「ねえ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって!」
今日は街へお忍びデートだ。いつも帽子を被っている翔ちゃんは、逆に帽子をとってサングラスをかけている。いかにも芸能人っぽいんだけど、本当に大丈夫なのだろうか。
「そんなこと心配してちゃ楽しめないだろ?久しぶりのデートなんだから余計なこと考えんなって」
「…はーい」
ま、翔ちゃんがいいっていうならいっか。確かに今日は久しぶりのデートだし、わたしもずっとこの日を楽しみにしてた。1ヶ月前から何着てこうかとかネイルはどうしようとか、兎に角ずっとこの日を考えていたのだ。
「あ、此処入ろうぜ!」
「ち、ちょっと!」
ぐいっと腕を引っ張られて入ったのはいかにも女性が好みそうな店内の、服のお店だ。確かに翔ちゃんの身長なら着れる服も沢山あるだろうし、翔ちゃんはお洒落だから女性のも着ちゃうぜ!ってことなんだろうか。
「んー、これとかどうだ?」
「?」
なかなか状況を飲み込めずにいると、さっと取ったワンピースをわたしに当ててきた。
「えっ、わたしが着るの!?」
「当たり前だろ?俺がワンピース着ると思うのか?」
「…着てたじゃん、翔子ちゃん」
「あれは、仕方なくだ、仕方なく!」
「翔ちゃん声大きい」
突然店内で声を荒げた翔ちゃんを制した。ほら、あそこで店員さんが睨みをきかせてる。それに翔ちゃんが喋るだけでバレるかもしれないっていうのに。
「とりあえずそれ、着てこいよ」
「ええー、いいよ」
「いいから!あとこれも!」
そうしてわたしは試着室に押し込まれてしまった。試着室に入ったからには着替えてみなきゃいけないじゃないか。
鏡に映った自分を見る。翔ちゃんお洒落さんすぎるよ、何で女子のファッションまで完璧なの。
「着替えたかー?」
「うん」
カーテンを開けると仁王立ちでついでに腕組んで翔ちゃんが立ってた。
「やっぱり似合うな!」
「そう?」
「何だよ、俺を疑うのかよ」
「そうじゃないけど」
「じゃあそれ買うから脱いで」
「え、いいよ!」
「良くない。そんなに似合うのに買わないなんてありえねぇよ」
そこまで言われたら従うしかなくて結局わたしは着てきた服に着替え、翔ちゃんが会計を済ませた。さっきまで睨んでいた店員さんも、買い物したから営業スマイルに戻ってる。
「ありがとう」
「俺は、このくらいしかできないから」
「何が?」
「俺は、つばさにこのくらいのことしかしてあげられないから」
「何言ってんの。翔ちゃんがいるだけでわたしは幸せなのに」
「デートだってなかなかできないし」
「でもちゃんと帰ってきてくれる。だからこんなことしかできないなんて、言わないで」
繋いだ手に力を込める。翔ちゃんが「こんなことしか」って思っても、わたしにとっては「一緒にいてくれるだけじゃなくて、こんなこともしてくれる」ってちゃんと、伝わるように。
「わたしに何もしてやれてないとか思わないで。わたしはきらきらしてる翔ちゃんがいるだけで十分なの」
ね?と声をかけるとぎゅっと抱きしめてきて翔ちゃんの香りがふわっと香った。でもこんな余韻に浸っていちゃ、駄目だ。どこで誰が見てるか、わかんないから。
「翔ちゃん、まずいよ」
「大丈夫」
「こんな街中で、」
「どんなことがあっても、俺はつばさを守るから」
そんなこと言われたら、黙らずにいられないじゃないか。これも確信犯なのか、そうじゃないのか。
気付けば翔ちゃんから離されていた。
「ね、ね、それほんと?」
「当たり前だろ。んなことで嘘付かねぇよ」
「ありがと!」
翔ちゃんの腕に自分のを絡めて、幸せに浸る。2人で一緒にいられる、ごく少ない幸せの時間。
「あ、あれ、翔じゃない!?」
「え!?どこどこ!?」
「つばさ、走るぞ」
まずい、反射的に緩めた腕を掴んで翔ちゃんは駆けだした。「あ、どっか行っちゃった」「えー見たかった」まだすぐ近くでファンと思しき声がする。体力のある翔ちゃんに置いてかれないように、出来るだけ、出来るだけ速く足を動かす。束の間の幸せは砕け散ってわたしの襲うのは不安感と恐怖心。必然的に鼓動も速くなる。
「大丈夫」
前にいる後ろ頭から声が降ってくる。
「俺が守るから」
130502
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碧子様より頂きました!