昨日先輩にあんな事されたおかげで、やっぱり遅刻した。
先生には、自分が優秀だからと言って己惚れないようにと注意され、貴族には笑われ、残りは興味なさそうにしていた。

特定の友人がいないから、味方がいないが別に気にはしない。

朝、俺は誰かのペースで起こされることなくいつもと同じ時間に学校に行く準備を始める。

もともと入学当初から優秀だったおかげで、推薦枠で合格できた俺は、一人部屋を設けられている。これは学年に3人しかいない。

時々、そのうちのどちらかが暇だと言って部屋に邪魔しに来るがそれ意外は特に不自由がない良い部屋だ。


他の寮生はすでに学校に行こうとしてるのか、廊下がすこしずつ騒がしくなっている。魔法で準備しておいた紅茶とパンを口に含みながら今日の授業の準備をした。


今日は、薬学と、基礎Uと…。あ、そういや貸した呪文本返してもらってないな。


学校行く前に、彼の部屋に行かなければと思い少し早目に出ることにした。

特に髪型も気にしていないので、寝癖がついていないことだけを確認して部屋を出る。


それにしても、廊下がいつもより煩い。
顔的に騒いでるのは貴族の人たちだけど、なんだろう。
誰か間違った呪文でも使っちゃったのかなと能天気な事を考えながら俺の本を持っている人の部屋へと足を進める。


一応ノックを3回。
返事がないのは予想できていたので、もう一度ドアを強めに叩いた。


・・・起きないな。


杖を出して、以前彼が自分の部屋の鍵の呪文だと言っていたものを思いだす。
間違っていたら、ノックを出来るだけしようと思ってやってみたら、一発で開いた。

普通は教えるものではない。


「ノイド、勝手に邪魔するよ。」


開いてしまったドアに少し申し訳ないと思うが、部屋に入る。
廊下では「嘘うそ!ほんとうにいる!」「なんで!?」とさっきより確実に煩くなっている騒ぎ声で満たされていた。一体誰がいるって言うんだ。


俺の部屋とは違って、散らかっている部屋。
足元には羊皮紙、服、謎の薬品が散らばっていてそれに注意しながらゆっくりベッドへと向かう。


少し進んだところで、彼の顔が見えた。
いや、顔は見えない。
すっぽり頭まで毛布がかかっている。


「ノイド。少し起きてくれない?」


毛布の上からそっと腕を触れる
それにピクリと反応したノイドの身体。

そして、数秒してガバッと突然起きだしたからこちらまで驚いた。


「・・・びっくりした。」

「俺の方がびっくりしたよ、どうしてここにいるのミカ。」


俺のファーストネームを呼ぶのは数人だが、そのうちの一人が彼。
ぱっちりと目は見開いており俺の存在に信じられないという様子で瞬きをしている。


「ああ、ごめん。この前貸した呪文書返してほしいんだ。今日使うと思うから。」


ノイドの散らかってる教科書類の中に視線を送る。
この中の、どこかに俺のがあるはず。



「借りっぱだったねそういや。あー・・・ちょっと待ってもらえるかな。本当ごめんね」


白金の綺麗な髪をグシャグシャ掻き混ぜながら毛布を剥ぐノイド。
彼は秀才である上に、かなりのお洒落さんでよく魔法で髪型や髪色を変えている。

その上甘いマスクの持ち主で、少し華奢ではあるがそれが魅力的な青年だ。
平民側から絶大的な支持を得ている。
密かに貴族側にもファンクラブがあるらしい。それほどの美形。


