「しーーーーずーーーーおーーーーー」
今日もだ。
高校に入ってからつきまとう女に俺は溜め息を吐く。
俺に構う時点で変な奴だと思う。
確か、高校二年になって進路が薄く見え始めた頃に不安で不安だった(高二病というらしい、あれは病気だったのか)俺が屋上で進路調査書を眺めていた時だった。
空は本当に嫌なくらい晴れていて、それを背景ににこりと笑った同い年ぐらいの少女がそれをむしゃりと食べた。
俺は驚いた。
面識の無い人間が唐突に自分の手から紙を食べたら、誰でもびっくりするだろう。
俺だって心は普通の高校生だ。
しかもそいつは咀嚼して飲み込むと「悩みを食べてあげたんだから、友達になろう!」と来たもんだ。
女じゃねぇ。
こいつは何か…新しいヤギとか、そういう奴だ。
「静雄、その唐揚げ食べても良い?」
「誰がやるか」
「けちーーーー、平和島家の唐揚げってあんかけになってて美味しそうだよね。
お母さん、料理上手だね。
ご飯50杯はおかわりできるね!育ち盛りだもん!」
「普通じゃないのか?これ。
つか俺でもそんなに食わねぇよ…一人で盛ってろ」
「えー、お弁当にあんかけって難しいんだよ。
ほら、水吸って衣がべちゃべちゃになっちゃうでしょ?
あと静雄はちゃんとご飯食べないと!」
「へぇー…(意味わかんねー…)」
こうして昼休みになるとヤギ女はにこにこと俺の隣にやってくる。
肩の下で切りそろえられた髪がさらさらと動きに合わせて揺れるのを目で追いつつ、あまりにも食べたそうな顔をしていたので唐揚げをひとつ箸でぶっ刺してヤギ女の顔の前に持って行くとぱくりと、あの日と同じように食べた。
「おいひい〜…、幸せだなぁしあわせ〜」
ほくほくと本当に幸せそうに微笑むヤギ女につられて俺も顔が緩む。
慌てて眉間に力を入れると、ヤギ女は自分の弁当に入っていたミートボールをフォークでさして俺の前に差し出す。
「はい、静雄っ」
もしかして、これを食えということだろうか。
眉間に皺を目一杯寄せて、馬鹿か、と吐き捨てながらポップな色をしたプラスチックフォークを奪ってそれを食べる。
咀嚼すると甘いタレが口いっぱいに広がった。
ヤギ女の弁当箱にフォークをカランと投げ入れると、そんな横暴な態度を気にしてないのか再び弁当を食べ出す。
プチトマトをさせなくて落としたり、米の最後の一粒までしっかり食べようと奮闘したり。
「(……忙しい奴だな)」
こんな奴だから勿論、新羅や門田なんかとも話す。
そういう時に感じるいらっとした感情や、思わずやってしまう所詮八つ当たりというやつに俺は気付きたくないまま高校二年が終わろうとしていた。
ヤギ女の名前が鶴原 つばさだと知ったのは出会ってから半年近く経った全校朝礼だ。
新羅が面白いものが見れるよ、と前日から言う物だから約一年ぶりに無理矢理参加させられ俺は壇上の校長を何の感情もなく眺める。
だが舞台袖に見知った顔があることに気付き俺の内心は混乱した。
のんびりと話す校長に手招きされたヤギ女こと鶴原は、てとてとと校長の隣に立つ。
目をいっぱいに見開いた俺と視線が合って、鶴原は小さくスカートの影で手を振ってきた。
小学生の授業参観で親に手を振る我が子を見る気分だ。畜生。
顔をそむけると鶴原はあからさまにがっかりして、今にも泣きそうだった。
泣くな、やめてくれ。
「鶴原 つばささんは今年、関東選抜テニス大会の個人の部で見事優勝しました。
そして今年で三年連続の快挙となりました。
特別な何かとは言いません。
皆さんもスポーツ、勉強、交友関係にと充実した高校生活を…」
「おい、新羅。
今あのマトリョーシカなんつった?」
「静雄…、確かに福永校長はマトリョーシカみたいな体型だけど明らかに失礼だよ。
だから言ったろ?面白いものが見れるって」
「いや…、だから」
「ちなみに鶴原さんはうちの学校の広告塔みたいなもんだよ。
ほら、僕たちが入学するときのパンフレットにも載ってたし」
「は?」
「……、もしかしてパンフも見ずに受けたの?」
「ヤギ女が年上ッ?!」
叫んだ俺は全校生徒の注目を浴びる事になる。
もう忘れたい。
その日の昼休みに鶴原に問いつめると、俺のことを勧誘してこいと言われて進路調査書を食べたらしい。
嘘だろう。
学生証も見せてくれた。
3年だった。
嘘だと言ってくれ。
「だって静雄ってば運動神経よさそうだし…殺人サーーーブ!みたいな」
ラケット壊れちゃうかなぁ、お金かかるね、と鶴原は無邪気に笑う。
話ながら拳を握りしめるものだから鶴原の飲んでいた緑茶が噴水になった。
慌てた鶴原に今更もう年上扱いなんて出来る訳無く、「馬鹿か」と舌打ちをしてその手からお茶のパックを奪いとる。
「やだやだ、」とスカートをばさりばさりとする鶴原に新羅が「スカートの色も濃いしお茶なら平気なんじゃない?今日の天気なら乾くよ」と笑う。
「そうかなぁ」
「……簡単な奴だな」
ストローに口をつけて、そのままお茶を飲んでやった。
目をまんまるにした鶴原にざまぁみろと笑うと、みるみるうちにそのぱっちりした目の縁に涙が溜まった。
擬音にして「ぷわぁ」だ。
本当にジブリのアニメみたいに顔を真っ赤して涙をポロリと流した。
対象に真っ青になる俺。どうする。
「お、おい、ちょっと飲んだくらいで泣くなよ」
「か、…」
「か?」
「間接キスだぁ」
えへへ、と笑われて、今度は無性に顔が熱くなった。
ああ、これが恋の音ってやつか。
「…、バッカってんじゃねぇぇぇええ!!」
「あ、緑茶がパーンした!」
いいんですよ、いいんですよ、
あなたが愛した人ならば
(110324)
「ねぇ門田くん」
「どうした?平和でいいと俺は思うぞ」
「うん、僕も応援するけどさ…とりあえずパンフの写真切り抜いたりしようかなぁ」
「…骨の一本は覚悟しとけよ」
「卒業式に静雄泣くんだろうなぁ」
bgm:RADWIMPS いいんですか?
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アロワナ/中田さんより頂きました!
私、間宮をイメージして書いてくださったものです!
うへへ、顔が綻びます^ ^
中田さんありがとう!!