その分不安もある。

だって、会えたとしたら彼は裏社会の人間ということになるから。

しかもホテルで一番高い部屋に泊まるような人。一体どれだけヤクザの中でも偉い立場なのか。


…そんなことで彼を拒絶する理由にはならないけど。

ただ俺は彼に会えればいい。

鹿野さんが俺に会いたいかどうかはわからないが


少しは俺のこと、頭の隅っこに置いといてくれればいいのに。






どんどん黒スーツの人が増えてきたけれど、まだ例のシカノさんと、会う事叶わず。
どうやら、受付を済ませる人は、本人ではなくその人の部下的存在の人らしい。どれだけ組の偉い人来てるの。怖いんだけど。

そういえば鹿野さんも言っていたな。
受付するとき秘書にやらせるって。

…いやだから、無理やりシカノさんと鹿野さんを繋げようとするな俺。


「久保君、休憩ほとんど取ってないし、お客様も減ってきたことだから取りたいとき取ってきていいよ。俺もいるし城戸さんもいるから。」

「いえ、大丈夫です。宴会場に予約の方全員入ってからで。」

「そう?」



休憩いってる間にシカノさん来たら嫌だし
考えてみたら、城戸さんの方が長い間休憩入っていないんじゃ…。


今現在もお客の対応を取っている城戸さん
たぶん、その客もそっち側の人なんだろう。
ガタイがいい。スポーツマンみたい。

あの時、鹿野さんの家にいた人もこんな感じだったなあ。



「ー・・・キヨヒト様でよろしいでしょうか。」

「はい」


!!


前半は聞き取れなかったが、後半はっきり聞き取った城戸さんの声

きよひと、は、シカノさんの名前のはず。



もう一度客の方を見る。
もし、この人がシカノさんの代理人なら、シカノさんが近くにいるはず



「あ、あの、すみません」

「ん?」

「やっぱり休憩いれてもいいですか。」


先輩に、小声でお願いする。

先輩は目をパチクリしたあと、「いいよ」と言ってくれた。


「俺代わっとくから。」

「ありがとうございます。」


フロントから出て、とりあえず付近の人の顔を見る
けれど、俺の知っている顔はない。

シカノさんの代理人は、まだ受付をしている。
宿泊もするから説明も受けているんだろう。



・・・もし、鹿野さんが見つからなかったらやっぱりただの他人同士だったってことだ。その時は頑張って諦めよう。

エレベーターで会場の前までちょっと行ってみようかと迷う。でも他の従業員に不思議がられるだろうし…


歩きながらフルで頭を回転させる。どれが一番効率良く鹿野さんを探せるか。

やっぱ、会場前でスタンばってみるか・・・?

必死に悩んでいたそんな時、ちょうど3人のスーツ姿の客がエントランスからやって来た。



そして、真ん中の黒髪に真っ先に目が行く。吸い寄せられるように。



そして、



「ーーッ!」


ドクリ、と心臓が大きく鳴った。




こんな奇跡を待ってた
どんな形であれ。



し、鹿野さんだ・・・!




従業員の立場だから走りそうになる衝動を抑えながら鹿野さんに近づいていく俺
挨拶ももちろん欠かさない。欠かさないけれど鹿野さんから全く目は離さない。



ドクドクと心拍数が上がっていく。
鹿野さんは隣のスーツの人と一言二言言葉を交わせていたが、自分に向かってきている人物に気づいたのか、顔をあげた



そして、目を見開く鹿野さん


動きが止まった事を不審に思ったのか隣の人が鹿野さんに声をかけている
鹿野さんの視線の先には俺がいて、余計不思議そうな顔をした


良かった、無視、されなかった。




「上岡、只野、少し外せ」

「はっ、ですが…?」

「逃げたりしねーよ」



距離もあったが、耳を澄ませて3人の声を聞き取った。
俺と話もしてくれるみたいで尚更ホッとする


俺をチラリとみた上岡さんたちは、どこか腑に落ちない様子で少し離れたところでこちらを見ている。
その間に、鹿野さんは俺に近づいていた。



「・・・久しぶりだな」


迷った口ぶりもなく、その言葉が俺に届いた。
変わらない鹿野さん。
ただ前よりも身だしなみに気をつけているのか、それとも俺の補正がかかってるのか数倍格好良くなっている。


スタイルも、見慣れないスーツ姿も、この顔も、全てが一級品。


久しぶりに直接面と向かい合った俺は、謎の緊張で何を言えばいいかわからなくなった。

言いたいこといっぱいあるのに。


何も喋らない俺に鹿野さんが苦笑しながら口を開く



「今、休憩か?」

「…はい。」

「つっても客と従業員じゃあんま長く話せねーな。俺も用事あるし。」



時間を見る鹿野さんの腕には、このホテルの客にふさわしい高級時計が身につけられていた。

改めて突きつけられる現実。
彼と俺とでは、世界が違う。

余計何も言えなくなってしまった。




そんな俺に降ってきた小さなため息。

ビク、として顔をあげると鹿野さんが俺を見つめていた



面倒くさいと、思ったんだろうか。


おかしいな。
俺は以前この人にズバズバなんでも言っていたのに。

自分を自分で無くさせるその原因は、いったい何。




「久保」

「・・・。」

「仕事終わったら俺の部屋来い」

「・・・は?」


呆れの言葉を言われるかと思っていたら、違かった。
唖然とした俺の顔を見て笑う鹿野さん。


その笑顔に、心臓が締め付けられる単純な俺。


こ、こんな筈じゃないのに。





「部下には俺から言っとく。仕事終わったら俺のとこ来い。」

「え、え、待ってください、意味わかんないです。」

「はあ?日本語もわかんなくてどうすんだよお前。俺に話したい事あんだろ。」


軽く頭をポンと叩かれて、全身に痺れが走った。
な、なんで、俺鹿野さんの悪態にこんな喜んでんの。

この意地悪なニヤッとした顔も、久しぶりにみたせいか、以前の100倍眩しく見えて俺の心臓が大変なことになってる。



「話したいこと、あ、あります、たくさん」

「・・・俺もあるよ。」


例えそれが嘘でも、今の俺を嬉しくさせるには十分だった。

良かった、鹿野さんに邪魔な存在だと思われていなくて。
立場も変わって、拒絶されるかと思った。



「また後でな。」



そう言って、小さく手を挙げて俺の所から離れていく鹿野さん
俺が何か話しかける前にさっきの上岡さんたちが鹿野さんに駆け寄ってしまって話しかけるチャンスを無くしてしまった。




後姿をガン見している自分に気づいて、我に返る


そして改めて思った。




奇跡が起こって、よかった。


あんな最後だったから、本当にもう会えないと思っていた。




それに何より、俺を以前と変わらずに接してくれたことが一番うれしい。






ほら、また会えた


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