「あ、巣山愛妻弁当か?」
職場のデスクで弁当を広げると、傍を通った課長に覗き込まれた。
「愛妻って…」
「うお、可愛い弁当だな。おにぎり色んな形じゃん」
「…はい」
栄口は自慢の奥さんだといつも感じる。
首に鎖で繋がれたお揃いの指輪が少しだけくすぐったく感じた。
「俺なんか毎日ラーメンだぞ」
「ラーメン良いじゃないですか、今度ご馳走してください」
「これ、あれば十分だろ」
カラカラ笑いながら課長は外へと出て行った。
ああそうか、今からラーメン食べに行くんだ。
俺は寂しい背中を見送りながら昼食タイムに入った。
「巣山君のお弁当っていつもおにぎりだけよね」
隣のデスクで弁当を広げる山下さん。
倦怠期とかの会話でややこしくなったけれど、悪い人ではない。
「いけませんか」
「見て、これ」
「え」
「私が毎朝作ってるのよ」
見せ付けられたのは綺麗にきっちりと詰められた山下さんの弁当。
具も豊富で凄く美味しそうだ。
彩りも綺麗で食べてみたいとさえ思ってしまう自分がいた。
「これが愛妻弁当よ」
「あ、旦那さんにも作っているんですか」
「そうよ、悪い?」
「…いや」
倦怠期はどこに行ったんだと思ったけど俺は口を噤む。
「私の旦那が結構食事にうるさい人でね。おかげで料理上達したんだけど…」
「はあ」
「巣山君、甘やかしてるんじゃない?彼女のこと」
甘やかしている?
俺が?
確かに今までも阿部とかに言われたことはあったけれど、そんなこと思ったことは無かった。
「彼氏が良いって言うと安心しちゃうんじゃないかしら。あ、このままで良いんじゃないかって」
「え」
「まあ、よそはよそ、うちはうちだけどね」
またややこしいことになりそうだったから、俺は席を立って会議室で食べることにした。
ああ、また頭の中で山下さんの声が繰り返されている…
***
「…栄口」
「どうしたの?」
空の弁当箱を洗いながら、隣でキャベツを刻む栄口の名前を呼ぶ。
「今日のお弁当まずかった?」
「いや、可愛かったし美味しかったけど…」
「わ、ありがと」
「…あのさ、なんでいつも弁当おにぎりだけなの?」
時間がある時、たまに栄口が愛妻弁当(と言っても大丈夫だよな?)を作ってくれるのは本当に嬉しいし有り難い。
野球ボールや俺(坊主)に見立てた形のおにぎりとか本当に上手いし美味い。
さすが器用だな…なんて感心はするけれど、いつも中身はおにぎりだけ。
前日作った晩御飯のご馳走が余っていたら入っていたこともあったけど、働き盛りの男二人で暮らしていると「作りすぎかな」と思っても結局胃袋に収まってしまう。
だから大抵は弁当の中身はおにぎりだけ。
「何か焼いてる音とかはするんだけど…」
ただ、その“何か”が弁当箱の中には入っていない。
「…知りたいの?」
「うん、知りたい。」
「…恥ずかしいなあ」
今のままでも十分なんだけど、どうしても気になった。
「弁当になるとさ、失敗しちゃうんだ」
「え」
「普段はちゃんとできることも、人前で巣山がこれを食べるんだって思うと妙に緊張しちゃって。結局おにぎりしかいつも入れられない」
「…栄口」
俺は栄口の額に唇を落とす。
栄口は嬉しそうに微笑んだ。
「でも、いつか克服して美味しいお弁当作ってあげるね!!」
おにぎりだけでも嬉しいし、美味しいから大丈夫。
そう言おうとしたけど山下さんの言葉が蘇ってきて。
そして栄口の笑顔が凄く可愛かったから俺は黙って頷いた。
「頑張るからね」
「ありがとな」
「ううん、俺がしたいだけだから」
「今度俺も作るよ、弁当」
「巣山料理上手いから楽しみ!」
そう言いながら抱きついてきた恋人の体を、離れないようにぎゅっと抱き締めた。
END
***
要するにらぶらぶな巣栄が書きたかったんです…笑