「やだなあ、ミカにみっともない姿見せちゃった。」


笑いながら眉を垂らしてる彼。
ノイドのみっともないは、俺にとってみっともなくはないと思う。
ラフな格好のはずなのに、それですら恰好いいからだ。


「あ、忘れてた。おはようミカ。」

「うん。おはよう。」


わざわざ挨拶してくるのが律儀なノイドらしい。
笑顔で返事すると、満足そうにノイドも笑った。


「あった。返すの遅くなってごめんね、ありがとう。」

「どういたしまして。」


俺のは床の上に置いておかず机に置いてくれていたらしい。
受け取った本を鞄に戻す。
時計を確認してみると、そろそろ学校に行かなければいけない時間だった。



「ノイド、そろそろ準備しないと。」

「んー、俺のクラス2限からなんだよね。」

「え、うわ、ごめん。起こしちゃって。」


そうだったのか。悪いことをしてしまったな。
申し訳なくて堪らない俺に柔らかい笑顔で「気にしないで」と言うノイド。

俺とは違って出来たやつだな、と思っているとノイドのグレーの瞳が近づいてきた。
そして、俺の唇に軽く触れた彼の唇
そのままカプリ、と唇を甘噛みしてきた。

驚きのあまり瞬きを1、2回したところでノイドが ふふと微笑む


「ごめん、慌てたミカが可愛くて。」

「あ、いや、うん…。」


不覚にも、どきりとした。キスされたのにも、その笑顔にも。いつもの返事がうまくできなかった。

調子が狂わされるとは、こういう事をいうのかな。


「そうだ、学校。」


昨日みたいに遅刻したらまずい、と慌ててドアへと向かう。
ノイドも俺についてきながら「いってらっしゃい」と言ってきた。


「うん、行ってきます」


と、ノイドに返事をしながらドアを開ける。


・・・が。


予想もしていなかった人物が、隣の部屋・・・つまり俺の部屋の前にいた。



その人物も、壁に寄りかかりながらこちらをみて目を見開いている。




どうして、

彼が、

ここにいる。




「ミカ?どうしたの」

「ううん・・・いや・・・」


ノイドが後ろから不思議そうに、固まった俺に聞いてきた
俺の視線の先を知ろうと、ノイドがひょいっとドアから顔を出す。
あまり、知られたくはなかった。


「あれ・・・?この人・・・」


もちろん知らない人はいない。
ノイドもどうして彼が俺の部屋の前にいるのか謎なようだった。



「・・・ミカ?」


ノイドの言葉に、彼が眉を寄せながら俺のファーストネームを繰り返した。
俺がそう呼ばれてるのを聞いたことがないからだろう。


「…なんでここにいるんですか、先輩。」


二度と会いたくないと思っていた人物に、一日後に会うとは。
さすがに俺も避けられない。



「お前を迎えに来たから。」

「…は?」


素な言葉が出た。
だって、本当に訳がわからなかった。

迎えに来たって、なぜ。



「誰、そいつ。」

「…先輩には、関係ないです。」


先輩がノイドに視線を送ったからドアを閉めようとしたらノイドがそれを阻んだ。

やだな、ノイドにまで面倒事押し付けたくないのに。


「ミカの友人のノイド・アルキウスです。・・友人であってる?」


こちらを覗くノイド。
いつもおっとりしている声色なのに、はっきりした声で先輩に自己紹介したから、驚いた。


俺にも友達がいたのか、とそれにも内心驚いたが小さく頷く。


「ノイド、彼はタキ・クロツフォード。4年生だよ」

「うん、知ってるよ。彼は有名だから」


そうだよな…。
先輩は非常に不機嫌そうな顔でノイドを上から下まで見た後俺の手を取る。

そして、


「行くぞ」


ぶっきらぼうにそう言いながら歩みを進めた。


「せ、先輩っ?」


前のめりになりながら、どうにか彼の歩く速度についていく

何も言わないで前を向いている先輩
これは止まってくれないな、と思ったので振り向きながらノイドに手を振った


「ノイド、またね」


ノイドは不安そうにこちらを見ていたが、ついてくることはなかった。
彼がいるとさらにややこしいことになると察したからだろう。


「先輩、どうして。」


全く持って彼の行動が理解できなかった。

そして同時に、なぜ朝あそこまで廊下がうるさかったのかがわかった。
