「今度キャッチボールでもするか」
二件目では洒落たバーに入った。駅の近くを一周したら目についた店。静かで落ち着いていた、いいところだった。二杯目のカクテルを頼む。バーテンはニコリともせずに頷いた。
「キャッチボール?」
注文した声で中断していた会話が、栄口の声で再開する。
「うん」
「あー、いいね。最近体鈍ってるし」
眉を下げて笑う彼は、まだ幼さの残る顔には不釣り合いな「年かな」という言葉を漏らした。曖昧に頷く。バーテンは静かにカウンターに酒を出した。
「この週末は、晴れるみたいですね」
「え?」
いきなり発された言葉を受け取る間もなくバーテンは他の客の注文を取りに行った。
「…週末、晴れるんだね」
「…おう」
「…」
「キャッチボール」
「うん」
「やる?」
「…うん」
頬を緩ませて、栄口は微笑んだ。彼の笑顔を見るのは心地よい。胸がぽかっと温かくなる。アルコールのせいなんかじゃなく。
「じゃあ明日辺りメールするな」
「あ……うん」
「…」
「ん、と」
何となく、もう帰る雰囲気になってしまった。言葉を間違えたかな。明日辺りメール…とか別れる時に言うべきだったかな。
何となく居たたまれなくなり、俺はバーテンに目配せした。財布を出そうとした栄口をやんわり制し、支払う。
「一件目でもう、お返しはもらったから」
「でも」
「友人として、何の気兼ねもなしに、払わせて。楽しかったから」
「…ありがと」
終電まではまだ時間がたっぷりあったから、ゆっくりと駅まで歩いた。
「明日も仕事かあ」
「栄口いつもあの時間?」
「ううん、もう一本早い」
寝坊して乗り遅れたんだよね。
「じゃあ俺ももう一本早く行くかな」
「お」
明日会ったら普通に挨拶を交わして、プロ野球の話なんかして、会社にゆっくり向かうのも悪くない。そんなことを考え、他愛ない話をしていたら駅に着いた。
週末、晴れますように。
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