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「とりあえず、ケーキ食おうぜ」
ひとしきり人の顔で遊んだ後、健司くんがケーキを切り分けてお皿に乗せてくれた。
ケーキの上に乗っていたチョコのトナカイとか、砂糖菓子のサンタとか。
そういったものは全て私のお皿に。
「え、二人ともいらないの?」
「俺は甘いもの食べ過ぎると体がやべーわ」
「俺もケーキがありゃ十分だし。つか、逆に食えんのか?」
「二人が買ってきてくれたものだし、食べるよ」
「無理しなくていーぞ」
健司くんの言葉に望くんもうんうん、と首を動かす。
いやー、無理しちゃうでしょ。
「だって、二人は私が寂しくないように、って計画してくれたじゃん。言わば私のためのケーキ!有り難く頂きます!」
そう言ったら二人は苦笑して。
そうかよ、じゃあ頑張れ、なんて言いながら、ケーキを口に入れた。
ケーキはとっても美味しかった。
二人が買ってきてくれたから、っていうのもあるけど、クリームの滑らかさとか、スポンジの柔らかさが絶妙で。
後でお店を教えて貰って、今度普通に買いに行きたいと思うくらいのレベル。
食べ終わった後は飲み物をお代わりしながら、バスケの話をしたり、日常の話をしたり。
話の内容はどれも楽しいもので、時間が過ぎるのはあっという間だった。
始まりが遅めの時間だったということもあるけど、この後二人と別れるのは名残惜しく感じる。
秘密を共有している……って言うのかな?
望くんとは同じ事情を抱えている事も知れたし、健司くんはそれを自然に受け入れてくれた。
今日1日で、二人との距離がぐっと近くなったような、そんな気がする。
準備は二人がやってくれたし、せめて片付けをしようと立ち上がると、健司くんからストップがかかる。
「亜子、ちょっと目ぇ瞑ってじっとしてろ」
「んん?うん??」
何だろうとは思ったものの、言われた通りに目を閉じて、その場でじっと待つ。
すると、ヒヤリとしたものが首筋に触れて。
「よし、いいぞ」
「……わ、可愛い」
健司くんが私の首にかけてくれたのは、トップが虹色の石で出来た小さなお花の形のネックレス。
「これ……もしかしてクリスマスプレゼント?とか?」
「ああ」
「……あ、ありがとう」
「俺からはこれな。腕伸ばせ」
「え、」
腕を伸ばす前に健司くんが私の腕を持ち上げ、望くんに向かって突き出すような形になる。
望くんは、その腕にブレスレットを着けてくれた。
ワンポイントに、健司くんがくれたネックレスと同じデザインのお花。
「ええ……、二人とも嬉しすぎるよ。ほんとに、ありがとう。ネックレスもブレスレットも、大切にする」
ネックレスとブレスレットが重なるように近付けて、二つの石に手で触れた。
どちらも虹色だから、キラキラと輝いていてとても綺麗。
アクセサリーなんて少ししか持っていないし、これはもう、私の一生の宝物になる。
「私もね、二人に用意してきたんだ」
鞄の近くに置いておいた袋から、二つの包みを取り出す。
はい、と渡すと二人は同時に受け取ってくれた。
「スポーツタオルだな。サンキュー、部活で使うわ」
「おお……健司とオソロ……俺も運動する時に使うわ。ありがとな!」
健司くんが爽やかにお礼を言ったのに対し、少し動揺しながら反応を返した望くんに、笑った。
二人からプレゼントを貰えるなんて思ってなかったし、言わば自己満足で用意したものだったけれど。
受け取ってもらえて安心したのと、心から用意しておいて良かったと思えた。
「私ばかりこんなに可愛いプレゼント貰っちゃって申し訳ないなあ」
「そりゃ、亜子は女だしな。可愛いものが似合うからいんだよ」
「俺らが可愛いモン貰ったところでな」
「望は女装で使えるじゃねーか」
「あ、それ私も思った」
「いやいやいや。いやいやいや。好きでやってるみたいな言い方してんじゃねーわ。つーかアレだ、いい加減時間やべーだろ。片付けやっとくから健司、亜子の事送ってこいよ」
「もうそんな時間か……じゃあ望、悪ィけど任せるわ」
「え、望くん一人で片付けするの!?時間はまだ大丈夫だし手伝うって」
「いーんだよ、今日は。俺達が勝手に計画したんだから」
「でも……」
「元々そういう予定だったから。望は店、俺は送り迎え。俺達は男で、お前は女。女を早く帰らせるのは当然だろ」
時計に目をやると、もうすぐ21時半を過ぎようとしている。
