屑を纏った指
マイペース×マイペース







もう無理だ、と思った




手元にはもはや“針金が丸まってよくわかんない事になってるように見える”物体が乗っている。無論針金ではない。

この物体と戦ってから数時間。一向に終わりそうにない戦い



隣の友人がハア、と呆れたように呟いたところで俺の手の動きも止まった




「………諦めたら?」



もうどうにもならなくね、という目を向けてくる友人、小椋


その言葉に俺も内心うなずく
だけれども、俺は諦めることができない



「もはや原型とりとめてねーよな。それ、なんだったっけ」



小椋はわざとらしくそう聞いて、ちょいちょい、と俺の手元の金属の塊をつつく



「…………ネックレス」



か細い声で呟かれたアンサーは、
やっぱり真実味がなかった







「…でも俺このブランド好きなんだよねえ……高ぇし?」

「あー、うん、たけーわな。給料何週間分だこれ」

「3ヶ月超え」

「ひぃー」


小椋があり得ん、と驚く

このシンプルさに一目惚れしたんですー。
しかもほんっとさりげなくだけど、俺の誕生石埋め込まれてるし。アメジスト。お守りにもなりそうじゃん?



だからこのネックレスは大事にしていた。

そう、大事に。




なのにどうして、




「こんな絡まっちゃったかなぁ」



この“針金が丸まってよくわかんない以下略”状態から抜け出すのはかなり難しい




授業中にも、休み時間にも、お昼休みにやっても一向によくならず。


ちなみに今は昼休み
教室がザワザワしていて集中出来ない


「んん〜……」

「お前がやると余計ひどくなる気がする」


うるさいなぁ
だからってお前やってくれるわけじゃねーだろ


「…廊下でやってくる…」

「どんだけ集中してえの」


だって、気が散るから、
余計丸まってっちゃう…


カラカラ、と教室のドアを開け廊下に出る
廊下にいるのは数人で教室よか静かだった。というかずっと静か

小椋は俺を見捨てたらしくついてこない。薄情者ぉ



壁側に腰掛けさっそくとりかかる


んぁー…俺女じゃねぇし爪ねぇし。
つかこれどうなったらこうなった訳。なぁネックレスちゃんよ。

ハァーとため息を吐きながら頑張って無い爪を引っ掻けていく
とりあえず緩めていこう。これ以上キツくなったらたまらん



悪戦苦闘をして数分経過

廊下を歩く奴等は俺を通りすぎる際、何をやっているのかと手元を覗いていく。俺は今忙しいの。


そんな中、通りすぎずに俺の前で足を止めたやつがいた


んぁ?って思って上を見上げる



「どうしたそれ?」


そう言って笑いながら俺の手元の物を聞く男
少したれ目気味の目尻を下げ、軽く口許を緩めている


全体的に雰囲気がダルそう、そんな男だった。



「…さーわーいー!」


そこには別のクラスだけどそこそこ仲よくしてる友達がいた
つっても、友達の友達だからそこまで親密という訳ではない。かるーく絡む程度


「小椋は?」

「教室で飯くってると思うよ。てかこれ見て」

「ん?」


俺の目線の高さに合わせるようにしゃがむ澤井
俺の手元にあるネックレスを見ると「あ〜」と苦笑した


「やっちゃったね」

「やっちゃった」


澤井の視線を気にしつつふたたび絡まったネックレスをほどきにかかる

襟足を指でいじる癖をもつ澤井はその癖をしながら俺を見ていた
澤井の黒髪はいつもオシャレだ



「野口のセンスいいね」

「まじ?そう思う?」

「おー、シンプルで」



その言葉に嬉しくなった俺は「だろー?」と言って笑った
そんな俺に澤井もゆったり笑う


「どうにかしたいんだけど、俺不器用だから」

「器用そうに見えんのにね」

「俺に裁縫やらせたら、すごいこと起きるぞ 」


その言葉に澤井はまた笑った
見てみたい、だなんてさては信じてないな?


「俺も人のこと言えないけど、やってみてもいい?」


澤井が?


