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最近、しばらく雨が続いている。
私が熱を出したあの日から降ったり止んだりを繰り返し、スッキリした晴れの日はあまり見る事が出来ない。
雷も鳴り響いたりして、雨が好きじゃない私にとっては気分が沈みがちである。
授業が終わって、鞄から携帯を取り出した。
残るは彰くんに写真を渡すだけ。
……だったのだが、何かと入用な日が続いてしまい、渡しに行けるようになったのは請け負ってから一週間後のことだった。
神くんとノブと会った次の日、早速添島くんに自分の写真の焼き増しをお願いし、それ自体はその日のうちに持ってきてくれた。
これで今度二人に会う時にはちゃんとお披露目することが出来ると思う。
……写真の存在を忘れなければ、だが。
彰くんにメールをしてみると、明日だったら部活が早く終わるとの事だったので『明日陵南まで行くよ』と返事をすれば即座に『俺が湘北行こうか?』と返ってきた。
この人メール文章打つの早すぎやしませんか。
しかし、練習が少しでもあるのであれば湘北に来てもらうよりも私が陵南に行ったほうが確実に早い。
なので『遠慮します、私が行きます』と送信すれば『何その言い方冷たい(´・ω・`)』という返事が。
ショボンとした顔にうっかりキュンときたとか絶対彰くんには教えてやんない。
あの顔でショボンの顔文字ってギャップがありすぎる。
性格的には似合いそうな気もするけど。
あ、そうだ。
陵南に行くんだったら今度こそ越野くんにマジック返せる。
……あれ、あのマジックどこへ行ったっけ……やばい、なくしたかもしれないような、どっかにしまったような……。
「亜子、誰にメールしてんの」
マジックの行方を思い浮かべていると、彩ちゃんにウリウリと肘でつつかれた。
つつくのは構わないけど頭のてっぺんはやめてくれハゲる!
「彰くん……仙道くんにメールしてんの」
「彰くんん!?アンタ仙道のこと名前で呼んでたっけ?」
「あー、うん。以前の交流試合の時に健闘賞くれって言われて」
「なんでそんないきさつに」
「それは話せば長くなりますが……」
彰くんとのフリースロー対決から、健闘賞に至るまでの流れを彩ちゃんに話した。
話を聞き終わった彼女はへぇ〜と言いながらニヤニヤしている。
「まさか仙道とそこまで仲良くなってるとは思わなかったわ。ま、亜子のことだから誰とでもそんな感じなんだろうけど」
「仲いいっていうかまあ、普通じゃない?同じバスケ好きっていう共通点があるから関わりがあるだけだけどね」
「バスケ好きねえ……」
彩ちゃんの言い方には含みを感じたが、それ以上は何も言ってこなかった。
バスケ好きじゃなかったら関り合いになれなかったってことだよね。
そう考えるとちょっと悲しいかも。
でも実際関り合いになれてるんだから、それはそれでいいのだ。
「で、どんな内容?」
「プライバシーの侵害だ!」
「やあねえ、アタシと亜子の仲じゃないの。いいじゃない、ちょっとくらい」
「なんか彩ちゃん、おばさんみたい」
「殴るわよ」
「いやいやごめんなさい、殴らないでください。写真を届けるうんぬんの話です!」
握りこぶしを作ってニヤリと笑う彩ちゃんは怖い。
本気で殴りゃしないだろうけど、そのこぶしに息を吹きかけてたもんだから慌てて暴露した。
大した内容じゃないから彼女に話したところで何の問題もないが。
「ああ、あの文化祭のやつか。あ、そうだ。文化祭で思い出したけど、もうすぐ冬休みでクリスマスじゃない?亜子は何か用事あったりする?」
「文化祭から何でクリスマスを連想すんの」
「イベント繋がりよ、イベント!」
「ああ、なるほど。ううん、クリスマスに用事とか無いよ。ていうか彩ちゃんこそどうなの?」
「アタシはね〜、彼氏とデート!」
「デートぉ!?」
「と、言いたい所だけど親戚の家でパーティーがあんのよね。それに行かなくちゃならないのよ」
「いやいや彩ちゃん、か、彼氏いんの!?」
「いないわよー、言ってみたかっただけに決まってるじゃないの!」
「…………ビックリした」
本気でビックリしたよ。
