長い髪をぎゅっと絞って水気を取る。

三日月様が他三振りにタオルを渡して、獅子様を拭いてあげている。
岩融と今剣は互いに頭を拭き合っており、ほほえましい限りだ。

「粧裕。」
「え、わっ」

呼ばれて振り返ると、バスタオルを頭からかぶせられて乱暴にがしがしと拭かれた。

「ちょ、か、歌仙…!」
「少しくらい構わないだろう。」

慌てて拒むように暴れるけれど、ぐっと抱き込まれるようにして懐へ入れられて。
暴れられないようにやんわりと抱き込まれたまま髪を今度は優しく拭われた。

力では、到底かなわない。
素肌で触れるわけではないし、彼がいいならまあ、いいか。と諦めることにした。
あんなに嫌がっていたのに、自分でも不思議だった。

目の前には、歌仙の蒼い着物が映る。
彼もどちらかと言えば厚着な方なので、黙ってしたいようにさせておく。
こつり、と額を彼の胸元へ預けると、一瞬手が止まったけれどすぐにまた手が動き出す。

ややあってから、ばさりと今度は着流しをかぶせられた。

「僕のもので悪いけれど、今のままよりはマシだろう。洗うから、さっさと着替えてくれ。」

彼の髪と似た、淡い藤色の着流し。
受け取って唖然としていると、夕飯の支度が出来たから早くくるんだよ、と言い残してから他の四振りを連れて出ていった。

「…やっぱ、着替えなくちゃだめか。」


できれば、露出は控えたい。
でも、びちゃびちゃのまま出ていくわけにもいかない。

選択肢は、一つだった。

仕方なく渡されたそれに着替えて自分の着物を固く絞った。
置いていかれた籠に服を詰め込んで、厨へ向かって歩き出す。
裾が擦るので、めいっぱいにおはしょりを作ったけど、それでも若干長い。

動きづらいな、と思いながらも。
さっき抱き込まれた時に匂ったのと同じ香のかおりに少しだけ目を伏せた。


  
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