※パロディです




「ごめんください」

来た。あの方だ。
栄口は玄関から聞こえた声にぱっと顔を上げて返事をする。

「はい」

持っていた筆を起き、立ち上がって声のした方へと向かった。そこに立つ、端正な顔をした男と…彼によく似た少年。先に男がきりっと一礼をしてみせた。それに続いて少年も辿々しく頭を下げる。

「こんにちは巣山様」
「今日は晴れて気持ちよいですね」
「はい」

開きっぱなしの戸から入ってくる風に目を閉じた。

「本日も是非、よろしくお願いいたします」

目を細めて微笑んだ巣山は、もう一度一礼すると帰っていった。

(巣山、様)

彼が閉めていった戸を見つめて、栄口は心の中で名前を呼ぶ。

「先生」
「…どうしたの、巣山くん」
「中へ入ってもよろしいでしょうか」
「あ、ごめんね。どうぞ」
「失礼いたします」

まだ幼いながらにきちんとしつけられている。巣山の家はしつけに対しては厳しいものがあった。それでも伸び伸びと学んだり遊んだりしているこの少年を見れば、それがただ厳しいだけのものではないと証明できる。

「算盤を出してください。それでは、声を揃えて」

パチン、と軽快な音が部屋に響き渡る。時間が終わったら町へ買い物へ行こうかと栄口は窓を見ながら思った。



***



「師範、ただいま学舎から戻りました」
「おかえり…と、来客がいらしたなら先に知らせろな」
「すみません」
「いや、稽古はまだだから着替えておいで」
「解りました」

道場に入ると、正座し目を閉じる巣山の姿があった。凛とした何かが、空気を伝わって心を震わせた。

「いきなりお邪魔して申し訳ありません」
「いえ、道場ではなく自室へ来てくださればおもてなしできましたのに」
「…いや、ただ」
「甥が、何か?」
「いえ!!とても集中力もあり優秀で…って、いや本日はただ…町へ買い物に来たのですが。ちょうど巣山様の稽古が始まらない時間とのことでしたので…甥っ子さんと立ち寄らせていただきました」
「そうでしたか」

巣山の目元が優しく細められた。栄口はこの笑顔が大好きだ。ずっと見ていたいとも思う。
若いながらに学舎を構え、家事も一通りこなせる彼が結婚しないのは、まだ消せない想いを抱いているからだ。

「先生は…温かい方ですね」
「え」
「言葉一つ一つが丁寧で…本当は甥に兄が直接教えようかと言っていたのです。しかし一度見学に言った先生の学舎が…とても気に入りまして。是非とも、と推させていただきました」
「すや…いえ、師範が?」
「ははっ、いきなり師範だなんて照れ臭いですね」
「私だって、師範に先生って呼ばれるのは照れ臭いですよ」

自分でも、どうかしていると栄口は想っていた。家庭を持つ…同性に心を奪われてしまったのだから。

『今度、句を教えていただけませんか』
『え』
『句を詠む先生の声、とても好きだと感じました』

初めて会った時に言われた「好き」という言葉を未だに思い出しては赤面する。
道場での凛々しい姿や、優しい笑顔。冗談混じりに会話をする低めな声。感じる度に、見る度に、栄口の想いは募っていった。

「師範」
「ああ、もう刻になったか…」
「あ、長居してしまい申し訳ありません…お暇いたしますね」
「先生」
「、」
「今度是非、自室へいらしてください」
「!」

巣山は分かっているのだろうか。お慕いしている相手の家庭に足を踏み入れることが酷なのか。

「…ありがとうございます」

栄口は一礼して道場を後にした。

「…一度会えば、敵わないってはっきり感じていいのかもなあ…」

返事の帰ってこない空に、小さく呟いた。



***



「それでは先生、本日も宜しくお願いいたします」

毎日いつも通りだった。あれから何の進展もなく、家にも訪れていない。これでいいのか、と日々自問自答している。でも変わったことがある。あの道場に栄口が訪れてから、巣山は学舎に顔を出さなくなった。

「先生」
「、どうしたの」
「浮かない顔をしていらしたので」
「…そんなこと」
「師範と、何かあったのですか」
「っ!?」
「あの日以来、お二人の様子が変です」
「…」

気づかれてしまったのだろうか。あからさまに「好きだ」と顔に出していたのだろうか。
栄口は決めた。会いに行こう。そして、はっきりと離れようと。

「…今日も、稽古?」
「いえ」
「師範は…」
「本日は自室で読み物をしていられるかと」
「…行っても、邪魔じゃないかな」
「師範はそのようなことを気にする方ではありません」
「…そうだね」


***


「っ」
「こ、こんにちは…」

読み物をしている、と聞いていたために玄関へは妻かお手伝いの人が出るものだと栄口は思っていた。しかし出てきたのは他の誰でもなく巣山本人だった。

「先生」
「お邪魔…でなかったですか」
「まさか。どうぞ」

巣山の後をついていく。中には誰の気配も感じなかった。

「あの」
「はい?」
「奥様は…」
「奥様?いませんけど」
「あ、お買い物にでも…」
「ははっ。どこにもいないですよ。独り身なんです、私」

寂しいでしょう、と言いながら居間へ通された栄口は、呆気に取られていた。

「え!?一人で暮らしていらっしゃるんですか」
「はい、まあ。身を固めろとも言われますが、まあ何と言うか」

珍しく言葉を濁す巣山に栄口は「お慕いしている方でも?」と食いつく。巣山は困ったように笑って頷いた。

「叶わないと分かっているので離れようと思うんですが…駄目ですね。惚れてしまいました」
「…叶わないん、ですか。だって巣山様は…素敵ですよ」
「私は、その人に自室へ誘ったら浮かない顔をされたんです。それだけで会うのも恐ろしくなって。でもこうして来てくださっただけで浮かれています。単純なんです」
「そうなんですか………え?」

ええええええ!?
大きな声で叫ばなかった自分へ拍手を送りたいと、栄口は思った。そしてその内そんな余裕もなくなるくらい顔を真っ赤にして恥ずかしさに襲われた。

「っ、っ、え、と」
「はい」
「それって、もしかして…」
「…その反応は、受け止めてくれていると判断していいのでしょうか」
「え、あ、だって…だって巣山様、もう家庭を持っていられると」
「勘違いですね」
「…っ」

栄口の反応を面白そうに眺めながら、巣山は段々と距離を詰め寄ってくる。そして腕の中に閉じ込めた。

「っ!!巣山様!!」
「結婚しようかと思ったけど諦めます。やっぱ先生のが可愛くて好きです」
「〜っ」

抵抗しようにも力が抜けて無力な栄口は、「参りました…」と真っ赤な顔のまま諦めたように目を閉じた。


END



***
誰が好きって、甥っ子ですよね。はい。ああいう冷静なガキンチョ大好きなんです!ありがとうございます!

水蓮様!
いつも素敵なリクエストありがとうございます!!
何だか私の文才では到底追い付けないほどの素敵設定でした。
色々「あれ?」みたいなところがあるかと思いますが、そこはもう…曖昧に…ごめんなさい。
これからも宜しくお願いします(^^)
リクエストありがとうございました!


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