惚れたきっかけなんてちっぽけな出来事だった。転んで擦りむいた膝に絆創膏を貼ってもらったってだけ。本当にそれだけだ。だけど誰よりも早くに駆けつけてきて、誰よりも優しい笑顔で「いたいのいたいのとんでいけ」なんて馬鹿みたいな呪文唱えて絆創膏を俺の膝に貼り付けたあいつは、そのときから俺の初恋だった。馬鹿みたいな呪文も、あいつが「これで大丈夫」なんて笑えば本当の呪文がかかったように自然と痛みも血も涙も止まった。とにかくあいつの笑顔と言葉が好きだった。
そんなわけで、齢七歳にも満たぬガキが抱いた初めての淡い恋心は、今も霞むことなく俺の心の真ん中で息づいているわけなんだが。…が。

「さっき円堂くんとサッカーしてきたんだ」
「あっ、そ」

この俺が絶賛隠れ恋心抱き中の男、基山ヒロトはつれないことにあの雷門中のサッカー馬鹿にベタ惚れしていた。悲しいかな自分の好きな相手の口からまるで刷り込まされるかのように毎日毎日「あの子のどこが素晴らしいか」について聞かされるわけだ。日を追うごとに俺の脳細胞が死滅していってる気がする。

「やっぱり円堂くんはかっこいいね」
「あっ、そ」

いつも通りだ。こうやって俺の前で惜しげもなくあいつを褒める。左胸がズキズキと痛むのにも、もう慣れてしまった。それがまた悲しかった。

「あんた、そればっかだな」

顔を伏せたまま消え入りそうな声で呟く。聞こえなかったのか、ヒロトからの返事はなかった。

「あ、そういえば、今日円堂くんから名前で呼んでいいって言われたんだ」
「あっそ」
「円堂くんに今日遊ばないか、って言われたんだ」
「…へえ」
「円堂くんは俺の一番の友だちだや」
「…」

一番。なんであいつなんだよ。俺の方が一緒にいた時間が長いのに。俺の方が。あんた何が言いたいんだ。俺をどうしたいわけ。俺だって。

そこまで考えて気づいた。
どうしてヒロトは円堂のことを名前で呼ばないんだ?どうして誘われたのに、まだここにいるんだ?あいつのことを友達としか見ていない?

どうしてそんなことを俺に言った?

それはなんの確信もない一抹の希望だった。けれど俺を奮い立たせるには十分な希望だった。もしかしたらヒロトは俺が○○○○○○○○○?

「な、んでそんなこといちいち俺に言うんだよ」

伏せていた頭が自然とヒロトの方に向き直っていた。期待から浅ましい表情をしているかもしれない。そうは思っても気持ちが抑えられなかった。じっとヒロトを見つめると、ヒロトはゆるやかに笑んだ。その笑顔は昔みた幼いヒロトのものとは違っていて、変に左胸が痛んだ。きっと期待からだろう。

「晴矢は鈍感だからなあ」

やっぱり、ヒロトは!俺のことが!俺もあんたが――!


「晴矢が俺のこと好きなの、もうとっくに知ってるよ」
「は…あ?」

ワケが、わからない。ヒロトは笑ったまま。左胸も、痛いまま。

「え、いや、えっ?」

混乱する俺を前に、ヒロトは興味をなくしたかのようにテレビのリモコンをいじりはじめた。足早にチャンネルがかえられていく。もうヒロトはこっちを見てすらいなかった。ワケが、わからない。

「俺は別に君のこと好きじゃないから」

本当に、心からそう言っているのだという声音だった。
ああ、そうか。好きじゃ、ねーんだ。だから釘刺したの。変に勘違いされると困るから。
…俺、めちゃくちゃだっせえ。

「泣くなら向こうでね」

きつい言葉が胸に深く刺さった。けど意地でもあんたの前では泣いてやらねえ。言われた通り出ていくさ。けど泣くためなんかじゃねえ。勘違いすんな。

「あんたを好いてくれる奴なんて、きっともういねえよ」

最後のあがきだ。素直にあんたが好きだったこと認めてやる。せいぜい後悔しやがれ。

ヒロトに背を向けてわざと静かに襖をしめてやった。音もなく襖が締め切られた瞬間、一気に涙がでた。馬鹿な涙腺に腹が立つ。でも嗚咽だけは漏らすものかと必死に下唇を噛み締めて耐えた。

となりの襖の向こう、嗚咽も堪えず泣くヒロトにそれだけは勝てたように思えて、また涙がでた。


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心の発達と後悔



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