ハジメテ

___



「ん、っしょ」

西浦の理科室の黒板は、上の方になかなか手が届かない。
女子は椅子を使って消しているし。
俺は男子だし…何となく椅子は使いたくないんだけど。
こんな構造不便だと思うんだけどなあ。

「理科の先生長身だからって一番上まで書いてるし…」

よいしょと背伸びをして腕も思い切り伸ばすけど届かない。
でも今日の日直としてちゃんと消さなきゃいけない。
見栄はらないで椅子使おうかな、と考えていると、ぷるぷると震える手から重みが消えた。

「あ」
「急がねーと、次体育だぞ」

巣山が替わってくれていた。
坊主頭はさらさらと黒板を消していく。
良いなあ、と思った。
そして、誇らしくもあった。

さりげない優しさ、爽やかな笑顔。
ドキッとする格好良い声や仕草。
お洒落で頭が良くて…
そんな巣山が、俺の恋人だなんて。
まだ付き合って一週間。
片想いだった時よりドキドキが増えて、心臓が壊れそう。

「はい終わり」
「有難う巣山!」

俺は黒板消しを受け取る。

「良いって」
「巣山身長高くて良いね。花井とかも…」
「花井?」
「うん、花井身長高いじゃん」
「っ」
「花井みたいになれたらなあ…」

花井もしっかりしてる。
主将だし、優しいし。
そしたら、巣山に釣り合うかもしれない。

「…栄口は」
「ん?」
「…誰が、好きなの?」
「っえ、」

いつもより低い声。
普段は低くても温かい声だった。
でも今は、冷たい声…

「す、や」
「栄口は、俺より…花井が好きなんだな」
「え」

冗談だと思った。
冗談で言っているんだと思った。
でも、顔を見ると口元は上がっているのに目は笑っていなくて。
巣山のこんな怖い顔見るのは初めてで。
こんなに怖い雰囲気なのも初めてで。
俺は背中が強張るのを感じた。

「おーい巣山、栄口ー。体育だから急げよー」
「おう、今行く」
「っ、うんっ」

クラスメイトの一言に俺と巣山は黒板から離れる。
いつもなら並んで歩いてくれるのに、巣山は俺の二歩先を歩いた。

「なあ栄口〜今日の体育、テニスペア組もうぜ〜!!」
「え」
「駄目だって。栄口には巣山がいんだろ」
「あ、そっか〜」

クラスメイトの言葉に嫌な予感を覚え、ばっと前を向く。

「なあ、今日ペア組もうぜ。」
「え、栄口は良いの?」
「たまには良いじゃん」

心が、打ちひしがれた。
崩れ落ちる音がする。

「なあ、栄口…巣山ああ言ってるけど。」
「…巣山が良いなら、良いんじゃない」
「え」

巣山がそういうつもりなら、俺だって知らないよ!
もう巣山なんて知らない。
好きにすれば良いんだ!!

俺達は距離をおいたまま着替えを済ませて体育館へと向かった。
テニスコートへ入り、準備を始める。

「じゃあペアで打ち合ってー」
「「「うーし」」」

パコーン、パコーン、と気持ちの良い音が響く。
体育は好きだ。
野球以外の運動も楽しい。
部活じゃないって所も魅力だと思う。

「っ、はあ…」

試合も始まって、走り回る。
最初は元気だった俺も、だんだん息が上がってきた。
そういえば今朝寝坊して朝食抜いてきたなあ…
あ、そういえば水分も採ってない…
朝練は気合で乗り越えたけど、さっきのショックもあってかクラクラしてきた。
あ、れ……


***


「ああ、気が付いた?」

目を覚ますと真っ白な世界と独特な匂い。
そして、白衣の先生。

「ほ、けん…し、つ?」
「そうよ。貴方日射病になったのよ?」
「え」
「朝食も水分も採ってないんでしょう?体に悪いわ」
「…すみ、ません…」

俺はむくりと起き上がる。

「あ、そういえば…誰がここまで運んでくれたんですか。」
「ああ、坊主の子よ。名前聞いたら“良いです。宜しくお願いします。”なんて」
「え」
「貴方のことお姫様だっこしてダッシュで運んできたのよ」

一人の笑顔が、浮かんだ。
俺は軽い食事と水分を採って教室に戻る。
既に体育は終わっていた。
そして、教室に入り最初に口にした言葉は、名前は、

「す、やま!!」
「、」
「保健室…有難う」
「…」
「それ、から…」
「「御免」」

重なった言葉に顔を見合わせる。
そして、二人で笑いを零した。

「御免な栄口…まだ一週間なのに、俺嫉妬深いよな」
「俺こそ軽はずみな発言して…腹立つよな、違う奴の話ばっかしたから」
「いや、俺の心が狭かっただけだよ」
「!そんなこと…」

『喧嘩で二人の愛は問われる』

この間何かの番組でそんなこと誰かが言っていたけど。
俺達の場合は、合格…だよね?
これからもこうやって、確かめていきたいと思う。
そして、ちゃんと「御免」って言い合いたいな。



END



***
匿名様より、四万打フリリク「巣栄初喧嘩ネタ」です!
楽しかったです^^
有難うございました!!



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