「あ、メール」

パソコンにメールが来ていた。俺はふと昨日隣にいた姿を思い出す。危なっかしくて、優しくて、温かく笑う彼の姿を。

「巣山くん何笑ってるの」

女性社員の篠岡がお茶を持ってきてくれた。礼を言って湯飲みを受けとる。

「ありがとう」
「巣山くんが仕事中に笑うなんて珍しい。あ、分かった…彼女でしょう」
「っえ」

篠岡の言葉に、自分の顔に熱が集まるのを感じた。そんなわけないと、否定しなければならないのに。

「わ、図星?」
「い、いや」
「巣山くんにも春が来たんだね!!今度会わせてね」
「…」

篠岡は空になった盆をくるくる回しながら自分の席へ帰っていった。「彼女」という単語を聞いた周りの視線が痛い。
薬品会社で、研究員として働いている。穏やかな雰囲気で仕事できてありがたいけれど、弄られるのは慣れていない。

「そんなんじゃ、ないです」

誰に、というわけではなく、ただ呟いた。違う。そんなんじゃ、ない。そんなんじゃないんだ。彼女なんていないし、しかも今のメールはただの旅行会社からきたツアーの案内だった。

「…」

顔を崩さないように、仕事を再開する。今度新薬をプレゼンするために資料を作成しなければならない。

「さて」

資料を取り出そうとしたら、ポケットで携帯が震えた。

「あ」

送り主は、栄口。
名前を見ただけで、胸が温まった気がする。メールを開けると「キャッチボールの件、いい公園見つけたから、そこでやろう!」とのこと。

「巣山またニヤニヤしてる」

前に座る同僚から真顔で指摘されて席を立つ。ニヤニヤ、しているつもりはなくてもしてしまうのはきっと、彼といる時間が心地よいものだから。だから嬉しいし、顔も綻ぶ。そうだ、きっと。

「…よし」

快諾の内容を簡単に送信し、俺は気合いを入れ直して席に戻った。




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