黄色い獅子と妖と月


明らかに向けられた敵意に、ゆっくりと振り返ると蒲公英のような明るい黄色の髪をした少年が立っていた。
装束は汚れていて綺麗とは言えないけれど、それよりも彼の手にある物に先に目が行った。

「…貴方が、ここの世話をしているんですね。」
「ああ、そうだ。ここへ余所者が無暗に近づくな。」

チャキ、と金属の擦れる音がした。
彼の方を見るけれど、両手がふさがっていて刀が抜けるような状態じゃない。
右側にいる今剣の前を、腕で塞ぐ。

「、粧裕」
「刀は、敵に向けるものです。」
「…」
「私に向ける事はあれど、ここにいる刀剣同士で刀を抜くことは許しませんよ。」
「…はい。」

刀身を戻した今剣に緩く笑みを返して、私は黄色の彼に向き直った。

「荒らすつもりはないのです。少し、前を通った際に目についたので覗き込んだだけで。気分を害したならば、謝ります。」
「……」
「ですが、どうして刀剣である貴方が庭の手入れを?しかも、ここだけ。」

尋ねるも、彼は私から視線をはがして植え込みの際へ持っていた鋏やら桶、手酌を置いた。
困ったな、とそれをじっと見つめていると後ろからぽつりとつぶやくように今剣が言った。

「…だれもめでなくなった、すてられたにわをずっとたいせつにして、なんになるというんです。」

意味を尋ねようとしたけれど、それより先に言葉が届いてしまったらしい黄色の彼が立ちあがると同時に腰の刀をぬいた。
太刀にしては小ぶりだけれど、他の刀剣のように刃こぼれや廃れは見えない。
切っ先は私を通して、背の向こう側にいる今剣に向けられている。

「庭をどうしようが、俺の勝手だろう。」
「あなた、べつだんしぜんがすきだったというわけでもないでしょう。」
「…」

ふう、と小さくつかれた溜息の後。
今剣は声を鋭くして言った。

「ここをいくらたいせつにしたところで、“あれ”はかえってきませんよ。」
「ッ!!」

激しく空を切る音と共に彼の刀が振り上げられ、私へむけて振り下ろされた。
背後で刃が擦れる音がしたので、慌てて腰に差してあった皇で柄を押し返して鞘へ戻す。
途端に焦ったように今剣が息をのんだけれど、黄色の彼の刃は私へ当たる前に別の刀とぶつかった。

「そこ、どけよ。」
「僕らが退いたら、君の太刀が彼女の首を落とすだろう。」
「今剣にも、被害が及ぶ。」

遅くなった私と今剣を探しに来たらしい歌仙と岩融が、彼に立ちはだかる。
歌仙は少しだけ刃を抜いて受け止め、岩融は本体がまだ修理中なのでブーツで刃先を押し返していた。

「歌仙。」
「抜かなければ、僕の鞘がダメになる。抜ききっていないのだから、目を瞑ってほしいね。」
「…」

チン、と歌仙と黄色の彼が持つ刀が鞘に戻る音がした。
視線を彼へ向けるも、顔を顰められた。

「知らない気配が紛れ込んでるとは思っていたけど…アンタだったんだな。」
「ええ。」
「何の用でここへ来たのか知らないが…あまり深入りしない方がいい。」
「深入り…?」

私が首を傾げて鸚鵡返しに尋ねると、彼は私を見て、歌仙らを見た。

「俺にも、そいつらにも、な。」
「…」
「あんたらもだ。得体の知れないぽっと出の奴に情を移すのはどうかと思うがな。」

ぽっと出。
確かにそう、か。
どこか納得してしまった私に代わって、また今剣が口を開いた。

「じぶんが、おなじきょうぐうをあじわったからですか。」
「今剣。」

岩融が咎めるように名を呼んだことで、今剣はそれ以上は何も言わなかった。
黄色の彼も、こちらへ一瞥をくれただけであとは何も言わないまま庭の奥へ消えていった。

――――――――――――――――――――


畑の水やりをなんとか終え、厨隣の部屋へ戻ってきた私たちはそれぞれ時間をゆるゆると過ごしていた。
歌仙は早くも今日の夕飯の心配をしているし、岩融は今剣を膝に乗せて背中を柱へ預けてお昼寝モードだ。

