与えたり、奪ったり





やり場のない気持ちは日を追うごとに積もっていった。

何か奇跡でも起きればいいのにと思う日々。人混みの中で無意識のうちに彼を探してしまう自分に飽きれる。

そうしてまた、長い一日が始まっては終わっていった。




「久保君、最近あんま寝れてないの?」

「え、どうしてですか?」

「目の下の隈もそうだけど、どんどん痩せてってるから」


同僚の女性にそう聞かれて、他人に気づかれるほどになってしまったかと思った。
事実、寝つきはよくない。
何回も起きてしまう。


「最近面白いゲームに出会っちゃいまして」

同僚の人に嘘をついた。


寝るのが、怖い。


記憶を辿って、夢の中であの人を見つけてしまうから。


連絡手段も、会うことも出来ないのに。
諦めの悪いやつだ。


昨日の夢を思い出して自身にうんざりしていると、同僚の人が「あ、そういえばね」と言った


「今日の夕方結構なお偉いさん達来るみたいだよ」

「ああ、らしいですね…。最上階のスイートと他3部屋予約入りましたし。あと宴会場も。」

「噂では、谷島会の幹部達が集まるんだって」

「谷島会・・・?」


その単語に眉間に皺が寄った。

俺でも知ってる、かなり有力な組だ。
どこからその噂が広まったかわからないけれど・・・もしそうなら、怖いな。



「気を付けないとだね。」

「そうですね…意識したくないですけど…。」



いかにもな人たちでない限り、一般人と見た目は変わらない。
このホテルも時々組の重要人物が泊まったりするらしいし。後で同僚に話を聞いてビビったりする。


まあ、国の顔が泊まりにくるような一級ホテルだし、今更何も驚いたりしないけど…。

でも暴力団関係は、少し、こわいかな。


「それじゃ、今日の仕事も頑張ってね」

「怖いこと教えられたせいで頑張れないんですけど…」



笑顔で去ってった彼女に苦笑しながら俺もフロントに戻る

けれどやっぱりさっきの話が頭から離れなかった。

幹部の集まり・・・。
じゃあ、黒い人たちが、100人ゾロゾロ来るってことか。怖いな。

それで泊まる1人がかなりの有力者だと。他3は普通の部屋だから、部下とか
ヤクザの世界なんて全然わからないけど。


指とか、切れてたりするのかな。
偏見だらけ。


客がいない間に、今後のために予約が入ってる名前を確認していく。

宴会場を使用する客達と、宿泊する客達のリスト

宿泊する4人の名前を何気なく見ていたら、目を疑った


『鹿野 碧仁』


名簿をなぞっていた指が、その名前で止まる。



鹿野。
俺の探してる人の名字。





いや、


いやいやいや。



自分に都合よすぎでしょ、俺。



心臓が暴れだす前に、どうにか期待を萎ませようとする。
けれど、期待するなと自分にブレーキをかける程にムクムクと期待が膨らんでいった。


だって、こんな状況でこの名字を見たら期待しちゃうじゃないか。
するだけ、無駄だけどさ。もしかしたらって、思っちゃうんだよ。



…鹿野さんの名前すら、俺知らないし。
俺の知ってる鹿野さんは、シカノキヨヒトとは別人なんだろうか。



しかも、この人は最上階に泊まる人。
余計、鹿野さんとは離れていく。




でも、俺の知ってる鹿野さんであったらな、と期待してる自分がいた。



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