俺の朝は使用人のノック音から始まる。
控えめ、かつ俺が起きる程度の音を立てられ使用人達が入ってくるいつも通りの朝


「セイラ様、お身体の方はいかがですか」


いつもは朝の挨拶から始まるが、昨日俺が具合を悪くした為この言葉をまずかけられた。

物計りのように真っ直ぐ立っている執事。
俺には真似できないだろう綺麗な笑顔を浮かべている


その顔に目を細めながら、体をゆっくり起こした。



「…ああ、心配かけたな。頭痛も吐き気も特にない」



素直に自分の気分を伝えると、執事は安心したように微笑んだ。

黒髪に、サファイアのような瞳を持つ彼は腐ってても王家の者の執事だからか、その顔立ちも働きぶりも一級品である。


「それはようございました。朝食は消化の良いものに致しますね。今日の茶葉は…?」

「ニルギリ」

「かしこまりました」


俺と執事の会話を聞いて静かに準備をしている女中
他の女中もカーテンを開けたりと忙しない。

ふと外を眺めると、磨きあげたかのような青い空が広がっていた。
こちらが気後れしてしまうほどのもの。


俺の視線を追ったのか「今日はとっても良い天気でらっしゃいますよ」と執事がいった



城の外には見飽きた広大な庭が広がっている

庭師によって整えられた様々な色をもつ薔薇たち。自由さを無くしこじんまりと庭を装飾している

まるで俺みたいな存在に、同情した。


俺は、生まれた時から病弱で、王家の人間で最も使えない。

だからこんないてもいなくても変わらないような土地に移されたんだろう。国の浜側。敵にも攻め込まれず、山に囲まれ都からは程遠い俺の城。

まあ、側室の子の俺にはもったいない所かもしれないが。



「やはりお体の方が優れないのですか?」


黙って外を見ていた俺の顔を、執事が心配そうに覗いてきた。

…都に居た時、優秀だと言われ続けていた彼も俺の我儘でこんな辺鄙な所に。

嫌な顔一つ見せないが、俺をどう思っているのかはわからない。




「セイラ様?」

「何でもない。俺は平気だよ。」



笑顔を向けると、執事は心配そうな表情を一層強めた。
手袋を一度外して、陶器のような滑らかな手のひらで俺のおでこと頬に触れる


「熱は、ないようですが・・・。どこか他にお辛い所は?」


「心配性だな。医者が的確な処置をしてくれた、だから今日は気分がいいぞ。」


俺の本音を探ろうとジッと俺の目を見つめる彼


そのあまりにも心配そうな顔に大袈裟だなと笑った。


熱や頭痛、吐き気
そんなものは1日寝てれば治るし、薬で痛みを抑えることもできる

肺が弱いのはどうにもできないが…



「セイラ様がそうおっしゃるのなら。…無事に体調が戻られて良かったです。」

「アレク達が俺を甲斐甲斐しく世話してくれたからだよ」


「勿体無いお言葉です。」




話がちょうど途絶えた時に、メイドが執事に紅茶を差し出した



「申し訳ございません、お待たせしました」


紅茶の香りに、体の力が自然と抜ける。
目も一気に冴えるから毎朝欠かせない


「気を付けてお飲みください」

「…ああ。」


火傷するような温度ではないことはわかってる。

ここでもし、俺の舌が火傷でもしたら、女中がどんな処罰をうけることになるのか。俺の行動や言動で従者の生活を左右する



……王族という立場は、俺にとって荷が重すぎる。
この荷を放り投げて自由に駆け回れたら、いいものを。






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