震える手で君に触れた夜








改めて考えてみたけれど、

鹿野さんは組でかなりの有力者
そんな人の部屋に行くのって、かなりやばいことなのではないのか。


入ってきたときも部下が2人ついていたんだから、俺みたいなどこの馬の骨かわからない奴が行ったところで・・・。


しかも、ヤクザの・・・。




一瞬血の気が引きそうになったが、仕事終わりの俺、私服に着替えエレベーターに乗った。
同僚にはもちろん不審がられた。

けど適当に言い訳をして逃げた。



もう、ここまで来たからには、引き返せない。




鹿野さんが泊まっている階で降りる。
45階。
夜景とか、すごいことになっていそう。



エレベーターを降りると、黒スーツの強面さんが部屋の前に立っていた。


こちらをジロリと見てきたので慌てて頭を下げる。



「あの、久保です。鹿野さんに呼ばれて来ました。」



こ、怖い…。


ビクビクしながら、そういうと、黒スーツさんに「お待ちしてました。」と言われた。
良かった、ボコボコにはされないようだ。



「鹿野さんは…。」

「部屋でお休みになられてますよ。」


ヤクザの集会は終わったのか…。

黒スーツさんが扉をノックしてるのを後ろで見守る。
再び心臓がドキドキし始めたので大きく深呼吸をした。



「久保?」


ガチャリ、と開けられたドアから出てきたのは鹿野さん。

そんでもって俺の名前を第一声で呼ばれてちょっと嬉しい俺。気持ち悪いな。




「つかお前いつまでこのドアの前にいるつもりなの」

「…朝までです。」

「もういなくていいわ。久保、おいで。」



ドアの隙間から腕を引かれて無理矢理中にいれらる俺。
さっきの黒スーツさんはかなり戸惑っていた様子だったが、ドアを閉められて最後まで見れなかった。





「し、鹿野さん、いいんですか…。」

「いいんだよ。いられる方が迷惑」


そう言って、部屋の中へと進んでいく鹿野さん。
何か仕事でもしていたのか、テーブルの上には書類と以前よく見ていたノーパソがあった。


ここで仕事をしているけれど、客としてスイートルームなんて入ったことない俺は、その室内にただただ感動した。



入って、さらに奥にもう一部屋のベッドルームがある。
家具もいちいち綺麗だし…。
すごいな…。



「鹿野さん、もしかして忙しかったですか?」


「いや、全然。」



俺に気を遣わせないためか、テーブルの上の物を片付けし始めた鹿野さん。

そして、ソファに腰掛けて俺にもう一つのソファに座るよう言った。




「何か飲みたかったら言いな。つか飯まだだろお前」

「いえ・・・。それは、大丈夫です。それより、」


言いたいことが、たくさんある。

俺の言葉に、顔をこちらに向けた鹿野さん。真面目な態度の鹿野さんは慣れない。



「・・・どうして、直接、お別れしてくれなかったんですか。」



初めに鹿野さんに伝えたことは、これだった。
やっぱり、一番心残りがあったのかもしれない。



「俺、本当、やるせ無かったです。残ったのは別れの紙と文字だけ。しかも札束。喧嘩売ってるんですか。」


「…久保・・・。」



いつのまにか握りしめていた拳
少し表情が崩れた鹿野さんに、目がいくがそれでも喋るのはやめなかった。


「あのお金、おれに対しての御礼のつもりなんですか。俺があれで喜ぶとでも思ってましたか。」


「思ってねえよ。全然、思ってない。…でも、それが一番妥当だろ」


後半、鹿野さんが疎ましそうにそう言った。お金が汚いものと知っている人の顔。

完全に俺は拗ねてる子供だと気付き、何も言えなくて俯く。

俺が嫌がると知っていてそれでもお金を残してったのは、何かしら彼の意図があったのかもしれない。



「もうお前とはあれで最後のつもりだった。」



その言葉が一気に俺をどん底に突き落とした

鹿野さんから、改めて言われるとショック度が違う




今声を出すと確実に動揺が隠せないだろうから黙っていると、鹿野さんが話を続けた



「久保も、もうわかったろ。俺が表社会の人間じゃないってこと。」


小さく頷いた。
今でも信じられないけど。
実感がない。


「だからあれっきりにしようと思った。お前に迷惑もかけまくったし。」


「・・・それは俺が好きでやろうとしたことで、」


「それでも、それ以上迷惑はかけられなかった。」


「・・・。」


鹿野さんの強めの口調に顔をあげる
真剣な表情。

・・・この人は、俺を大切だと思ってくれてたって勘違いしそうになる。



「俺が予想外だったのが、このホテルに泊まるってことになったのと、まさか俺の本職知ったのに、軽蔑しないで俺のとこに来てくれたお前に驚いた。」



軽蔑?
俺が、鹿野さんを?


「し、しないですよ!」

「なんで?」


な、なんで・・・?

だって、当たり前じゃないか。
俺は鹿野さんの事を知っている。

グータラで、適当な人だったけれど、優しい人だって。

だから、たとえ鹿野さんが裏社会の人だとしたって軽蔑はしない。



「改めて、お前って根からの良い奴なんだなって知った」


ふと見せた、またあの悲しげな表情

どうしてそんな顔をするのかわからない。



「俺、嫌ですよ、また鹿野さんとお別れしちゃうの」



その表情に、あの時を思い出して慌てて口に出した。

気づいたら立ち上がっているほどの必死さ。



だけど、黙ったまま俯いてる鹿野さんは何を考えているかわからない。



また、お前に迷惑かけるからとか言うつもりなんだろうか。



そんな事、ないのに。




「鹿野さんのお仕事がどれだけ怖いもので危ないものかはわかりません。でも、だからといって、鹿野さんと他人になってしまう事の方が俺にとって一番怖い。」


震えそうな声でそう言った。


俺の言葉にゆっくり口を開く鹿野さん。



「んな訳あるか。俺と一緒にいない方がずっと安全でなんも怖くねえよ」



どこか自嘲気味の声色。
どうして信じてくれない。

俺が根っからの良い奴だからか。
怖いもの知らずの馬鹿だからか。



「・・・好きなんです、鹿野さんが。」




堪らなくなって、そう呟いた。



目を大きく見開いた鹿野さん




「俺、鹿野さんがいなくなって、本当寂しかったんです。鹿野さんのいない日がこんなに空っぽなものだとわからなかった。でも今日会ってみて、鹿野さんの顔を見れて、一気に景色が変わったんです。」


くさい事を言っている自覚はあった。
それでも本心だった。



「だから、俺、鹿野さんと離れたくない・・・」



自爆覚悟で、思いをぶつけた。



鹿野さんは男性で、俺と同性。
同性の俺から告白されたところで、気持ち悪いと思うかもしれない。

でも、好きだから偽善の気持ちで鹿野さんと離れたくないと言ったわけではないということを知ってほしかった。



もし、ここで鹿野さんがはっきり俺を拒絶してくれれば、俺は諦められる。


もうあんな抜け殻のような生活は、送りたくない。



ーーー

続きます。
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