「粧裕?」
「どこへいくのですか?」
「少し、散策へ行ってくるよ。」
「なら、僕も」

立ち上がった歌仙の首へ、管狐の形へ戻った皇を預ける。

「道なら平気。その子を頼りに戻ってくるから。」
「だが、」
「すぐ戻る。」
「粧裕!!」

ひら、と手を振って部屋を出た。
向かうは、勿論あの箱庭だ。




「また来たのか。」
「どうも。」

やはり、彼はそこにいた。
ゆるく微笑んで、一定の距離を保って足を止めた。

「何の用だ。」
「少し、貴方と話がしたくて。」
「俺には、あんたとする話なんてないけどな。」
「そう言わないでください。」

先ほどと同じ、溜池のほとりへゆっくりと腰を下ろす。

「あまり勘繰っても、嫌がられてしまうと思うので単刀直入に伺いますね。」
「…なんだよ。」
「“あれ”とは、一体何の事を指すのでしょう?」

ぎろりと鋭い目線を向けられたけれど、ひるまずにそのまま答えを待った。
私のぶれない視線に負けて、彼の強い目がふらりと泳ぐ。
ややあって、聞こえて来たのは小さな溜息。

「………俺が、懐いていたヒトの事だ。」
「前の審神者殿のことでしょうか。」
「馬鹿言うな。俺はそんな惜しむような審神者には会ったことがない。」
「では、誰のことを?」

首を傾げると、彼は立ち上がって服についてしまった土をおざなりに払った。

「…三日月、宗近。」
「三日月?」
「俺が爺さん、って呼んでた刀だ。」

こっちへ、と呼ばれるがままに私も腰を上げた。

「…あんた、変わってんな。」
「?」
「抜刀された相手と話するのに、単身、しかも自分の刀まで置いてくるなんて。」
「別に敵意はありませんし、ここでもし切り殺されても恨むのは自分自身。貴方ではありません。」
「…根性曲がってんな。歪んでる。」
「そうでしょうか。」

辿り着いた部屋の襖をすらりと開ける。
その部屋は、庭と同じく恐ろしく整理され、掃除も行き届いていた。
彼が、すべてやっているのだろう。

とても綺麗な所作で、部屋の真ん中へ腰を下ろした。
そっと横へ並ぶと、そこには一振りの刀が横たわっていた。

「…これが?」
「三日月宗近。天下五剣と呼ばれる、刀の中でも一等美しいと言われる一振りだ。」

簡単な説明と共に、彼が優しい手つきでそれを撫でた。

「何代前だったか、もう覚えてないけど。やってきた審神者が、やたらと今剣を好いている奴だったんだ。」

ああ、確か岩融との事があったときにも歌仙が言っていたな、と思考を少し巡らせた。

「岩融は勿論だったけど、三条の奴らは皆今剣を守ろうと必死だった。今剣だって、練度的には決して弱いわけじゃなかったけど、でもそういう強さと、審神者と俺たち付喪神の間の“強さ”はまた別なんだ。」
「別…」
「そいつは、ここぞとばかりに審神者としての力を使っていた。“言霊”って知ってるか。」
「ええ。」

元々、あれも呪詛の類。
私たち妖の得意分野でもあるのだから。

「あいつは、それを使いこなす奴だった。俺たちは、あいつの一言で何もできなくなった。」

彼は、ぎゅっと悔しそうに手を握った。

「それでも、ただ見てるだけなんて無理だった。無謀だって分かってたけど、俺は直談判に行った。一人で。」
「…」
「出来るだけ言葉は選んだつもりだったけど、ダメだった。激昂した奴は、俺を刀解すると鍛刀部屋へ引きずって行った。」

