ついこの間宇宙人を拾った。いや断じて俺はあいつが宇宙人だなんて非現実的なものだとは認めていない。しかしそいつは自分は宇宙人だと言い張って譲らない。加えて面倒なことに、自身が宇宙人であることと、名前が「ヒロト」であること以外は覚えていないだの抜かしやがるのだ。たぶん頭のネジを不慮の事故かなにかでぶっ飛ばしたに違いない。ついでに記憶もぶっ飛ばしたんだろう。なんせこいつには‘人間’の常識が全くと言っていいほどないからだ(演技だとかそんな素振りにはとてもじゃないが見えない)。そのせいでこの数日の間に何度こいつを元の場所に捨てようと思ったか。しかし宇宙人の勘かなにかなのか俺が本気で捨てようと決心すると、あいつはひどく悲しげな顔をしてこちらを見つめるのだ。そんなこんなで結局この自称宇宙人を手放せないままずるずると共同生活を送ってしまっている。

「まもる!ご飯、作ったよ!」

今日もこうして朝食を食べようなどと抜かして朝4時過ぎに起こされた。もう怒る気もでないもんだから慣れって怖い。

「いやおま、はやいだろ…ばかだろ…」
「はやい?一体なにがだい?」「…時計の見方はまだ教えてなかったもんな、うん…」

早すぎる(ついでに不味すぎる)朝食を胃に押し込んで、学校に行く支度を始める。今日は月曜日だからゴミを出さなければいけないなあなんて考えてゴミ袋をまとめていたら、後ろから宇宙人がひょっこり顔を出した。

「なにしてるの?」
「今日はゴミを出さないといけないからまとめてるんだ」
「どこかに行くの?」
「ああ、ゴミ出した後は学校に行く」
「……ガッコウ?どんなところ?楽しい?」

しつこい質問攻めに無性に腹が立って「うるさい!学校は楽しくなんかない!お前には関係ないだろ、ほっといてくれ!」と叫ぶように言えば、宇宙人は不思議そうな顔をした。お前は俺が学校でどんな目に遭ってるか知らないから!

「…もう行くから、ちゃんと家で待ってろよ」

逃げるようにして家をあとにした。




「最悪だ…」

今日の嫌がらせはもう最高潮に面倒くさかった。体育館の倉庫に閉じこめられたのだ。そういえば浴びせられた罵倒中傷も面倒くさかった。口数が少なくて、ノリが悪くて、一体なにが悪いってんだ。他にも数え切れない悪口を言われた。もう慣れたから平気だ。目頭が熱いのも鼻の奥がツンとするのもここが埃っぽいせいだ。
とにかく早くここから出なければ。生憎友人も親もいない俺には携帯で誰かに連絡をすることも出来ない。家にかけてどうにかするなんてもっての他だ。携帯のデジタル文字は午後8時半を知らせていた。きっとあの宇宙人は腹を空かせているに違いない。ろくに包丁も握れないだろうに、わざわざ朝から飯を作ってくれてたんだ。早く、早く。

ダン、ダン、と何度も扉を叩くが、救助は来ない。声をあげても同様だった。

「…もう9時になる…くそ…」
携帯の液晶の光が倉庫の中の闇を、外からの雨風が窓をガタガタと揺るがせる。怖い、と素直に感じた。意識すればするほど恐怖は増すものだ。素直に恐怖を認めた途端、頬に熱いものがつたっていた。なんでこんなことで泣いてるんだ俺は。子供や女子じゃあるまい。そうは思っても涙は次々に溢れた。鼻が詰まって息を吸うのすら苦しかった。それでも声だけはあげなかった。
赤子のように自分を抱き込んで丸まれば、ふと脳裏にあの宇宙人が浮かんだ。宇宙人はまもる、と無邪気に笑う。身よりも友達もいない自分に出来た異邦人という名の同居者。
あいつを手放せなかった本当の理由はきっと――。


「まもる」

気付けば後ろ、開いた倉庫の扉の先に宇宙人が立っていた。いつの間に開いたのか。

「まもる」

もう一度宇宙人が俺の名前を呼ぶ。途端、俺は倉庫を飛び出して宇宙人に抱きついていた。わんわん声をあげて泣く俺を、宇宙人はやんわりと抱きしめてくれた。宇宙人の体は予想に反して温かかった。
長い間あやすように何度も何度も背中をさすって漸く俺が落ち着いた頃に、宇宙人がはにかむように笑って「まもる、お腹すいたな」と言った。

「へへ、俺も…コンビニでなんか買ってこうか」
「コンビニ?ご飯が買える所?」
「ああ。お前の好きなお菓子もあるぞ」
「チョコレート!はやく行こうまもる!」
「わ、引っ張りすぎだ!」

宇宙人が俺の手を引いて走り出す。拍子に繋いだ手が心地よくて、離せとは言わなかった。


あれから家に帰ってから事情を聞けば、どうやら宇宙人には俺がどこにいるのかがわかるのだそうで、いつになっても帰ってこない俺を迎えに来たらしい。ついでに言うと南京錠は素手で破壊していた。なんだかそこは夢がなくてびっくりした。
まあなにはともあれ、あの時宇宙人が迎えに来てくれなければ、俺は一晩あの薄暗い倉庫の中で過ごす羽目になっていた。そのことについては感謝している。いや、もっと言えばそのことだけじゃない。事情はともあれ、こうして共に過ごしてくれる(っていってもそうせざる得ないんだけど)こと自体に感謝してるんだ。まあなんというかつまりその俺は、あの宇宙人を気に入っているんだ、と思う。アホだし常識ないしけど面だけはいいあの宇宙人が、――ヒロトが、好きなんだ。


「って、なんか俺気持ち悪くね?」

学校の机に突っ伏して昨日のことに思い返せば、なんだか吐き気がした。俺はホモで宇宙人が好きなのか死にたい。しかもなんか乙女思考とか死ぬしかない。あのあと手を繋いで一緒に寝たとかたぶんあれは悪夢に違いない。じゃないと俺はもう俺でなくなる気がするというか絶対俺でなくなる。
教室で一人唸る俺を数人が遠巻きにひそひそと噂していた。もうどうにでもなれ。

「はいじゃあみんな席着いてー」

担任がバシバシと日誌で教卓を叩く音でやっと無限思考地獄から帰還した俺は、机から顔をあげて絶句した。
そこには悩みの種である宇宙人が立っていた。な ぜ だ 。

「はい静かに。彼は今日からこの学校に転校してきた円堂ヒロト君です。みんな仲良くな」

「はじめまして、円堂ヒロトです。よろしくお願いします」

にこりと人当たりのよい笑顔を振りまいて、‘円堂’ヒロトは会釈をした。教室がざわつくなか堂々と俺の隣の席を奪取したヒロトは俺に向き直ってこう一言。


「改めてよろしくね、守」


とりあえず脳天にげんこつを振り下ろした。


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絶対こいつ演技だよね



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