先輩がいたからだ。そして今もうるさい。さっさと学校に行けばいいものを。


身長の高い彼と、普通の身長の俺とでは歩幅が合わなのが辛いところ。
半ば小走りなりながら彼の返答を待ったが黙ったままだった。


「どうして俺の部屋の前にいたんですか。」


改めて聞き直す。
階が違うし、そもそも、棟が違う。
彼は東棟だ。


「迎えに来たと言っただろ。」

「どうして」


俺の言葉についに彼の足がピタリと止まった。
そして、振り返って俺の目を見る彼

何をするんだ、と身構えていたら先輩がゆっくりと口を開いた。



「・・・お前が、俺のせいで他の奴らに狙われるならお前の側にいる」


俺の手を握っている力が強くなった。
もしかして、先輩は俺が他の奴らに妬まれるのを本当に知らなかったのか?てっきりその嫌がらせ目的で俺のところにいると思っていたんだけど。

きょとんとする俺に先輩が静かにキレる


「お前昨日言ってただろーが。変な奴らに狙われることよくあるって」

「言いましたけど…。側にいるって、どういうことですか。」


まさか、毎日こんな感じで朝迎えにくるつもりか。
下手したら帰りも送っていくんだろう。
彼らが発狂するどころじゃ済まないぞ。


「送迎する。」

「いえ、大丈夫です。」


予想通りの内容を口にされ、はっきり断った。
そんな俺に先輩は眉を寄せる


「なぜ」

「先輩がいたら、火に油を注いでしまうというか…」


たまに彼と一緒にいるのを見かけられるだけで、あんな仕打ちをされるのだから毎日になったら余計だ。今も見てみろ。耳を澄ましている。これは拡声魔法でも使われてるのでは?

俺の言葉に考え込む様子の先輩。
端整な横顔は真剣そのものの表情である。

が、出た結論はとんでもないもので。




「お前、俺の恋人になれ。」




先輩の言葉に、眩暈がした。


どうして、そう、なるの。


外野の悲鳴が廊下を満たした。それでも先輩は気にしてる様子はない。
この人は目の前の事しか見えていないのか?


「そうすればあいつら、お前に手を出せなくなるだろ。」

「いえ、余計悪化する気がします。」

「そんな奴ら、片っ端から黙らせる。」


先輩は、一人でその案に満足して再び歩みを進めた。
もちろん手は繋がれたまま。


「先輩、俺は嫌ですよ。」


考えてみれば、俺は今はじめて『NO』と相手に口にしたかもしれない。

でも実際そうなのだ。
仮に彼と付き合って俺に対する反感が増えるのと、
俺が彼個人に嫌だというのとでは、犠牲になる度合いが違う。

圧倒的に後者の方が敵が少なくて済む。


「むしろこれが一番良い打開策だろ」


いろいろ吹っ切れたのか、先輩の足取りは軽い。
いや、俺が重くなったのか。


「いや、ですが、」

「いいだろ?まあ、異論は認めねーけど。」


それ、俺の気持ち尊重してないじゃないか。

けれど、この人の考えを変えるには1時間では足りないと思った。
あと10分もしないうちにチャイムが鳴る現在で、まだ口論を続けるのはよくないと判断。



しばらく黙って彼についていったが、「返事は?」と聞かれた。


さっき、いいえは認めないと言ったくせに。
そもそも俺が彼に「いいえ」と言ったことがあったか?
もちろん、ない。

それをわかって、彼は俺にそう提案したんだろうか。


「・・・わかりました。」

「そうか。」


俺の言葉に相槌を打った先輩が、珍しく笑顔だった。本当に、普通の青年のような笑み。こんな笑顔もできるのかと驚いた。


けれど、どうしても先輩の後姿を見ながら最悪だと思ってしまう自分がいる。
今まで面倒事を避け続けてきたのに、なぜこんな仕打ちにあうのか。
逃げてきた分の面倒事が一気に押し寄せてきたのか。


そもそも先輩は、俺の事が嫌いなんじゃないのか。
しかもセフレと恋人同士ってなにが違うんだとか疑問に思う事は多々ある。

けれど、逃げられない現実は、

不運にも俺の大嫌いな先輩が恋人になってしまった、ということだ。


・・・俺は何人の人を敵にすることになるんだろう。




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