「そろそろ帰ろうか」


空がオレンジに染まり始めた午後5時過ぎ、佳主馬は海を眺めながらそう言った。辺りを見渡せば、昼間いたカップルや家族連れは誰一人としていない。妙に寂しい気持ちになるのは何故だろう。遊び疲れてぼうっとした頭では何も分からず、荷物を手に海の家のシャワールームへ足を進めた。



***



「あと5分でバス来るよ」

「んー」


さっきのよく分からない感情はいつの間にか消え去って、次いで私を襲ったのは眠気だった。バスを待つこの時間でさえ、立ったまま寝てしまいそうなくらい眠い。佳主馬は「立ったまま寝るな」とか「バス来るまで我慢しろ」とか言ってる。佳主馬もあんだけ遊んだのに眠くないのかな。私はもう寝てしまいそうだよ。


「名前」

「…うん?」

「よだれ」

「えっ!?」


急いで口許を拭ってみる。けれど、なんの違和感もない。うわぁ騙された。おかげで眠気はどこかに旅立ってしまって、恨めしく佳主馬を見ると一言、「嘘だよ」と馬鹿にしたような顔。仕返しにでこぴんをしようと構えたらパァンとクラクションの音に振り向く。仕方ない、でこぴんは帰ってからにしてやろう。


「窓側でもいい?」

「いいよ」


乗り込んだバスは外の暑さと違って冷房が効いている。あー、涼しいな。ぼんやりと頬杖を付きながらオレンジ色に染まる海を眺めていたら、窓に映る佳主馬と目が合った。


「なぁに?」

「…海、綺麗だなって」

「……佳主馬から綺麗って言葉が出てくるなんて」

「馬鹿にしすぎ」

「んがっ!」

「変な顔。あと色気ないね」


そう言うなら摘ままないでほしいんですけど、佳主馬さん。地味に痛いよ。
ガタンガタンとまるで電車のように揺れるバスがどうにも心地よくなってきて、鼻を摩りながら大きくあくびをした。旅に出ていた眠気が帰ってきたらしい。家の近くのバス停までまだまだ距離あるし、どうせなら寝てしまいたいんだけどどうしよう。


「寝ていいよ」

「え、いいの?」

「バス待ってる間、立ちながら寝そうだったじゃん」

「それは…そうだけど」

「いいから、ほら」

「わっ」


肩に伸びた腕は案外男らしくて、佳主馬も男なんだなぁと考えさせられた。今だけなら、甘えてもいいよね。佳主馬の肩に頭を預け、目を閉じる。バスを待ってる時ほど眠くはなかったけど意外と早く眠気が襲ってきたからそのまま意識を手放した。佳主馬も眠そうだったのに私だけ寝ちゃって悪いなぁ、なんて罪悪感を抱きながら。



****
春、ですね…ハハハ…(白目)
夕暮れの海ってなんだか寂しさを感じるなぁと思って書きました。もしかしたら私だけかもしれないけど。
それじゃあ次は碧子さんです!バトゥーンターッチ!

20130211 青谷



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