声が、小さくなって震えている。
喉がしまる音がした。

「それを知った爺さんが、三日月が俺を追ってきた。…そこで、禁止事項を犯した。」
「禁止事項?」
「三日月は、俺たちに追いついた瞬間、その場で奴を切り殺した。」

ぱた、と畳をたたく滴の音がやけに煩く響く。

「俺たちへの、その審神者からの最大の言霊だった。“審神者への反逆を禁ず”。」
「…」
「その言霊に刃向かった事は勿論、審神者殺しは本丸に呼ばれた付喪神における最大の罪。三日月は、審神者の亡骸を回収に来た政府の役人に封じられた。二度と抜けないように。」

ぱっとあげられた顔は、涙に濡れてぐしゃぐしゃだった。

「あれから何人も審神者が来たけど、だれも三日月を抜けなかった。だれも、じっちゃんを呼び戻せなかった。」
「…」
「あんたなら、出来るんだろ?今剣や岩融を戻したんだ、なら、じっちゃんだって戻ってくるはずだ。なあ、そうだろ?」

ぎゅっと私の羽織の裾を握って涙ながらに訴えられる。

「頼むよ…!じっちゃんが戻ってくるなら、なんでもするから…!だから…じっちゃんを…!」

悲痛な声に、心臓が鷲掴みにされたように痛む。

「…私にも、呼び戻せるかどうかは分かりません。」
「っ」
「でも、全力は尽くします。あとは、彼が私に応えてくれるかどうかなので、何とも言えません。」

私の言葉に、彼はぱっと表情を明るくして頭を下げた。

――――――――――――――――――――


彼は、まだ残っている庭の手入れに戻るからと私と三日月宗近を置いて部屋を出ていった。
無防備というか、なんというか。
私を、その大切な一振りと一対一にしてもよいものなのか。
小さく溜息をつきながら、手入れ用に置いてあった布でくるみながらぐっと柄を引っ張る。

「…やっぱり、簡単に抜けはしない、か。」

一度刀を置いて、気持ちを集中させる。
彼の中へ、少しお邪魔することにしよう。


――――――――――――――――――――――


鳴っていた雑音が止んだところで目を開ける。
真っ白な何もない空間に、一人佇む男性の姿。

「貴方が、“三日月”ですか。」
「ああ。」

ゆるりと微笑む彼は、確かに美しい。
だが、どこか読めないその表情は、得体の知れないものが急に自分の心へ入ってきたのに微動だにしなかった。

「獅子以外の者を見るのは、久しぶりだな。」
「獅子…」
「お前が先ほどまで共にいた、黄色い若よ。」

はっはっは、と笑う姿も美しい。

「いつも俺の世話を焼いてくれるのは、姿を保っていた時分からずっと獅子だったからな。」
「彼は、ずっと貴方が戻ってくるのを待っているようですが。」
「知っているさ。封じられているとはいえ、こちらから視えはするからな。」
「…」
「だが、先に獅子が言っていたように俺は色々な奴らに封じられている。役人の奴もそうだが、言霊を破った関係で、あの審神者の呪いも未だに俺を締め上げている。」