彩ちゃんに彼氏ができた=リョータが落ち込む、の図が私の頭の中に浮かんじゃったじゃないのさ。
私だって彩ちゃんに彼氏が出来ちゃったら寂しいし。
でも、そっか。クリスマス……彩ちゃんは親戚とパーティーなのか。
「友達呼んでもいいって言われてるんだけど、もしよかったら亜子も来ない?」
「んー…………遠慮しとく、流石に彩ちゃんでも親戚の中に混ざるのって気まずいし」
「まあ、そうよねえ。残念だけど諦めるわ、そのかわりプレゼント交換しましょうよ」
「おお、いいねそれ!お互い内緒でプレゼントを買っておくわけだね?」
「そそ、それで会える日に交換!」
「よし、それ乗った!」
「そうこなくっちゃ」
プレゼント交換が決まったところで、休み時間が終わった。
それぞれの席に戻って次の授業を受ける。
彩ちゃんとクリスマス一緒に過ごせるのは嬉しいけど、きっと親戚の中で楽しそうにしてる彩ちゃんを見てたら……羨ましくなっちゃうと思うんだ。
妬む気持ちとか、そんなつもりは無いけど。
でも、自分の気づかない所でそんな気持ちが出てきちゃったら嫌だなって思ったから。
そんな楽しい気持ちを壊したくなかったから、遠慮させてもらった。
しんみりするつもりもなかったんだけどな。
どうも最近感傷的になってしまうみたいだ。
クリスマスかあ。
どうしようかな。
ケーキ作って伯父さん夫婦の所に突撃しようかな。
……夫婦円満を邪魔するのも申し訳ないか。
一人分のケーキでも作って、レンタルDVDでも観ようかな。
んー、考えれば考えるほど気分が沈んでいく。
イベントなんてそんなにたくさんなくていいのに。
って、これじゃ単なる嫌なやつだ。
やめよう、楽しいことを考えよう。
前向きにいこ、前向きに!
そうだな、もし私に彼氏が居たら……クリスマスデートとかしちゃうのかな。
彼氏……彼氏…………って、馬鹿か自分は。
先日けじめをつけようと決めたばかりで何が彼氏だ。
話を聞いてくれた神さんに申し訳なくなる。
あー、もうほんと、自分を思い切り殴りたい。
さっき彩ちゃんに殴ってもらえばよかった。
────
───
──
「おっ、文化祭ぶりだね」
「彰くん!相変わらず元気そうだね」
手を振りながら私に走り寄ってくれたのは、昨日のメールの相手である仙道彰。
その後ろから越野くんも顔を出し、彰くんに続いて近づいてきてくれた。
「もう部活完全に終わったの?」
「ああ、今ちょうど解散したとこ。で、蜂谷ちゃんが見えたから」
「蜂谷さん偉いな、わざわざ仙道に写真届けるために来たんだって?」
体育館を覗くと、丁度田岡先生が出て行くところだった。
会えば挨拶くらい、と思ったんだけど。
もう戻ってこないかな。
「まあ、彰くんに写真をっていうのもあったんだけど。これ、越野くんに返さなきゃって思って……でもね、実は越野くんに借りたやつなくしちゃったかもしれなくて。お詫びに新しいのでもいいかな?」
陵南に来る途中で買ってきたばかりの袋を渡すと、越野くんは不思議そうな顔で中を見た。
「え!これ……そんな気を使わなくて良かったのに。しかもご丁寧にお菓子まで」
「何、このマジックってもしかして合同交流試合のときの?」
「そう、越野くんに借りっぱなしでさ」
「律儀だねえ、蜂谷ちゃん。そんな気遣いができる子がマネージャーみたいなポジションにいる湘北の面子が羨ましいよ」
「またまた、そんなお世辞言っても何も出ませんよ!」
出ませんよ、と言いながら彰くんに渡したのは、写真と越野くんにあげたものと同じお菓子。
「出たじゃない」
「これは元々あげようと思ってたものだもん、お世辞言ったから出たわけじゃありませんー」
それにしてはタイミング良すぎ、と笑う二人。
「本当は皆に差し入れしたかったんだけどね、今回はちょっと忙しくてそんな余裕なかったから内緒ね」
「あとで皆に見せびらかしてこよっと」
「おい仙道!お前ってヤツは……蜂谷さん、仙道にやったモノ取り上げていいと思うぜ」
「そうだねー、そうしよっかな」
彰くんに渡した袋に手を伸ばすと、彼は慌てて自分の頭の上にあげた。
上にあげられちゃったら私に届くはずがないじゃないか。
