ジリジリと暑い日差しが照りつける。さて、今年も夏が来た……のだが。


「ほっ、ほんとに行くのっ?」

「何言ってんだ。ここまで来たんだから行くに決まってんだろ」

「でっでも心の準備がっ」

「そんなん一ヶ月前から言ってた話だ、できてんだろ」


言葉の綱引きをしている二人組。
それは紛れもなく私で、その相手がその…私の婚約者の侘助さんなんです…。


「侘助さんもうちょっと優しく…」

「俺はいつもお前にだけ優しいだろ。馬鹿言ってんな」

「そっそんなこと言われても今はトキメキとかそんな余裕ない!」


ちょっとキュンとしたけど、今はそれに騙されないぞと気合を入れる。


「シシシッ。まぁなんたって今日は婚約者として連れて来たんだからな」


そう。
私が今日連れてこられたのは長野の上田にある陣内家。
婚約者として正式に挨拶にきたってことで。


「またそーゆーこと言う!緊張してるのに!」


陣内家の大きい門を前に足が竦んでます…。


「いいんだよ、鈍臭いとこも可愛いところだからアピールしてやれ」

「やだよバカッ!」


侘助さんはそんな私を置いてスタスタ進んで行く。やだ、置いていかないでよバカ助。




「侘助おじさーん!」

「……夏希」

「えっ」


玄関の近くまでやってきたとき、いきなり侘助さんを呼ぶ声が聞こえたかと思えば、侘助さんに抱きつく女の子。
誰っ、えっ、もしかして二股?!
いやでも侘助さんのことおじさんって…。


「来てくれないかと思った!」

「今日は大事な日だからな」

「やっぱ栄おばあちゃんが好きなんだね!えへへ」

「いいから。夏希、つばさに部屋案内してやってくれ」

「つばささん??…………!」

「っ?」


私を見つけた瞬間目を見開いた。
えっ、何こわい…。
何かしたかな…。


「きっ……」

「き?」

「きれい…」

「え」

「しかもあたしより…」


その子は自分の胸を見て落ち込んでいる。


「あの…」
「負けた……」
「は?」
「あたしに勝ち目がないのがすごく分かった…」
「あの…」
「おじさんがあたしに見向きもしないのがわかったわ…!」
「いやあのだから…」
「夏希、いいから部屋案内してやれ」
「はーい…」
「えっ私が悪いのっ?!」
「どうぞ、こっちです」
「あ、はい」


広い。とにかく広い。
侘助さんから広いとは聞いていたけど、ここまで広いとは思わなかった…。


「ふふっ」

「…?」

「ここに来るのは初めてですか?」

「えっ、あっ、はい…。ごめんなさい、きょろきょろしちゃって…」

「全然。むしろあたしはつばささんに興味があります!」

「えっ」


あれから色々と夏希ちゃんに質問攻めされ、部屋についたわけだが…。


「どどどどうすればいいんだろうっ」


部屋に着いてからのご指示というか、どうすればいいのか全くわからない。
かと言って、歩き回ったならきっと瞬殺で迷子の道へとドボン、だ。


「お、大人しくしてようかな…」

「つばさ、いるか?」


そう決心した矢先、救いの神のように侘助さんが現れた。よかった、来てくれて。


「あっ、いますっ!」

「夏希の奴、なんか失礼なこと言ってなかったか?」

「あっ、うん、特になにも!」

「じゃあ…ばあちゃんとこ、いくか」

「……うん」


侘助さんのおばあちゃん、栄おばあちゃんは、去年帰らぬ人となった。侘助さんも突然のことで驚いたんだろう。アメリカに帰ってきてラブマシーンの騒動で記者やマスコミが目まぐるしい中、警察から帰ってきた途端「婚約者なんだし、挨拶くらいな…」とぼやいていた。
そして先月告げられたのは、もうこの世にはいないおばあちゃんに挨拶に行くぞ、とその一言。

「今回は仏壇で許してくれ。今は墓まで行く覚悟がまだ無いんだ」

侘助さんは、自分が許せないんだと思う。
そんな侘助さんの支えになれるのかな。




「ばあちゃん、だ」


連れてこられたのは広くて且つ生活感のある部屋。そうか、もしかしたら栄おばあちゃんが生きてた頃のままにしておいているのかもしれない。鼻を掠める朝顔の匂い。おばあちゃんが目の前にいる気がした。
仏壇の前に正座をし、気を引き締める。


「……初めまして。侘助さんの、その…婚約者、の…鶴原つばさといいます。直接ご挨拶出来ないことがとても心苦しいです。」

「…ばあちゃん遅れてごめんな」

「侘助さん…」


侘助さんが消え入りそうな声を絞り出すように発する。不意に侘助さんが横にいる私の手を握った。


「おれ…ばあちゃんならいつまでもピンピンで生きてると思ってた。だからあの時あんなこと言っちまって家まででちまった。すごく後悔した。俺、ばあちゃんとまともな話できてねーなって。あんなにばあちゃんに楯突いて孝行なんか全然できてない俺に、聞いてよ、大切な人が出来たんだ」

「っ……」

「こいつだけは絶対離したくないんだ。…大切なばあちゃんを、俺の軽はずみな考えで起こした行動で失って、俺…俺………こいつだけは絶対に護ってやる。傍にいる。失いたく…ない」

「わ、びすけ…さ、ん」


私の手を握る侘助さんの手が震えているのが伝わってくる。
侘助さんも、一人で抱えて一人で戦ってきたんだ。



「…私、鶴原つばさは、侘助さんを片時も離れず、辛いときも楽しいときも寄り添って生き続けます。侘助さんの最期まで大切な人で在りたいです。侘助さんと結婚、いたします。…支えになれるよう努力します。幸せを今までの何倍にもして捧げます。……よろしく、お願い致します」


精一杯の言葉だった。
自分でも何がいいたいのか、何を伝えたいのかが分からないくらい想いでいっぱいだった。


「…ありがとう、つばさ」

「侘助さんが好きだから当然だよ。何も礼を言われることなんて言ってない」

「違う。生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとう、」

「………うん、私も同じ」


二人照れながら笑ながら、自然とお互いに額をくっつけた。そのたった小さく接した部分が、とても暖かかった。
これが、小さな小さな幸せで。大きな大きな幸せ。


侘助さん、だいすき。




−−−−−
侘助さん夢、婚約者を連れてくるというリクエストでした!
長くなったので、陣内家全員に挨拶するところは書きませんでした。
後ほどお時間あるときにでも書かせていただきたいと思います。

今回は間宮の特徴であるギャグテンポがあまりない代わりに、シリアスとまではいかない、しんみりとした雰囲気をいれてみました!

20130920

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