指先を思い出す







授業参観をどうすればいいか母親に聞いたところ、俺の好きなようにしろとのことだった。

行きたかったら行けばいいし行きたくなかったら行かなくていいと。



まあ行くけど。
ちなみに今日は参観日の前日。




はあー…

俺の母親はなんて適当なんだろう。
冬彦はそうならないよう気をつけなければ。すでに似ているけど。


本当に冬彦は母さんいなくていいのかな。
家で一人なんて絶対寂しいだろ…

平日は午後、休日は午前から出社して、夜遅くに退社する俺。

学校が長期休暇の時なんて俺らはめちゃくちゃ忙しい。稼ぎ時だから。

そうすると、冬彦は一人でいる時間が多いわけで。

俺はそれが心配で心配で仕方がない。



「冬彦、本当に大丈夫?」



毎週月曜日
俺の仕事が唯一休みの日

その日の夜ご飯は冬彦と一緒につくる

ちなみに今日はカレー。


「なにが?」

俺の突然の質問に冬彦は首を傾げた


「んー、母さんいなくて」


俺は母さんみたいにいろいろな種類のご飯も作れない。いまだって初心者用の料理本を片手に料理を作っている

すると、うんざりしたように冬彦は顔をしかめた。


「またそのはなしぃ〜?」

「だって俺夜仕事だし…」


週一でこのはなしを持ち出す俺にイライラしてるんだろう。すごい顔だ。


「ママだって夜まで仕事だったよ」

「俺ほど遅くないでしょ…」


俺は11時だけど、母さんはせいぜい8時までだ。あと学校が長期休暇中でも母さんは家にいる。俺は朝から晩までいない。


「ママがいた時いろいろ言われてうるさかったけど、今さいこうだよ。」

冬彦の口振りに思わず笑った。最高だよって何歳だよ


「そりゃあ母さんなんだから色々言うだろうよ。」

宿題やれとか風呂入れとか寝ろとか…


「ママいないと自分のペースで生活できるし」

「本当に?俺不安すぎて母さん呼び戻そうと思うんだけど」

「まじでいいから!ママうるさいもん!」


結構ガチで怒られてしまった。どれだけ母さんウザがってるんだ。
この二人仲悪かったしなあ似た者同士で…

冬彦の勢いに根負けする
説得は今回も諦めることになった


「わ、わかったよ…でも必要な時は言えよ?それだけは約束な」

「うん!約束する!!」


冬彦がめっちゃいい笑顔で返事した

相当今の時間気に入ってるんだろうな…なんか逆に怪しいぞ。



ちょうどカレーが出来上がったところで盛り付けを始める。サラダとカレー。
二人で協力して机に持ってってご飯を食べ始めた。


「あ、食べ終わったらプリント類と連絡帳見せてね」

「……」

「冬彦?」

「はーい」


なんかすごい渋々みたいな返事だったな。なんかあったんだろうか。


「あ、千鶴ちゃん 明日の授業参観くるの?」


授業参観
その言葉に少しどきりとした


「ん、行くよ」

「やったあ」


俺の言葉に表情が明るくなった冬彦
んー、可愛いなあ。

でもやっぱり少し緊張しちゃう…
スーツだと決めすぎだよね?カジュアル目でいっていいのかな。


「千鶴ちゃんのことみんなに自慢したかったんだー」


自慢?

「えー、俺自慢の対象になれる?大丈夫?」

「うん!千鶴ちゃんかっこいいもん!」


…今の言葉で冬彦を思いっきり抱きしめそうになった。ニヤける口元を隠しながら「そ、そっか」と言う



「みんなに雨森先生よりカッコいいって証明してやるんだ!」

「ごほっっ!!!」

「千鶴ちゃん?」


突然の彼の名前に噎せた

そんな俺に冬彦が不思議そうな顔をする。慌てて「なんでもない」と首を振った


またあの雨森先生。
そりゃあ担任だから弟の口から出てくるのは当たり前だけど

いちいちびっくりする心臓、どうにかしてくれ…




「…ところでさ、その担任の名前、…覚えてる?」


今後、毎回名前にビビるのが嫌で、はっきりさせようと思い切って聞いた

少し心拍数が上がってる自分に呆れる


「名前?雨森先生の?」

「うん」

「んー、覚えてないや」


…だよなあ…
まだ新学期始まったばっかりだしね

そもそも俺も小学校の時の担任名字しか知らない気がするし


「そっか。まあ明日行くしいいかな」

「どうして?」

「なんでもないよ」


不思議そうな顔をする冬彦
まあ確かに名前聞いてどうするんだって感じだよな

そのあと冬彦の学校であった話とかを聞いていつも夜ご飯は終わる

夜にゆっくり話せるのは大抵月曜日だけだからこの日に冬彦にいろんな話を聞くことが多い


「俺飯食べ終わったから色々やっちゃうね。ランドセル漁っていい?」

「ん!だめ!」


皿を片付けながらそう言った俺に突然慌てだした冬彦。スプーンを荒々しく置いている

その様子に違和感を感じた。
なにこの焦り様。

…何か隠してるなあ?


「なに、テスト悪かったの?」

「テストじゃない!」

「じゃあなに?」

「わー!!」


冬彦のランドセルを持ち上げた

俺の腰骨くらいの身長の冬彦はそれに届かない それで余計に慌ててる


これはなにかあるな、と思った俺はさっさとランドセルの中身を確認。エロ本とかだったらどうしよう…。


いっぱいの教科書
そんでプリント類

…ん?これ見たことないプリントたちだ。


「なにこれ?」

「ママには秘密にしてー!!」


プリントを眺める俺に冬彦は絶望しながら叫んでる

すっごく面白いけれど、これは…


「宿題か?これ」

「・・・」


黙る冬彦

青ざめた顔がイエスと言っている


ほー、だから母さんには内緒にしてと。
そんでもって母さんがいない空間は最高だと。

ほー。


とりあえず無言のまま、連絡帳に目を通す

あの時の渋い返事はこれが関係しているんだろう


中を見ると案の定、汚い冬彦の字の隣に赤ペンで書かれた部分があって。


『冬彦くんが宿題をやって来ません。監視の方をよろしくお願いします。 雨森』



この雨森先生も、綺麗な字をしていた。






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