円堂守はどういう人間かと聞かれたならば、限りなく完全に近い有機生命体であると、基山ヒロトならばコンマ数秒の躊躇いもなく即答しただろう。しかしそれは基山ヒロトという人間の中にある物差しによって至上であると定義されただけであって、世間一般の常識ある目を通して見てしまえば、円堂守などそこら中にいる、それこそ学校帰りのコンビニエンスストアで雑誌を立ち読みしているような学生たちと何ひとつ変わらぬ平凡な少年であった。別段容姿や成績や素行などがよいわけでもない。強いて立ち読み学生たちとは違う点を挙げるのだとすれば、少しばかり運動能力が秀でているということだけである。
だがそんな円堂も、ヒロトにかかれば「円堂守のどこが好きであるか」という文題で原稿用紙数十枚は軽く書き上げられる程の、まさに人間の鏡になってしまう。
そんな、ヒロトにとっては崇拝してやまないまるで雲の上のお天道様の如き円堂守。

そんな円堂が、つい三日前にヒロトと両思いになった。所謂恋人という関係に昇格したのである。

それからというもの、ヒロトの人生はまさに桃色薔薇色うふふのあははであった。ほとんど二十四時間を共に過ごし、会えない時間は電話やメールで繋がりを求め、それすら出来ぬときには一人よからぬ妄想(もちろん円堂について)を脳内自動再生して気を紛らわせる。これがヒロトの日常となっていた。時に恋い焦がれすぎて円堂の家の周りをウロウロと徘徊したり、こっそり円堂の部屋に仕込んだ機械たちを駆使し盗聴、盗撮をしてみたりと犯罪紛いの行為まで冒すことすらあった。
若干の負い目を感じながらもヒロトがそれらの行為を止められなかったのは、ひとえに円堂への愛ゆえだ。ヒロトはやはり円堂守に完全な人間の姿を重ねみては、一人幸せを胸のうちにぬくぬくと感じていたのだった。
しかしそんな幸せが未来永劫続くわけもない。ヒロトが気付かなかっただけで、亀裂などすぐそこにあったのだ。

「あいつ苦手だなあ」

そんな些細な円堂の一言。しかしその言葉に、その言葉が円堂の口から発せられた事実に、ヒロトは彼の崇拝する円堂像にパキパキとひびが走る音を聞いた。そんな馬鹿な。今のって空耳?グルグルと頭の中で泳ぐ先程の言葉が、ヒロトの大脳の中心にまあ立派に建てられた円堂像に絡みついては像を黒く黒く汚していく。それでも像の円堂はにこりと明るい笑顔を顔に張り付けたままである。
そうして目の前の円堂も、像と同じように笑うのを見て、ああやっぱり空耳なんだ、とヒロトは我知らずほっと胸をなで下ろしていた。


「円堂くん、大好きだよ」
「うん、俺も」


この会話がヒロトにとっての精神安定剤であった。

やっぱり円堂くんは円堂くんだ。俺は円堂くんが好きだから、やっぱりずっと一緒にいよう。
その幼い決意から数日後、いつものように円堂の部屋の盗聴器から聞こえる音に耳を澄ましていたヒロトは、信じられない言葉を耳にした。

「はいもしもし、あっ、豪炎寺?え、来週の日曜日暇かって?んー、まあ大丈夫!…おうわかった、んじゃ日曜日に」

ヒロトは慌てて自身の手帳を手繰り寄せた。震える手でページをかきむしるように捲れば、ちょうど来週の日曜日にあたる日付が太い赤丸で囲い込まれていた。その鮮やかな赤が意味するのは円堂との約束だ。何度も何度も日付を見直したが、活版印刷の数字が変わるわけでもなく、やはりその日は円堂との約束を結んでいた日であった。またしても脳内円堂像に、今度は赤い輪っかがくるくるとはめられていく。とうとう像の口元が隠れてしまった。
数分後円堂から届いたメールの本文はただ一言。やっぱ日曜日は無理になったごめん。


「円堂くん、俺のこと、嫌いになった?」
「そんなわけない。大好きだよ」

携帯の電子的な文字の羅列を見つめ、ヒロトは静かに携帯を閉じた。


それからしばらく会わぬ状態が続いたのち、ヒロトはすっかり役目を無くした盗聴器を、一つを残して片したあと円堂の家へと足を運んだ。久しぶりに会った円堂の母親は玄関先でヒロトを見るなり、あっと少し驚いた顔をして、それからすぐに笑顔になってヒロトを招き入れた。前は気にならなかった靴箱の上にある芳香剤の香りが、妙にヒロトの鼻をついた。

「ようヒロト、久しぶり」

あっけらかんと笑って階段を降りてきた円堂は、まるで後ろを庇うような形で階段の前に立ちはだかっている。

「で、話ってなに」

芳香剤が鼻をつくなか、ヒロトは隈の出来た目をなるべく円堂に晒さぬようにして口を開いた。

「円堂くん、俺のこと、好き?」

「なんでそんなこと聞くんだよ。いつも言ってるだろ」

うん、そうだね、いつも言ってるね、だからまた、いつもみたいに言ってよ。ヒロトの大脳で、円堂像が笑っている。

「な、今日はちょっと忙しいんだ。何かあるならまた今度にしてくれないか」

円堂は、笑っていた。顔こそ見えはしなかったが、声が、面倒くさいのだと、笑っていた。
こっくりとまるで地球の中心に引っ張られたように振られたヒロトの頭は、一度も円堂の方へ顔を向けることなく玄関扉へと引っ付いていた。そのまま家を出て行くヒロトの背中に、いつまでも円堂が笑っていた。

その帰り路、吸い寄せられるように立ち寄った公園の昔懐かしき砂場で、ヒロトは爪の間に砂利が入り込むのも構わずに穴を掘った。掘って、山を作って、掘って。そうしてポケットから最後の盗聴器を取り出すと、それをしっかりと穴の奥にねじ込んだ。そのまま土の蓋を頑丈に固め、その上に像を作る。形など成さぬ不格好な茶色い塊を一生懸命に握り込んで、そうして軽く足を落とすようにしてそれを踏み潰した。砂山と変わらぬ像が踏み崩されていく度、揺れるヒロトの大脳の中で黒く汚れた円堂の笑顔がボロボロと亀裂にそって剥がれ落ちていく。
そうしてふたつの円堂像が粉々になったときには、空は薄汚れた金色に染まりきっていた。先程来た路の向こう側からは濃い藍色が迫ってきている。

すっかり偶像の片付いた脳みそで、まるで俺が追われているみたいだなんて感傷的なことを考えてから、くるりと背を向けヒロトは走り出した。向かう先など決まりきっていた。もう姿を隠しかけているあの鮮やかなお天道様である。

あいつに追いついたら何をしてやろうか。そうだまずは唾を吐いてやろう。軽くなった脳みそで真っ赤な太陽に唾を吐き捨てる自分を浮かべ笑うヒロトの背に、もうそこまで闇が迫っていた。


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大脳大脳言いすぎな文章



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