彼が組まれていた両手を少し振ると、がしゃりと重たい音がした。
紺の着物をどけるようにずらすと覗いた彼の手首には、幾重もの鎖が巻き付いている。

「これは、すべて呪い(まじない)の類のものだ。やけに厳重に施されていて、俺では最早どうすることもできない。もがくことも、もうやめた。」

変わらず綺麗な笑顔を向ける彼に近づき、それに触れた。
指から伝わる、陰湿な呪詛の気。
ぐ、と顔を顰めると、彼はそっと手をひっこめた。

「分かったろう。もう、戻った方がよい。あまりここに居続けるのは感心せん。」
「…」
「獅子には、一言詫びを入れておいてもらえるとありがたい。」

諦めたように言う彼に、今度は少し乱暴に鎖をがっしりと掴んだ。
彼は、急に引っ張られた腕に驚いたように目を見開いた。

「戻りたくないんですか。」
「、」
「答えなさい。」

言い淀む三日月様に、私はじっと視線を向けた。

「俺、は」
「本心で構わない。今はどうせ、私と貴方しか聞いていないから。」

手にできるだけ力を集めるように集中していく。
ぽつり。
小さく、返事が返ってきた。

「…戻り、たい。」

彼の言葉を聞いて、ぐっと鎖を握る手に力を入れると絡まっていたそれが一つ激しい音を立てて砕け散った。
彼は心底驚いたように唖然としているけれど、構っている暇はない。

「これ、は」
「呪詛返しです。絡まされたのが言霊なら、こちらから言霊をぶつければ外せる。」
「なんと…」
「審神者にしろ、役人にしろ。施したのが人間ならば、私が負ける事はありません。しかも、言霊としてぶつけるのが、神であるあなたの言葉なら尚更に。」

続けますよ、と今度は両手でがしゃりと別の鎖を握る。

「獅子様に、逢いたくないんですか。」
「…逢いたい。」

ぱん

「他の仲間たちと、また同じ時間を過ごしたくはないのですか。」
「…っ過ごし、たいさ。」

ばきり

「陽の光をあびて、彼が大切に世話をしている庭を、共に歩きたいと、」
「思う、おもうさ…!」

食い気味に答えた彼の言葉。
四つ目の鎖がはじける。

「鶯や江雪と、縁側でゆるりと時を過ごしたい。鶴や一期たちと、また戦場へ出たい。己を振るいたい。」

こちらから聞かずとも出てくる言葉に、私は鎖を外すことへ専念することにした。

「今剣は、泣いてはおらんか。岩融や、小狐はどうしておる。石切丸は、まだ太郎と加持祈祷に勤しんでおるのか。」

少し、涙声が混じっているが言霊としては十分だ。

「皆の、元へ戻りたい…!!!」

ばきり、と最後の鎖が取れる。
引きちぎった反動でゆっくりと後ろへ倒れる中で、自由になった腕を見て彼が涙を流しながら目を見開いているのが見えた。

これで、言霊の類は大丈夫だろう。
あとは外から呼ぶ声に、彼が応えられればそれで事は済む。

「私は、先に戻りますね。」

笑顔を残して、私はその白い空間を後にした。

―――――――――――――――――――――

気を取り戻してから、私は三日月宗近を持って獅子様のいるであろう庭へ赴いた。

「獅子様。」

私の声に振り返った彼は、不思議そうに近づいてきた。
私が何も言わずに刀を差し出すと、更に不思議そうにしながらそっとそれを受け取った。

「呼んであげてください。」
「呼ぶ、って」
「名前を。」

他の刀剣たちと同じように私が呼び戻すこともできるけれど、きっと彼はそれよりも黄色い彼の方がいいだろう。
少し困ったように眉を寄せながらも、獅子様は素直にその名を呼んだ。

「…じっちゃん、三日月。」

獅子様の声に呼応するように、ぶわりとド派手に風がつむじを巻く。

「な…っ」

風が止むと、どこからやってきたのか辺りは美しい桜の花弁が舞っていた。
ゆっくりと閉じられた目を開いた彼の腕の中には、確かにあの白い部屋で会った三日月様が立っている。

「じ、ちゃ」
「獅子や、ああ、本当に、お前なのだな。」

至極いとおしそうに獅子様の頬を撫でる三日月様に、獅子様も目を見開いたまま唖然としている。

「三日月…?」
「ああ、久しいな。庭を、俺を大切にしてくれてありがとう、獅子。」

ふわりと笑った三日月様に、獅子様はぼたぼたと涙を零しながら抱き着いた。
しっかりと抱き返された三日月様の腕に、私は安堵の溜息をもらしたのだった。


  
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