いつも通りの夜遅い帰り道、イチノさんは俺が知らない曲を口ずさんだ。
隣で歩く俺はそんなイチノさんをぼんやり「珍しいな」だなんて感じた。普段自分をあまりさらけ出すことがない先輩だからだろうか。

聴いてみればそれは、最近よく放送で流れる曲だった。大して興味もないから聞き流していたけど、こうして聴いてみると思ったより奥が深いらしい。

「イチノさん」
「ん?」
「その歌好きなんですか」

そういえば今週の放送当番はイチノさんだったかも。

「ああ、好きだよ」

曲のことを言ったのに、まっすぐ目を見て柔らかい笑顔で言われたからついどきっとしてしまった。俺にもこんな風に言ってくれれば良いのに、だなんて思った。イチノさん照れ屋だから言わないけど。

「主人公が、叶わなかった想いごと新しい誰かに愛してもらうことで本当の愛を知るって曲なんだ」
「切ないですね」
「まあな」

イチノさんは少し寂しそうに笑った。

「もしかして」
「ん」
「叶わなかった想い、あるんですか」

イチノさんはキョトンとした顔をした後で困ったように笑った。え、なんでそこで笑うのイチノさん。

「俺がそんな綺麗な思い出あると思うか?」
「、え」
「ないよ大丈夫。こんな気持ちお前が初めてだ」
「イチノさん」

握っていた手に力を込める。

「むしろ逆だって」
「え?」
「…お前モテるだろ」
「いや、人並みだと思いますが」
「バカ言え、それが人並みなら俺は蟻んこだよ」

バシ、と背中を叩かれる。うわ、地味に痛い。

「お前に振られた子達のこと、考えてたんだよ」

お前が振る理由になってる男がいうセリフじゃないけど、なんか幸せになって欲しくて。

イチノさんはそっぽ向いて言った。

「幸せに?」
「…うまく言えないけど、俺お前のこと好きな人…憎めないんだよ」
「え」
「だって、お前の良さ分かってくれて。それで俺と同じように感じてんだろ」
「そりゃあ告白してくるってことはそうかもしれないですけど」
「だから、そう考えるんだよ」

もし俺が振られてそのまま幸せになれなかったら嫌だし。

「重ねてしまってんのかもな」
「俺がイチノさんを振るなんて考えらんないんですけど」
「だから例えだよ例え」

またバシッと叩かれる。あれ、さっきより痛くない。

「イチノさん優しいです」
「そんなんじゃねーよ」
「真面目ですよね」
「…心配性なだけだよ」

俺はイチノさんの唇にそっと自分のを乗せた。

「じゃあイチノさんはその子達の分もしっかり愛されなきゃですよね」
「…ほどほどに頼みます」

イチノさんと交差点でお別れして、一人になったら考えてしまった。
今こうしてイチノさんと一緒にいれることの幸せについて。すごくうれしくなってしまって、そして今まで振ってきた相手のことも考えた。

「、幸せになって欲しいな」

振った本人が言う言葉じゃないかもしれないけど、イチノさんの笑顔を見たらそう思えた。あの優しい人を選んだ俺は、誰よりも絶対に幸せにならなきゃいけないと。
そしてあの歌を小さく口ずさんだ。



END



***
15さんから六万打フリリク「何でもいいので沢イチ」でした。
内容的には女の子犠牲にして成り立っている自分たちは絶対に幸せにならなきゃバチが当たっちまうぜ。みたいな感じです。沢イチすごく好きなんですがこんな雰囲気は難しいですよね…BGM聴いていたらこのネタが舞い降りてきました。
リクエストありがとうございました!好き勝手書いてごめんなさい…
書き直し希望などございましたらお気軽にお願いします。



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