「おはよ」
いつもと同じ時間、同じ車両。同じ顔ぶれ。こんな朝にももう慣れた。今日は天気がよく、甲子園も無事に開幕しそうだ。そういや明後日ここの代表の試合か。観たいな。
「はよ、栄口」
「今日も暑いね」
「だな。駅に来るまででも大変だ」
「本当に。でも坊主涼しそうだね」
「あー…でも直接太陽当たって熱い」
「ははっ」
ガタンゴトン、電車が揺れる。駅に止まりまたいつもの人が乗り込んでくる。
「明日、駅前で大丈夫?」
「おー大丈夫」
「どっか行きたいとこある?あれば電話しとくし」
「どうすっか。あ、そういや西口の創作料理屋うまいって言ってたな。女子の意見だから俺ら好みかは分かんねーけど」
女子、って呼んでいいんかな。って楽しそうに笑った。俺も笑い返したけど、それどころじゃなかった。女子、って単語が胸に刺さる。巣山の家に女の子の気配はなく、週末は結構一緒に過ごしてるし、何か勘違いしていたかも。そうだ、巣山も男。女の子がいたっておかしくない。スマートで男前で、ジョークも通じるしモテないはずがないんだ、この男は。
「…」
「栄口?」
最寄りのアナウンスが聞こえた。
「ううん、何でもない」
トモダチに、ならなきゃいけない。トモダチで、いなきゃいけない。好きだという想いに蓋をして、何も無かったように過ごさなければならない。それが今やらなければならないこと。
「あ、じゃあ」
ブレーキ音と共に立ち上がる。
「っえ」
「……あ、悪い」
進もうとしたら腕を掴まれた。戸惑って巣山を見つめると、苦笑しながらその手を離された。
「…いや」
「じゃあ、またな」
「う、ん…」
離された手首は、夏だからと言い訳できないくらい熱い気がした。
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