※二重人格
※暴力表現あり


もう一年以上前、円堂くんが事故に巻き込まれたことがあった。大型車が歩道に突っ込むほどの大事故だったが円堂くんは怪我ひとつしなかった。けれど事故の数日後に以前と変わらぬ笑顔で「ヒロト」と呼ばれてはじめて、傷ひとつなかったはずの彼の頬に青く変色した痣と赤い蚯蚓腫れのコントラストがあるのに気付いた。
円堂くんは、事故の日から自傷をするようになった。
【二重人格者】
ひとりで二つの人格を所有する人間。
それが今の円堂くんだ。
円堂くんの内には二人の人間が存在している。
一人目は普段の円堂くん。俺が出会った頃の彼だ。
そして二人目は、自傷を繰り返す自虐的な円堂くん。この人格は俺の前でしか出現しない。
要するに円堂くんは俺と二人でいる時にだけ二重人格者になるということだ。
きっと彼は事故の心的ショックでこうなってしまったのだ。



カラン カラン カラン 。
鈍色の光を跳ねさせてナイフがフローリングの上をはしる。先ほどまでナイフを握っていた痣だらけの手はひどく冷たい。さらに強くその手を握りしめた。
「円堂くん、大丈夫、大丈夫だから」
震える円堂くんの背中をゆっくりさすれば、速かった彼の呼吸が徐々に落ち着きを取り戻す。そのことに少し肩の力が抜ける。
「円堂くん、まもる、まもる」
「ひ、ろとっ、ひっ、あああ」
円堂くんが俺の服を掴んでわんわんと泣き出した。服を必死に掴む腕と涙に濡れた顔は痣だらけで思わず目を逸らしたくなった。
それでも常に気をつけているためか未だ円堂くんの体にナイフが食い込むことはなかった。円堂くんは気付けば必ずナイフを持っている。だから俺は鈍色を片手に涙で目を潤ませるその姿を見るたびに、憎い鈍色を叩き落としてさっきのように優しく彼の背を撫でる。それが繰り返される日々を過ごせば過ごすほど、俺は円堂くんが愛おしくなった。円堂くんは必ず俺が幸せにしなければならないのだ。

次の日俺は円堂くんの青い指にナイフとは違う鈍色を通した。
「ずっと俺と一緒にいてほしいんだ」
そう言って、俺の指にはめられた円堂くんのとお揃いのリングを見せると彼は嗚咽と大粒の涙を零した。そして長い時間をかけて切れ切れに「俺もだ」と言ってくれとき、俺はつよく彼を抱きしめていた。

その次の日、守の指に鈍色はなかった。慌ててどうしたのかと聞いたら、守はすこしだけ笑って首もとから茶色い革紐を取り出した。革紐には俺の左手の薬指に光るリングと同じそれが光っていた。
「せっかくヒロトに貰った大事な指輪だから、なくさないように首に下げとこうと思って」
あ、でもヒロトが嫌ならちゃんとつけるぞ、そう言ってすこしだけ眉をさげた守に俺は訳も分からず号泣してしまった。色んな感情がない交ぜになっては融けていくような感覚に涙がとまらず、叫びだしたくすらなるほどだった。
「まもる、まもる、だいすきだ」「うん、ヒロト、俺も大好きだよ」


次の日円堂くんの顔に傷が増えた。昨日の守は普通だったから油断をしていたのかもしれない。
顔には引っ掻いたらしい蚯蚓腫れと青い痣、そしてくっきりとなにかの跡が残っていた。よく見ればそれは指輪の跡であった。あれだけ喜んでくれた指輪をつけた手で自傷に及んだのだと思うと胸がひどく痛かった。
「守、まもる」
いつものように守の背中をゆっくりと撫でる。守の手にナイフはない。
守が俺の背に腕をまわして抱きつく。俺もつよく抱きしめかえせば、二人の胸元で鈍色がきらりと光った。きっと守が泣いているのだ。


__________

円堂の指輪は、どこだった、?


↓わからなかった人のために補足

二重人格者なのは円堂ではなくヒロト。
円堂の事故で心的ショックを受けたヒロトはもう一人の人格を形成。
→その人格が円堂に暴力を振るうように。ちなみにその人格時の記憶はヒロトにない。
→それに気付いた円堂は、自分が事故に巻き込まれたせいでヒロトがこうなってしまったのだという気持ちから抵抗せず。そしてヒロトが自分に暴力を振るっていることを気付かせないために、時折自らナイフで自傷をする真似をしていた。

円堂の指輪は、今も円堂の首に。

11/2/18 加筆修正



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