「やってくれんの?すげー助かる」

「直せるって確信はないけどね」


よっこいせ、と完全にケツを床につけた澤井がカタマリを受けとると静かに笑った

…笑うとき目に力を入れないのってどうやるのか聞いてみたい


「てか二人で喋るのってはじめてだね」

「あー、確かに」


いつも小椋がいたからな。


「これは宝石?」

「そ、アメジスト。誕生石なんだ」

「あー、誕生日2月なんだっけ」


そうだけどよく知ってんね



という俺も、


「澤井は3月?」


澤井の誕生日を知っている。
澤井くんはどう反応するのかな?



「あたり…」



澤井は予想外という顔をした
その顔新鮮


「アクアマリンでしょ。」

「そー。」


だらけた感じの澤井に対してずいぶんと爽やかな誕生石だよな



とかちょっと会話していただけなのに、スルスル塊がとけていくネックレス


え、どうやってんのこれ



「澤井、すごい」

驚きながら呟いた


「俺知恵の輪得意だから」


……知恵の輪、関係あるのか?


ふーん、と相づちを打って澤井の手元を見つめる
きれいな手してるなぁ。男らしい。太くもなく骨っぽくもなく。
俺の手を見てみるとやっぱ骨っぽかった。

むー……



「つか、このネックレスもしかして…」

「ん?」

「あのブランドですか」



どの?と聞く前にも気づく
少し目を輝かせている澤井


「知ってんの?」

「俺もこのブランド好きなのよ」


澤井はなんだか嬉しそう。
そんな姿に俺もなんだか嬉しくなる


「やっぱ野口センスいい」

「したら澤井もいーじゃん。」



そう言って二人で笑った
でも実際澤井オシャレだよね。格好いいし。





それから数分したらあっという間にほどけたネックレス



「出来ちゃった。」


ニヤリと得意気に笑う澤井
おぉお…おぉお…!


「俺超嬉しい澤井」


ありがとう!まじありがとう!と手を握る
この手はゴッドハンドだ


「野口の力になれて良かったわぁ」


あらやだカッコいい

そんな事言っちゃって…


「ついでだし着けてあげようか。」

「いいの〜?サンキュー」


そう言って背中を澤井に向ける
小椋にでも着けてもらおうかと思ったけどラッキー


「俺澤井のね、笑顔すきだよ。ダルそうな笑いかた」

「突然俺を持ち上げてくるね。何もでないよ」


まあ二割はそれを狙ったんだけどね
でも八割は本当のこと言った



俺の首に後ろから手を通しネックレスを着けてくれる澤井
顔は見えないけど、たぶん笑っている


「そんな事言ったら、俺も好きだよ。」

「何が?」


「野口。」


「・・・」


…………は?


その答えに驚いて後ろを向く



「……の、笑顔。」


なんだ笑顔かよ
澤井の目にはどんな風に写ったのか、「驚いた?」と無邪気に笑う


そりゃあもう…驚きましたとも…



「あほ」と呆れながら言うと澤井は俺の目元を指差す

ん?


「笑ったとき、笑いジワが出来るのっていいよね」



そう言って目元を撫でてきた澤井

…俺笑いジワなんて出来るんだ、とその時初めて知る
今度鏡見てみよう。



「まあ、野口も好きだけどね。」

「そうかー…」


って、


「………………ん?」


今さりげなく何て言った?


今度こそ聞き違いではないらしい。何もいってこない
………まあ俺も澤井の事好きだけどね?いいやつだし。


と言おうと思ったら、俺の返事も聞かないまま立ち上がった澤井



「じゃあ俺教室戻るわ。また話しましょ。」


そう言ってさっきのようにゆったりと笑った
あ、突然帰るんですね。



「え、お、う。ばいばい」


澤井はそんな目をパチクリさせる俺に手を振り、さっさといなくなる

俺は「今のどゆこと?」と聞くことすらできずまま、手を振り返した。




ずいぶんマイペースだな。

と、澤井の背中を見つめる




意外と俺って澤井に好かれてたのか。友人を通しての間接的な付き合いだったから気づかなかったけど。


………まぁ、


澤井カッコいいから悪い気はしないね。