「えっと」
まさかこんな所でアイツに会うなんて思ってもみなかった。
「巣山は…なんで」
柄杓を片手に立ち上がった栄口は、戸惑った顔を隠せていなかった。花を持つ手が震える。
「……今日、幼稚園の先生の命日なんだ」
「、」
「野球を勧めてくれて…内気だった俺を、明るく引っ張ってくれた」
「…」
初めてお墓参りに来た。大好きな先生だったのに。先生が亡くなったのは小学校に上がってからだった。病気で亡くなったのだと聞いた。後天性の病気で、稀にしか発症しないものだった。俺は初めて聞いたその病名を忘れたことはない。この病気を治したいと思った。研究があまり進んでおらず、完治させる薬もまだ出ていない。俺が薬学部へ進んだのは、この病気の薬を研究したいってのが大きかった。
墓参りに行きたいと告げたら、「ようやくか」と母は悲しそうに笑い近くの戸棚から紙を取り出した。先生の墓の場所が書いてあった。いつか行くのでは、としまっておいたらしい。母には頭が上がらない。
ゆき子先生、という名前しか知らなかった。「しょう君と同じ年の男の子がいるんだよ」と嬉しそうに笑ってたっけ。卒園する時、お腹に赤ちゃんがいると言っていた。だから紙を見た時は驚いた。「栄口ゆき子」と書いてあったからだ。
「栄口の、お母さんだったんだな」
「…うん、まさか巣山が…母さんとこの園児だったなんて」
優しくて温かくて。栄口と先生を重ねればたくさん交わるところがあったのに。どうして今まで気づかなかったんだろう。
「巣山」
「…ん」
「ありがとう」
何に対してのありがとうかは分からなかった。でも何も言わずにただ頭を撫でてやった。下向いていて顔は見ていないけど、泣いているような気がしたから。
俺はしゃがんで先生に手を合わせる。
今まで来られなくてごめん、これから薬の研究進めて、何か手がかり見つけるから。先生みたいな患者をもう出さないためにも。
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