書庫
この子の七つのお祝いに
ヒロイン出てきません
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「モシ、?」
一匹のヒトモシが擦り寄ってくる。
「貴女はお留守番をしていてくださいまし。」
今日は定時で上がりますからね。
足元でわたくしを見上げたヒトモシに言いながらソファーのクッションへとおろし、コートを羽織り玄関を出る。
この子にモンスターボールなど必要ないのです。ええ、今は。
職場に来て仕事をする。
デスクでは書類と向き合いトレインではお客様のお相手をする。
時折デスクワークから逃亡を図るクダリを捕獲し、机に向かわせる。
何も変わりのない日常、
けれども、けれどもわたくしには。
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わたくしには、愛したひとがおりました。
小柄で、可憐な。
よく灰の袴をお召しでいらっしゃいました。
いえ、灰とはいえども桜をちりばめたデザインをされており、とても上品で優雅なものでございました。
カントーの神秘とでもいいますか、透き通る白い肌に闇のような漆黒の髪が美しいかたでした。
よく、わたくしのシングルトレインへご乗車していただいておりましたね。
とてもよく育てられたゴーストポケモン達。
特にゲンガーがすばらしかったです。
わたくしのシャンデラと貴女のシャンデラが戦い交えた時の美しさは忘れることができませんでした。
いつからでしょうか。
貴女の微笑みを見るとわたくしの心が荒れるようになったのは。
その手足、心音、耳鼻目口、髪の毛一本たりとも誰のものにもしたくない、と。
そう思うようになったのは。
そんなわたくしの心の中を知ってか、いまいか。
貴女さまからわたくしへの愛の言葉を頂いた時はもう"幸せ"という言葉ひとつでは言い表せないような・・・そう、まさにクロスサンダーとクロスフレイムを一気にこの身に受けたような衝撃がわたくしを襲いました。
これは夢ではないのかと。
これは、わたくしの妄想が生み出した幻影なのではないのか、と。
わたくしもです、と。
貴女さまがわたくしを拒絶しようとも離すことはできませんからね、と。
そう伝えるのがやっとでございました。
貴女はそんなわたくしに言って下さいましたね。
"死を以ってしてでも別つ事なんて出来ない" と。
微笑みそう言ったでは、ありませんか。
なのに。
朝、混雑するホームでわたくしが見たのは、
その体を自身の血で染め、事故で欠損した手足を傍らに置かれ、青いシートをかけられた、あなたの最期の姿でした。
混雑により足を滑らせたのか、はたまた誰かに押されたのか、朝の混雑時に他人を気にする人は誰一人と居なかったのでございます。
嗚呼、わたくしが執務室に篭っていなければ!
そんな貴女さまが残されたのは、
貴女の肩掛けの鞄、そして4つのモンスターボールとひとつの卵。
わたくしはその卵を譲り受けたのです。
彼女が愛したゲンガーは、卵を愛しむようにひとなでした後、すぅと消えてゆきました。
故郷へかえったのか、それともどこか遠いところへ旅立ったのか、それはわたくしにもわかりません。
しばらくして生まれたヒトモシは、たいそう賢い子でございました。
今までにも《ひかえめ》なヒトモシは何度も育てたわたくしですが、"彼女"は・・・
そう、言うなればたおやか。
どこか人間味のあるひかえめさ、とでもいいましょうか。
上品な女性の雰囲気を持っている、とまで言うとわたくしが狂人のようですが。
滅多に鳴くことのない"彼女"は、ヒトモシ達の中でもどこか異質な空気を出しておりました。
わたくしは、おもったのです。
"彼女"こそ、名前さまの生まれ変わりではないのでしょうか、と。
馬鹿げた考えだと思うでしょう?
けれど名前さまはその唇でわたくしに言って下さいました。
死でもわたくしたちを別つことはできないと。
戯言だと、おもいますか?
ゴースト使いの彼女なら、と思ってしまうのです。
もしや彼女のゲンガーが撫でた真実は、と・・・そう考えてしまうのです。
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帰宅したわたくしは、ふと違和感を覚えました。
"彼女"、例のものしずかなヒトモシはいつもわたくしの気配があると玄関まで迎えに来てくださるのです。
が、今日はいらっしゃらない。
もしや、何かあったのではないか。
変な胸騒ぎがし、最悪の想像を振り払うように部屋へと走りこんだ私がみたものは
クッションの上で寝ているヒトモシを、宙に浮いたまま、愛しむように覗きこむゲンガーの姿でした。
「あなたは、名前さまの」
思ったより大きな声が出てしまったのか、寝ていたヒトモシが起きてしまったようです。
短い腕でゴシゴシと眠り眼をこすったヒトモシは、そばを浮遊するゲンガーの姿に気づき、ふありと懐かしむように笑ったのです。(そう、わたくしにはみえました)
その目が、ああ、その目が!
あの頃によくみた名前さまの瞳と重なってみえてしまったのでございます。
ポケモンに転生してまでして、わたくしとともにいてくれるのですね。
嗚呼、嗚呼!
今度こそ、わたくしだけの貴女さまになってくださるのですね!
そんなわたくしの肩にふありと乗り、頬を寄せるヒトモシが、もう貴女さまにしか見えなくなってしまったわたくしは狂人なのでしょうか、
けれどそんなことはどうでもいいですね。
あいしております、未来永劫!
嗚呼、この子が大きくなれば、
貴女のかわりになるのでしょう?
嗚呼、大きくなれば、ではございませんね。
「進化するのが、まちどおしいですね」
最愛の貴女さまと共に、わたくしのトレインで心通わす日が、待ち遠しいのでございます。
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《この子の七つのお祝いに》
Song by あさき
え?これノボシャンなの?
ちょっと病気が悪化した時にあさき聞きつつほぼ無意識で打ち込んでいたモノ。
偽ノボリ大量発生中!
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