スラムダンク | ナノ

 62

「とりあえず、ケーキ食おうぜ」

ひとしきり人の顔で遊んだ後、健司くんがケーキを切り分けてお皿に乗せてくれた。
ケーキの上に乗っていたチョコのトナカイとか、砂糖菓子のサンタとか。
そういったものは全て私のお皿に。

「え、二人ともいらないの?」

「俺は甘いもの食べ過ぎると体がやべーわ」

「俺もケーキがありゃ十分だし。つか、逆に食えんのか?」

「二人が買ってきてくれたものだし、食べるよ」

「無理しなくていーぞ」

健司くんの言葉に望くんもうんうん、と首を動かす。
いやー、無理しちゃうでしょ。

「だって、二人は私が寂しくないように、って計画してくれたじゃん。言わば私のためのケーキ!有り難く頂きます!」

そう言ったら二人は苦笑して。
そうかよ、じゃあ頑張れ、なんて言いながら、ケーキを口に入れた。





ケーキはとっても美味しかった。
二人が買ってきてくれたから、っていうのもあるけど、クリームの滑らかさとか、スポンジの柔らかさが絶妙で。
後でお店を教えて貰って、今度普通に買いに行きたいと思うくらいのレベル。

食べ終わった後は飲み物をお代わりしながら、バスケの話をしたり、日常の話をしたり。
話の内容はどれも楽しいもので、時間が過ぎるのはあっという間だった。
始まりが遅めの時間だったということもあるけど、この後二人と別れるのは名残惜しく感じる。

秘密を共有している……って言うのかな?
望くんとは同じ事情を抱えている事も知れたし、健司くんはそれを自然に受け入れてくれた。
今日1日で、二人との距離がぐっと近くなったような、そんな気がする。

準備は二人がやってくれたし、せめて片付けをしようと立ち上がると、健司くんからストップがかかる。

「亜子、ちょっと目ぇ瞑ってじっとしてろ」

「んん?うん??」

何だろうとは思ったものの、言われた通りに目を閉じて、その場でじっと待つ。
すると、ヒヤリとしたものが首筋に触れて。

「よし、いいぞ」

「……わ、可愛い」

健司くんが私の首にかけてくれたのは、トップが虹色の石で出来た小さなお花の形のネックレス。

「これ……もしかしてクリスマスプレゼント?とか?」

「ああ」

「……あ、ありがとう」

「俺からはこれな。腕伸ばせ」

「え、」

腕を伸ばす前に健司くんが私の腕を持ち上げ、望くんに向かって突き出すような形になる。

望くんは、その腕にブレスレットを着けてくれた。
ワンポイントに、健司くんがくれたネックレスと同じデザインのお花。

「ええ……、二人とも嬉しすぎるよ。ほんとに、ありがとう。ネックレスもブレスレットも、大切にする」

ネックレスとブレスレットが重なるように近付けて、二つの石に手で触れた。
どちらも虹色だから、キラキラと輝いていてとても綺麗。

アクセサリーなんて少ししか持っていないし、これはもう、私の一生の宝物になる。

「私もね、二人に用意してきたんだ」

鞄の近くに置いておいた袋から、二つの包みを取り出す。
はい、と渡すと二人は同時に受け取ってくれた。

「スポーツタオルだな。サンキュー、部活で使うわ」

「おお……健司とオソロ……俺も運動する時に使うわ。ありがとな!」

健司くんが爽やかにお礼を言ったのに対し、少し動揺しながら反応を返した望くんに、笑った。
二人からプレゼントを貰えるなんて思ってなかったし、言わば自己満足で用意したものだったけれど。
受け取ってもらえて安心したのと、心から用意しておいて良かったと思えた。

