届かない、叶わない





一週間なんて、あっという間で。




別れの仕方も、彼らしかった。




『今まで、悪かったな。』


たった、それだけ。
それだけの文字を綴った紙と封筒が郵便受けに入っていた。

丁寧に書かれた文字はもはや彼自身が書いたのかすらわからない。
もしかしたら、違う人に書かせたのかもしれないし、彼が真剣に考えて書いてくれた文なのかもしれない。あの端整な顔をしかめながら。



「…んなわけないか。」



自分で思って、自分で笑う。

たったの数か月でこんなに彼の存在が俺の中で大きく育っていたとは、思わなかった。
考えてみたら、彼中心に俺の世界が回っていた気がする。
けれど今では止まったまま。


…なんで俺だけこんな寂しい気持ちにならなきゃいけないんだ
『裏切られた』なんて勘違い女みたいな思考を勝手に持ってしまうほどに。


きっと今頃鹿野さんは『面倒くさい』を心の中で反復しながら何らかの仕事をしているんだろう。
俺の事はただの隣人で終了。


「・・・。」


ため息を一つ。

こんなに重たいため息、初めてかもしれないと思いつつ次に封筒を手に取る


やたら ぶ厚いそれは、俺をさらに落胆させるものだった。



札束。



それを見た瞬間投げ飛ばしてしまいそうになったが、そんな事出来るわけなく結局腕を下ろす



・・・ふざけるな。



怒りとも、悲しみともとれる感情が俺の中を駆け回る


俺の時間を、お金にされたのか
それともお礼のつもりか


きっと、鹿野さんはお礼のためなんだろうけど、
それでも結局俺の心情は同じだ。


あの時間を、お金と同等の価値で終わらせられたのがただただ、……つらい。
しょせん、そんなものだったのか。


これっぽちもお金なんて望んでいない。
手紙やお金よりも、直接別れを告げて欲しかった。
それだけで十分なのに。


それなのに、結局あの一件以来一度も顔を見れぬまま。


そのまま、さよならだなんて。




俺は、彼に、

どのように思われていたんだろうか。






ーーーー






不思議なことに、働いている時間が一日の中で最も楽な時間になった。
その時間だけはほかの事を考えられずに済むから。

同僚からも何も不審に思われないほど普通の俺のまま仕事を出来ている

ただ、時々、俺と彼がご飯を食べに行ったとき見つかってしまった同僚に彼の現在を質問されるけど。


…そんなの俺が一番聞きたい。


ちゃんとご飯は食べているのかとか、
掃除してるのかとか、
無理してないかとか


まだまだたくさんある


顔を合わせられなくなってから、俺は置き手紙を書くわけでもなく、あの料理本をドアノブにかけておいた

一人でも、料理ができるように。
只者じゃないから、もしかしたら料理人とかがいるのかもしれないけど。

それでも、俺にはもういらないものだ。
見事に一回も使わなかった。全部狩野さんのせい。


最後の日に、俺をあんなに驚かせて、
恥ずかしがらせて、
喜ばせて、


悲しませて。



それらも全部鹿野さんのせい。




もしも、いつか鹿野さんと会える日が来たなら、

一発ぶん殴って俺の思いをぶつけてやろう。



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