「なんかアレだ、好きな子を苛める小学生男子みたい」
「ちょっとそれはないんじゃないの、越野」
「でも蜂谷さんもそう思うだろ?」
「はは、ちょっと思った!仙道彰、小学生!」
「蜂谷ちゃんまで……!」
この二人のやりとりも、海南凸凹コンビみたいで見てて楽しい。
夫婦漫才っぽいっていうか、越野くんは世話焼き女房役がハマッている。
本人はそんなこと言われたくないだろうけど。
「じゃあ、私帰るね」
「え、もう帰るの?」
「ほんとに届けに来ただけじゃん、予定ないんだったらこれからみんなとメシ行くんだけどさ、一緒に行かないか?」
「うーん……どうしようかな」
折角だからご一緒したい気持ちはあるんだけど。
昨日の件があってから自分の感情がフラフラしてるというか。
こんな気持ちで一緒に行って、陵南のみんなの気分を害してしまったら申し訳ないと思うと、今回は辞めておこうかなって。
「今回は行きたい場所があるから、やめとく。また次の機会に誘ってくれる?」
「蜂谷さん……なんか悩みでもあんの?」
「あ、越野。俺が言おうとしてたのに」
「うるさい仙道!」
「え、なんで?悩みは別にないけど」
最近の私は悩みまくりだ。
越野くんに悩みでもあんの?と聞かれた時、心臓がドキッとした。
普通に答えたつもりでも、私の心臓はドクドクと鼓動が速まっている。
「どうしようかなって迷ってる最中の顔が、やけに必死だったからさ」
「そんな風に見えた?」
「見えた見えた。な、仙道」
「うん、眉間にしわ寄ってた」
「嘘!」
「はは、それは嘘だけど。でも、蜂谷ちゃんの悩みだったらいつでも聞いたげるよ」
「俺も、悩みなら相談に乗るぜ。蜂谷さんには色々とお世話になってるし」
「大丈夫だよー、そんな心配してもらえるほどの事は抱えてないから!」
笑いながらそう言えば、二人は微妙に納得してない様子だったけど。
でも、こればかりは人に話してどうこうっていう問題じゃないからね。
実際神さんに話を聞いてもらって出した結論だって、まだあれから時間は経ってないにも関らず、私の中でぐらぐらと揺らいでるんだから。
「明日には忘れる程度の悩みだよ、だからありがと!」
「大丈夫ならいいけどさ。帰り道、気をつけてな!」
「送ってやれなくてごめん。これ、届けにきてくれてありがとう」
越野くんと彰くんが学校外までお見送りしてくれて、私は陵南を後にした。
明日には忘れる程度の悩みなんて、嘘だ。
これはきっと決着がつくまでは私の中でぐるぐるし続けるに違いない。
明日どころかいつまで引きずるかわからない悩みだ。
……まさかインターハイ終わるまでこんな感じなのか、私……。
さすがにそれはないと思いたい。
陵南からの帰り道を歩いていると、ポケットの携帯が震えた。
藤真さん……健司くんからの電話だった。
『もしもし』
「もしもし?どうしたの」
『あー、お前さ、24日暇か?』
「24日?特に何も無いけど」
暇と言えば暇だ。
彩ちゃんからの誘いも断ってしまったし、伯父さん夫婦のところへ突撃するのもやめようと思ってるし。
『その日って夜体育館開いてる?』
「体育館?バスケやるの?」
『まー、そんなとこ』
「流石にクリスマスとイブは誰も来ないと思ってたし、開けるつもりなかったけど……」
『でも暇なんだろ?』
「言い方!含みあるなぁ……そういう健司くんだって暇だからバスケやりたいんでしょ」
『…………』
「もしもーし、聞いてる?」
『あ、ああ、聞いてる聞いてる』
「とにかくその日は開けないって伯父さん夫婦とも決めてるの。悪いけど他を当たってくれる?」
『んー……わかった、そしたら17時に管理人室に迎えに行くわ!出掛ける準備しといて』
「え!?迎えに、って……うっそ切れた!?」
電話越しに聞こえるのは、ツー、ツー、という無情の音。
管理人室!?迎えに行くってどういう事!?
体育館でバスケやりたいんじゃなかったの?
あー、もう!
聞きたいことまだあるのに切るなよ……!
スムーズに名前を呼ばれて一瞬動揺した藤真くん
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