「私ばかりこんなに可愛いプレゼント貰っちゃって申し訳ないなあ」

「そりゃ、亜子は女だしな。可愛いものが似合うからいんだよ」

「俺らが可愛いモン貰ったところでな」

「望は女装で使えるじゃねーか」

「あ、それ私も思った」

「いやいやいや。いやいやいや。好きでやってるみたいな言い方してんじゃねーわ。つーかアレだ、いい加減時間やべーだろ。片付けやっとくから健司、亜子の事送ってこいよ」

「もうそんな時間か……じゃあ望、悪ィけど任せるわ」

「え、望くん一人で片付けするの!?時間はまだ大丈夫だし手伝うって」

「いーんだよ、今日は。俺達が勝手に計画したんだから」

「でも……」

「元々そういう予定だったから。望は店、俺は送り迎え。俺達は男で、お前は女。女を早く帰らせるのは当然だろ」

時計に目をやると、もうすぐ21時半を過ぎようとしている。
まだ大丈夫とは言ったものの、確かに遅い時間ではある。
……ここはお言葉に甘えてしまおうか、な。

「じゃあ、今日のお礼……になるかわからないけど、今度二人にご飯でも作るね!」

「おっ、そりゃ楽しみだな」

「いいねえー、期待してるわ」

お礼イコールご飯になっている私の頭はもうちょいどうにかならんものか、と思うんだけどね。
思考がワンパターンと言われてもいいや。
精魂込めて作らせて頂きます。





「じゃあ、今日は楽しかった。本当にありがとう!」

「おォ、気ィつけ……るのは専ら健司だが、気ィつけて帰れよ。またな」

望くんとはお店の扉の前で、バイバイ。
健司くんと一緒に下りてきた階段を、再び健司くんと一緒に上る。

行きと同じように自転車の後ろに乗せて貰い、真っ暗な道をライトで照らしながら進んでゆく。

会話は少なかったけれど、特に気まずさは無かった。
ぽつりぽつりと、どちらからともなく話し出してはそれに返事をして。
そうこうしているうちに、体育館が見えて来た。

「そういや亜子の家、場所知らねえな。ここからどう行けばいい?」

「体育館前で降ろしてくれれば大丈夫だよ、歩いて5分だし」

「ばっか、こんな暗い中一人で歩かせられっかよ。いいから案内しろ」

「わ、わかった。じゃあそこ右で」

「ん」

心配性だなあ、と思う反面、もう少しだけ健司くんと一緒に居られる事が嬉しかった。

「その二軒先がうちなの」

「おっけ」

ペダルを数回漕げば、家の前に到着する。
自転車が停まると、それはお別れの時間。

「よし、着いたぞ」

「ありがとう、」

自転車を停めた健司くんが先に降りて、手を差し伸べてくれた。

その手を借り、お礼を言いながら自転車を降りる。
と、同時に妙な寂しさが込み上げてきて。 

この手を離すのが嫌だな、なんて。


──今日は、楽しすぎた。

何日も前からの約束から始まって、健司くんが迎えに来てくれて。
それから、望くんと合流してのサプライズパーティー。
たくさん色んな話をして、たくさん笑った。

ご馳走も食べて、プレゼントも交換して……とても素敵な時間だった。

何より、元の世界の話が出来たことが、私の中では大きくて。
二人を身近に感じてしまったのは私の勝手な心の内だけど、やっぱり、お別れするのが寂しい。

──クリスマスイブで、夜で、二人きり。
こんなシチュエーションがそれを増長させているのかもしれない。
何でもない日で、昼間みたいに明るくて、皆と一緒なら、こんな風に思わなかったのかもしれない。


視界が滲む。


「……どうした」

「……、」

健司くんの優しい声に、余計に切なくなる。

寂しいよ。
ひとりにしないで。

言いたいけど、言えない。

「き、きょうは、たのしかっ……」

「亜子」  

震える声の私を、健司くんがふわりと抱き締めた。

「大丈夫だから。何も心配する事ないぞ。言いたい事、言えよ」

ゆっくりと背中を叩いてくれて、まるで赤ちゃんになった気分。
今だけ、この人に甘えたい。
甘やかされたい。

「…………ん。……たのしかった、の。楽しすぎて、逆に不安になる」

「不安?どうして」

「わたしひとり、こんなに幸せでいいのかなって」

「そりゃ、いいに決まってんだろ」

抱き締める力が強まって、健司くんの胸にぎゅう、と押し付けられた。

「元のとこ、戻りたくないんだよ。ここにいたいの」

「戻らねえよ。ここにいればいい」

「……うん、」

「戻りたくたって、俺が帰してやらねえよ。お前も、望も」

「…………あり、がと」

その言葉に確証なんてないのは、わかってる。
健司くんだってわかっているだろう。
それでも、私を安心させるために言ってくれる、その気持ちが嬉しかった。

「また今度、遊びに行こうぜ。もちろんバスケもやろうな」

「……うん、行く。バスケもやる」

「よし、したら今日は早く寝ろ。良く眠れるおまじないしてやっから」

そう言って、体が少し離れ。
前髪をかき上げられたと思ったら、おでこにちゅ、という可愛らしい音と共に柔らかな感触。

「!?」

「じゃあ、またな」



────
───
──

気付いたら私はちゃんと家に入っていて、玄関にへたりこんでいた。

おまじない、って。
おまじないって……!!

顔が熱い。

こんなん、早く眠れるおまじないじゃないだろ……!
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