「いらっしゃいませ」

来ることの少ないケーキ屋で、お菓子みたいに笑う人と会った。白いエプロンを身に付けた彼は、色白の肌で色素の薄い短髪だった。

「…どうも」

ネクタイを緩めずにカチッと着こなしたままのスーツ姿がショーケースに映る。不似合いだ。こんな所に俺は。

「…」

何が良いのだろうか。
今日は甥の誕生日だ。兄に「ケーキ買ってきて」と言われて来たものの、こんなに種類があるなんて。どうしよう。

「何かお探しですか」

そのお菓子みたいな―まだ幼さが残る青年はにこっと笑って不釣り合いな自分に声をかけてきた。


美味しいのはあそこだよ!!“sec”って店なんだけど、甘いのも甘くないのもツボに入ってすっごく美味い!!


ぼんやりと、同僚の水谷に言われたことを思い出していた。ケーキの相談をあいつにしたのは間違いでなかったと思う。

「…水谷って分かります?」
「あ、水谷さん。よく来てくれますお得意さんですね。お知り合いなんですか」
「部署は違いますが、同期なんです。会社の」
「え」
「…?」
「あ、すみません…落ち着いてらっしゃるので年上の方かと」
「は」
「自分と水谷さん、同い年なので…お客さんとも同い年ですね」

驚いた。こんなに健気に微笑む青年が同い年なんて。俺もまっすぐに生きてきたはずなんだけどな。なんか最近老けた気がする。

「そうなんですね。なんか俺も驚きました」
「あ、それで…水谷さんがどうかしたんですか」
「、いや…ただ水谷にこの店紹介されて」
「わ!そうなんですか。ありがとうございます」

店員は本当に嬉しそうな笑みを顔いっぱいに広げて笑った。かわいい。ってかわいいって何だ俺。

「…ケーキ、買うことがないんで」
「はい」
「で、甥…四歳になるんですが、何喜びますかね」

どれも綺麗にデコレーションされている。個人経営の店なのだろう。広くはない店内に店員は一人。無論お菓子の男。

「四歳…ですか。ケーキも好みがありますからね。でも小さな子には…チョコレートなんかも人気ですね」
「チョコレート」

そういえば甥は板チョコをうまそうに頬張っていた気がする。で、義姉に「半分だけね」と言われてしょんぼりしていたような。

「じゃあチョコレートください」
「ありがとうございます。ホールで大丈夫ですか」
「…一人ってどれくらい食べますか」
「うーん…これですと八等分したらちょうどいいかなあ…」

俺は多分食べないだろうから…七等分かな。八人家族だし。七等分…ホールでいっか。

「ホールでお願いします」
「かしこまりました」

彼は綺麗な手をしていた。

「…ケーキ作りもするんですか?」
「しますね。朝は作ってます。この時間帯は売り子ですけど」
「そうなんですか」

この手からこんなに様々なケーキが作られている。なんか不思議な気持ちになった。白くて、俺みたいにゴツゴツしていなくて、滑らかな手。きちんと切り揃えられた爪。

「ではお会計を…」
「…甘くないのってありますか?」
「え?」
「…甘くない、ケーキって」

彼は少し驚いたみたいだった。その後ゆっくりと口を開く。

「…そうですね、比較的甘くないケーキは…このオレンジベースのシフォンなんかはどうですか」
「…お恥ずかしいことに、果物苦手なんすよ」
「す、みません…」
「いや、悪いのは俺なんで」

果物苦手とか、ビタミンの問題とか色々ダメなのはわかってるけど。

「じゃあ…ウチのガトーショコラなんかはビターで甘さは少ないです」
「ガトーショコラ…」
「自分が焼いたので…って関係ないですよね」

彼は顔を赤くして俯いた。ケーキ屋が似合う同い年の男は多くないだろう。ショーケースの向こう側にいる彼は、楽しそうだ。

「店員さんが作ったなら、それにします。ガトーショコラください」
「ホール…」
「は食べきれないんで1切れください」
「あはは、ありがとうございます」

店員が丁寧に箱詰めして、レジに金額を打った。でもその金額はホールの値段だけだった。

「あ、会計一緒で」
「いいんです。甘いの苦手なのに買ってくれた気持ちが嬉しくて」
「、」
「だから、受け取ってください」

俺は坊主頭をかきながら好意に甘えることとした。代金を払ってケーキを受け取り、店を後にする。

「是非また、来てくださいね」
「はい、また…来ます」
「ありがとうございました!!」

家に帰ると家族がケーキを絶賛した。ガトーショコラも本当にうまかった。これなら、また食べたい。お世辞でなく本当に。あの人が作ったから…というのもあるかもしれないけど。

「…」

口に程好い甘さが広がる度に、俺はあの人の笑顔を思い出していた。


***


「いらっしゃ…あ、巣山さん!!」
「え」
「この間水谷さんが来てくれて、名前教えてもらっちゃいました」

照れ臭そうに、彼は笑った。

「…家族がここのケーキに惚れちゃったんで。母の誕生日にまた…買いに来ました」
「ありがとうございます。今日はどうします?」
「…とりあえず、ガトーショコラください」
「!」
「この間、すっげーうまかったんで」
「…ありがとう、ございます」

また彼におすすめを聞いて買った。帰り際、俺は尋ねた。

「名前聞いてもいいすか」
「、栄口です」
「…栄口さん…また、来ます」
「今度は」
「?」
「いつ…誕生日あるんですか」

語尾が消えかけていたけれど、ちゃんと聞き取った。真っ赤な顔。こんなイチゴならうまいかも。何考えてんだ俺。

「来週辺り、栄口さんに会いに来ますよ」
「、」
「飯でも行きましょう」
「…はい!!」

クリームよりも甘くてスポンジよりふわふわで、フルーツより甘酸っぱい恋に落ちるのは、もう少し先のこと。



***
ユカ様よりリクエストの「社会人パロ巣栄」でした。
栄口くんのケーキ屋なら通いつめたいです。はあはあしちゃいます。


ユカ様、この度は素敵なリクエストありがとうございました!!
あまり甘くなくなってしまいましたが…というかラブラブな描写が少なくて。ご期待に添えられましたかどうか…
これからもよろしくお願いいたします!
ありがとうございました!!


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