まだ大丈夫とは言ったものの、確かに遅い時間ではある。
……ここはお言葉に甘えてしまおうか、な。
「じゃあ、今日のお礼……になるかわからないけど、今度二人にご飯でも作るね!」
「おっ、そりゃ楽しみだな」
「いいねえー、期待してるわ」
お礼イコールご飯になっている私の頭はもうちょいどうにかならんものか、と思うんだけどね。
思考がワンパターンと言われてもいいや。
精魂込めて作らせて頂きます。
「じゃあ、今日は楽しかった。本当にありがとう!」
「おォ、気ィつけ……るのは専ら健司だが、気ィつけて帰れよ。またな」
望くんとはお店の扉の前で、バイバイ。
健司くんと一緒に下りてきた階段を、再び健司くんと一緒に上る。
行きと同じように自転車の後ろに乗せて貰い、真っ暗な道をライトで照らしながら進んでゆく。
会話は少なかったけれど、特に気まずさは無かった。
ぽつりぽつりと、どちらからともなく話し出してはそれに返事をして。
そうこうしているうちに、体育館が見えて来た。
「そういや亜子の家、場所知らねえな。ここからどう行けばいい?」
「体育館前で降ろしてくれれば大丈夫だよ、歩いて5分だし」
「ばっか、こんな暗い中一人で歩かせられっかよ。いいから案内しろ」
「わ、わかった。じゃあそこ右で」
「ん」
心配性だなあ、と思う反面、もう少しだけ健司くんと一緒に居られる事が嬉しかった。
「その二軒先がうちなの」
「おっけ」
ペダルを数回漕げば、家の前に到着する。
自転車が停まると、それはお別れの時間。
「よし、着いたぞ」
「ありがとう、」
自転車を停めた健司くんが先に降りて、手を差し伸べてくれた。
その手を借り、お礼を言いながら自転車を降りる。
と、同時に妙な寂しさが込み上げてきて。
この手を離すのが嫌だな、なんて。
──今日は、楽しすぎた。
何日も前からの約束から始まって、健司くんが迎えに来てくれて。
それから、望くんと合流してのサプライズパーティー。
たくさん色んな話をして、たくさん笑った。
ご馳走も食べて、プレゼントも交換して……とても素敵な時間だった。
何より、元の世界の話が出来たことが、私の中では大きくて。
二人を身近に感じてしまったのは私の勝手な心の内だけど、やっぱり、お別れするのが寂しい。
──クリスマスイブで、夜で、二人きり。
こんなシチュエーションがそれを増長させているのかもしれない。
何でもない日で、昼間みたいに明るくて、皆と一緒なら、こんな風に思わなかったのかもしれない。
視界が滲む。
「……どうした」
「……、」
健司くんの優しい声に、余計に切なくなる。
寂しいよ。
ひとりにしないで。
言いたいけど、言えない。
「き、きょうは、たのしかっ……」
「亜子」
震える声の私を、健司くんがふわりと抱き締めた。
「大丈夫だから。何も心配する事ないぞ。言いたい事、言えよ」
ゆっくりと背中を叩いてくれて、まるで赤ちゃんになった気分。
今だけ、この人に甘えたい。
甘やかされたい。
「…………ん。……たのしかった、の。楽しすぎて、逆に不安になる」
「不安?どうして」
「わたしひとり、こんなに幸せでいいのかなって」
「そりゃ、いいに決まってんだろ」
抱き締める力が強まって、健司くんの胸にぎゅう、と押し付けられた。
「元のとこ、戻りたくないんだよ。ここにいたいの」
「戻らねえよ。ここにいればいい」
「……うん、」
「戻りたくたって、俺が帰してやらねえよ。お前も、望も」
「…………あり、がと」
その言葉に確証なんてないのは、わかってる。
健司くんだってわかっているだろう。
それでも、私を安心させるために言ってくれる、その気持ちが嬉しかった。
「また今度、遊びに行こうぜ。もちろんバスケもやろうな」
「……うん、行く。バスケもやる」
「よし、したら今日は早く寝ろ。良く眠れるおまじないしてやっから」
そう言って、体が少し離れ。
前髪をかき上げられたと思ったら、おでこにちゅ、という可愛らしい音と共に柔らかな感触。
「!?」
「じゃあ、またな」
────
───
──
気付いたら私はちゃんと家に入っていて、玄関にへたりこんでいた。
おまじない、って。
おまじないって……!!
顔が熱い。
こんなん、早く眠れるおまじないじゃないだろ……!
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