梯子を降り、女生徒と向き合う名前。 「アンタが噂の…」 「えっと、何の噂でしょうか?」 「今聴いてたんでしょ?転校してきて早々、“高杉くんと一晩過ごしちゃった女子”さん」 「……………」 “あーどうしよ……” 確かに、高杉と一晩過ごした事に変わりはないのだが、先程の写真部や、この女生徒達が言うような事は何もないのが事実。 「でもまさかね〜。実際見たらアナタ、高杉くんの好みっぽくないし」 「やっぱただの噂?」 「……………」 「実際どうなの?」 馬鹿にされたような言い方が少々引っ掛かったが、どうやら彼女達は写真の事はまだ知らないようだ。 名前はニコリと微笑み、口を開いた。 「よく分かりませんけど、ただの噂ですよ、それ。高杉くんが私なんかの部屋に来るわけないじゃないですか」 「そうでしょ?」 「―――…ふーん」 (ガチャ…) 「?」 笑みを零しながらの名前の言葉に、一人の女生徒が若干まだ疑いの眼差しを向けていると、ドアが開いた。 「あ、ここに居たんですかィ?」 「沖田くん」 「Z組の沖田くんだ…」 「可愛い…!!」 沖田の登場に、女生徒達はひそひそと会話しながら頬を染める。 「掃除終わっても一向に戻って来ねーんで、みんな心配してますぜィ。特にマヨラー」 「あ…ご、ごめん」 「さ、行きやしょう」 「え、ゎわっ!!」 沖田はチラリと女生徒達を見やった後、名前に微笑むと、彼女の手を取り屋上を立ち去った。 (バタン…) 「―――私達、今睨まれなかった…?」 「いや、き、気のせいでしょ…」 (キーンコーン……) 「……戻る?」 「うん…」 彼が向けた表情に、顔を引きつらせる女生徒達は、鐘の音を聴くと、自分達の教室へ、タラタラと足を進めるのだった。 ――――… 屋上で一人になった高杉は、煙草を取り出し火を着けた。 そして紫煙を吸い、ふう、と空へ吐き出すと、ゆらゆらと儚い紫煙が蒼空に上っていく。 『何か―…疲れた――――』 「―――チッ…」 名前が言っていた言葉を脳裏に浮かべながら、彼女が買って持ってきたコーヒー缶を見詰め舌打ちをする。 「……………」 それを一気に飲み干し、吸い始めの煙草の火を消して缶に入れると、気怠げに立ち上がり、自らも屋上を後にした。 ** 「沖田くん…ちょっと痛いよ」 握られている手が痛く感じた名前は、廊下で沖田に声を掛ける。 すると、彼は立ち止まり、振り返った。 「名前、あそこで何してたんでィ?」 「………それは…」 「また、高杉と居たんですかィ?」 「え――…?っ!?」 真剣な沖田の表情に名前が戸惑っていると、突然握られていた手を、ぐい、と引かれ抱き締められる。 「おおお沖田くん!?」 「名前、アイツはやめなせェ」 「―――…。は、放し、て…」 「嫌でさァ」 「…っ!」 彼の肩を押すと、更にきつく抱き締められ、名前は、ぎゅ、と目を瞑った。 「名前は俺が守りまさァ」 “だから、アンタには渡さねェ――…” 静かな廊下。 名前を抱き締めながら、沖田が見据えていたのは――… 「……………」 後ろから歩いてきた高杉の姿―――――。 高杉はその光景を見、そのままスタスタと近付くが、何も言わずに二人の横を通り過ぎた。 「……………」 「――――…」 瞬間、高杉が居るのが見えていなかった名前の鼻を刺激したのは、ふわりと漂う煙草とコーヒー―― それと、 高杉の香り―――…。 “た……高杉…くん―――…” 名前は横を通り過ぎた高杉の後ろ姿に目を見開く。 そして、彼を呼び止める声は出さず仕舞い込み、代わりに拳を握り締めた。 “あぁ――… 何か、嫌だ―――…。 今、高杉くんの香り…嗅ぎたくなかった……。 あの背中も、見たくなかったよ――――…” 彼には何時も安心感を抱いている筈なのに、今はそれが感じられない。 沖田の腕の中、名前の胸の奥には、チクリチクリと、何とも言い難い小さな苦しい痛みが走っていた。 その痛みは、 彼女を強く抱き締めている沖田にも、 当然、何もせず通り過ぎた高杉にも伝わらない とても複雑なものだった―――――。 〈4限に続く...〉 2010.09.03 [章割に戻る] |