※切なめ
ラストに永遠の別れです







かつん、と小さな音が聞こえた。その音はだんだん大きくなっていって、そしてドアの向こうで止まった。足音だけで分かる存在は限られている。部屋に響くはノックの音と大好きな声。

「栄口。巣山だけど」

栄口はゆっくりと目を開けて、その声を耳の奥で大切に響かせた。
誰に呼ばれるでもなく、この人に名前を呼ばれることはどうしてこんなにも嬉しいのだろう。そう思って涙が出そうになった。
体を起こして深呼吸をし、ドアに向き直る。

「どうぞ」
「失礼します」

ガラガラ、と巣山は病室に足を踏み出した。窓の開いた病室は程よい冷気が広がっていて。巣山は、ふと息を洩らした。

「栄口今日は起きてたんだな。それとも起こした?」
「大丈夫だよ、昨日は寝ててごめんね」
「や、大丈夫。顔が見れればそれで良いから」
「毎日ありがとうね。起こしてくれても良かったのに」
「だって涎たらしながら幸せそうに寝てんの邪魔するわけにはいかねーじゃんよ」
「よ、涎なんかたらしてないって!!」
「はは、冗談だよ」

巣山は栄口の頭を撫でた。

「…栄口、体調はどう?」
「んーと、元気だよ。もうすぐ退院できるかも」
「そりゃ早いな」
「早いかな?」
「でももうすぐ退院できんなら大歓迎だ」

髪の毛をクシャクシャにかき回す。サラサラの髪の毛は変わらない。大好きな色も変わらない。
それなのに、栄口の体は確実に何かに蝕まれていた。
「不治の病」だと、医者は告げた。これからただ命が尽きるまで生き続けるだけしかできないと、そう言った。

「巣山の手、冷たいね」
「…うん、冷たい」
「冷たい手って、心が温かい象徴なんでしょ?」
「、」
「当たってる」

冷たくなんかなかった。
巣山の手は冷たくなんかなかったのだ。
ただ、栄口の体が熱によって熱くなっていただけで。巣山はその事実に気付かない振りをした。

「俺が優しいのは、栄口にだけだよ」
「そんなことないと思うけどな」
「そんなことあるよ」

愛しい人との別れが着実に近づいているのを、互いに知っていた。

「それはそれで、嬉しいなあ」
「だろ?」
「うん」

笑顔を、見逃さないように見つめる。仕草を、言葉の一字一句を、頭の中に刻んだ。

「栄口」
「なーに?」
「…や」

できるだけ名前を呼んでやりたいと巣山は思った。それはあまりにも繊細に響いて、胸が傷んだ。
呼べなくなるその日まで、何度も何度も呼ぼうと決めていたのだ。
その言葉は、その人の生きた証でもあるから。

栄口は柔らかく笑って外を見た。雨が降っている。

「最近雨やまないね」
「梅雨だからな」
「…早く晴れないかな」

医師と家族は、本人には病気を告げないと決めた。しかし栄口は気がついているように見えた。それは、何も言わずに受け入れている姿だった。

「決めた」
「ん?」
「次に晴れた日は、学校行くぞ」
「え?」
「この雨がやんだら、退院だ」

この雨がやんだら。

「…そしたら、グラウンド行っても良い?」
「当たり前だろ。まだ予選間に合うからな」
「ブランクきついなあ」
「なーに言ってんだ。俺らの二遊間は崩せないだろ。皆でセカンド空けて待ってんだから」

夏までまだ時間あるから大丈夫だよ。

巣山は言い聞かせるように言った。栄口に、そして…そう信じていたいと願う自分に。

「…夏か」
「夏だ」
「…うん、帰るね」

太陽が顔を出したら、皆の元へ帰る。

栄口はそう言って太陽みたいに笑った。

「太陽の下で待ってるな」
「うん」

巣山は優しく、キスを落とした。

このまま時が止まってしまえば良いと思った。
もっともっと愛したいと、もっともっと一緒にいたいと、そう思った。

二人はずっと一緒だってことは幻だと思いたくなんてなかった。






「おかえり」

ようやく晴れた日、栄口は退院することになる。
しかし向かったのはグラウンドではなくて、もっと広くて熱い太陽が輝く空だった。



END



***
匿名様より六万打フリリク「病弱な栄口と毎日病室に通う巣山で切なめ」でした。
初めてな雰囲気だったので戸惑いながらの挑戦だったのですが…二人の綺麗で眩しい気持ちを表すためにラストをこのような形にさせて頂きました。
書き直し希望などございましたらお申し付けくださいませ。
リクエストありがとうございました!!


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