付き合って、の言葉は突然やってくる




「彼女が欲しい…」
「うるせぇよそろそろ黙れねえのか。」
「福井がヒドイ…」

今日も今日とて教室で項垂れるのは、陽泉高校の3年生。
強豪と名高いバスケ部の長である岡村その人。
2mの巨体を持つ全国屈指のPFだ。

が、そのバスケを始めた理由も健全というべきか不純と言うべきか。
バスケができるとモテるというどこからきたのかも分からぬそれを鵜呑みにしたからだった。
恵まれた背丈と運動神経でここまできたが、未だに「女子からモテる」ということだけは
果たされないままになっている。
理由としてはいくつかあるが、一番大きな理由は他のメンバーが顔面偏差値をやたらと底上げするからである。

「お前、本当損してるよなぁ。何だかんだ面倒見もいいし、いい奴だと思うんだけど。」
「ふ、福井〜〜〜!!」
「見た目がそれじゃあどうしようもねぇな。」
「お前はワシをどうしたいんじゃああ!!」

感激にあげた顔をまた机に沈めて喚く岡村。

「ぐす…誰でもいいからワシと付き合ってくれる女子はいないんか…」
「見境ねぇなお前。」
「福井はモテるからそう言えるんじゃ…」
「否定はしねぇ。」
「お前ってやつはほんに…」

福井が溜息交じりにそれを見ていると、突然机が盛大な音を立てて叩かれた。
驚いたのは福井だけでなく、顔を伏せていた岡村もがばりと体を上げた。
音の主は予想もしていなかった相手で。

「片桐、どうしたんじゃ…」

椅子に座っている岡村とも10センチほどしか違わない彼女を、岡村は片桐と呼んだ。
どこか切羽詰まった顔で岡村を凝視する彼女は、少しだけ目を泳がせた後よく通る声で言った。

「ねえ、岡村。」
「な、なんじゃ…」
「彼女が欲しいなら、私なんてどうだ?」

ぽかりと口をあけた岡村以上に、隣で聞いていた福井は驚いて手にしていた紙パックを床へと滑り落とした。

□■□■□■□■□■

「一体どういう事アルか。」
「俺が聞きたい。」

昼休み、後輩たち3人は連れ立って3年生2人に会いにやってきた。
理由はただ1つ。

「2年生の教室でも噂になってますよ。」
「1年でもだし〜。」
「「「3年生のゴリラに春が来たって」」」
「お前らもう少しオブラートに包まんか。」

朝一で起こった奇怪な事件とも呼べるそれが学校中に広がるのに時間はかからなかった。
かたやデカい図体でどこに居ても目立つモテ男とは正反対の獣のような男。
かたや男女問わず憧れの的として崇拝にも似た何かを向けられる演劇部のエース。

「何でお前アル。」
「納得いかないって女子たちが騒いでたし〜。」
「主将がヤミウチに遭うのも秒読みかもしれませんね。」
「後輩が苛める!!!」
「悪いけど、俺もそう思う。」
「福井まで!!」

綺麗な顔をこれでもかと歪める劉に、棒付きキャンディをもごもごさせる紫原。
王子様スマイルを浮かべる氷室、どこか不憫そうな目を向けてくる福井。

「ワシにもとうとう春が来たって事じゃ!」
「有り得ないアル…」
「美女と野獣ー。」
「月にスッポンだわ。」
「impossible.」
「そろそろ本当に泣くぞ。」
「いや、だって見てみろよ。」

福井が窓から下を覗くと、渦中の彼女が女子に囲まれていた。
少し耳を欹てれば話の内容も聞こえて来た。

「片桐先輩、考え直してください!」
「そうですよ、どんだけ切羽詰まってたって別にあの人じゃなくたって!」
「他にいい人沢山いますよ!」
「バスケ部の他の4人でもいいじゃないですか!」
「どんだけ私を岡村から引きはがしたいんだ…」

困った顔で溜息をつく彼女は、恐らく朝からずっとこの問答を不特定多数の誰かと繰り返しているのだろう。

「これ今日ずっと言ってるけど、私から岡村へ頼んだんだ。」
「でも、それは!」
「私が断られることはあれど、私があいつをどうこう言う権利はないよ。」
「片桐先輩…!」
「悪い、もう行くな。」

逃げるように女子の輪を離れた片桐。
それを目で追った5人はそれぞれ違った反応を見せた。

「片桐真琴。」
「あ?」

のっしりと福井の頭へ顎を乗せた紫原が急に口を開く。
目線だけで見上げた福井の目の前へ小さなノートが突き出された。
受け取ってぱらぱらと開いていくと数ページにわたって少し丸い、お世辞にも綺麗とは言えない字で箇条書きが並ぶ。
頭に紫原を乗せたまま尋ねる。

「なんだ、これ。」
「3年生英語科の首席。運動神経も抜群、才色兼備の陽泉きっての完璧美少女。」
「演劇部のエースで、男女共に人気も高い。」
「男子からの告白も絶えない、すべてに置いてアゴリラとは真逆アル。」

どうやらノートに書かれたそれは、3人がそれぞれの学年から仕入れて来た彼女の印象らしい。
黙って聞いていた福井と岡村からもそれぞれ異は唱えられなかったので3年生内でも変わらないのだろう。

「何でアゴリラなのか全く分からないアル。」
「同じく。」
「ワシに聞かれても…」

本人にすら分からない、というのが正直なところだった。
自分をよく知っていて認めてくれていることを知っているから4人から向けられる言葉は痛くもかゆくもないが
彼女に自分が似合わないことだけはよくわかる。

1年生の頃、何かの拍子に話をするようになってから確かに仲は良かった。
彼女が人気者なのも知っていたし、彼女のような振る舞いが出来たらと思ったことも少なくない。
だが、いくら考えても恋人に自分を選んだ理由は全く分からない。

廊下の先に、中庭から上がってきた彼女が少し疲れた様子で歩いてくる。
あ、と思った瞬間向こうも気が付いたようで、先ほどの表情が嘘のように少し照れたような笑顔を向けてきた。
岡村以外の4人は唖然として顔を引き攣らせたが、向けられた当人は特に何も思わないようだった。

話をしようと足を向けた彼女だったが、英語科の教室から友人らしき女生徒に声をかけられて中へ入って行った。
今度は少し困った顔で、手を振るのも忘れずに。

「Oh…」
「俺、半信半疑だったんだけど。」
「人生間違ってるアル。」

3人の言い草に、岡村は頭を掻いて首を傾げた。


 

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