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あれから一晩が経ち、またいつも通りの朝がやってきた。
不思議と頭はスッキリしている。
全ての物事が片付いたわけじゃないけど、いつも通りの自分でいいんだ、と思ったら気分がラクになったのかもしれない。
そういえば秋里さんにもちゃんと返事をしなきゃいけなかったんだっけ。
あの人クラスはどこなのかな。
そんな事を考えながら自転車を漕いで、湘北高校体育館へと到着。
「亜子!」
「あ、彩ちゃん」
「彩ちゃん、じゃないわよ!神から連絡があったときはほんとに何事かと……!もう大丈夫なの?」
「え、神くんから彩ちゃんに連絡がいったの?」
「ええ、悪いとは思ったけど携帯から番号を探させてもらったって言ってたわよ」
「そうなんだ……」
連絡を受けた彩ちゃんが、学校側に休みということを伝えてくれたらしい。
「あはは……ちょっと急に具合が悪くなっちゃって」
「そうなの?もう大丈夫?」
「うん、心配かけてほんとにごめんなさい」
「まったくもー……悪いと思ったら今日の朝練ではたくさん亜子に働いてもらっちゃお!」
「お安いご用です!頑張ります!」
腕まくりをしてガッツポーズをすると、嘘だよ病み上がりの人にたくさん働かせるわけないでしょう、と笑われた。
早速一緒にドリンクを作りにジャグを持って水道へ。
当然、話題に上がるのは先日のことだ。
「こないだのね、アレ。告白だったよ」
「あー、やっぱりね。そうだと思ったわよ、ってゆーかそれ以外ないわよね」
「それでも聞かないで待っててくれた彩ちゃん大好き!」
「何言っちゃってんのよこの子は!恥ずかしいわね。で、結構カッコよかったよね、亜子どうすんのよ」
「えー、付き合わないよ」
「そうなの?勿体無いわねえ」
「私の彼氏は彩ちゃんだもん!」
「ああ、そうだった」
キュキュっと蛇口を捻り、勢い良く水を出す。
流石に冬のこの時期の水は冷たく、なるべく水に触れないようにした。
「酷!忘れてるでしょ」
「あははは、そんな話もしてたわねえ!」
「更に酷い……!まあ、ね。好きだって言ってもらえるのは嬉しいけど、来年のインターハイが終わるまではそういうの考えるのやめようって決めたんだー」
「あんたまるで選手みたいなこと言うわね」
「選手じゃないけど、選手と同じ気分でいたいんだよ」
「あーあ、亜子がマネージャーできたらなあ!」
「突然何さ」
ジャグが満タンになったのを見計らって、ふたつ目に差し替える。
満タンになったほうを彩ちゃんに渡すと、彩ちゃんがスポーツドリンクの粉を入れて。
ふたつ目も同様な流れで完了し、お互いひとつずつ持ちながら体育館へ。
「だってこんなにもバスケが好きで、上手くて、みんなと同じ気持ちになってあげられる子なんてマネージャー以外の何に向いてるっていうのよ」
「いやいやいやそれ失礼じゃない!?マネージャーしか向いてないような言い方じゃない?」
「あっはっは、気づいたか!」
「彩ちゃんまで私をからかうのはよしてくれ……!」
「まあ、でもほんとにさ。いつもアンタと一緒にマネージャーが出来たらなって思うよ。結構な頻度で手伝ってもらってるけど、やっぱり正式なマネージャーじゃないんだなって思ったら寂しく思っちゃう時があるのよねえ」
「彩ちゃん……!」
なんだかしんみりしてきちゃった。
朝から泣きそうだよ私。
ほんとに彩ちゃん大好きなんだから……!
もし私が男だったら間違いなく彩ちゃんのこと好きになってるよ。
あ、そしたらリョータとライバルだ。
「お、流川。今日は早いんじゃない」
「……ッス」
「流川」
体育館に入るなり後ろから現れた流川。
いつもはもう少し遅めの時間なのに、珍しい。
名前を呼ぶと、流川は視線だけで私を見た。
「おはよ」
「はよーゴザイマス」
良かった、普通だ。
こないだは何か変な感じだったから、いつも通りの挨拶が素直に嬉しかった。
インターハイ、か。
インターハイが終わる頃には私も少し大人になってるのかな。
……なんて、一年じゃそうそう変わらないかな。
みんなと一緒に居られる時間が、一分でも一秒でも長くなりますように。
そう祈りながら、彩ちゃんと一緒に体育館の掃除を始めた。
─────
───
──
「私、今は恋愛については考えられません。だからお付き合いできません、ごめんなさい」
「……そっか、駄目かなとは思ってたけど。わかった」
ちゃんと返事くれてありがとね、と言って秋里さんは帰っていった。
今日一日彼の姿を探してみたのだが、何せ知っているのは3年で秋里さんという学年と名前だけだったので容易く見つかるわけもなく。
先輩達に聞こうかなとも考えたんだけど、内容が内容だから聞きづらくて自力で探してたのだ。
放課後になってようやく発見し、現在のお返事に至ったという。
伝える事ができて安心した。
さて、今日も帰って体育館の管理。
秋里さんとの決着も無事に完了したところで、ひとまずの悩み事がなくなった。
これからまた何か起こるかもしれないけど、その時はその時で考えていこう。
金曜日の体育館運営は結構忙しい。
今日の予約は入っていなかったものの、明日が休みだからか近所の大学生サークルが集団で飛び入りをしたりする。
バタバタと慌しく動いていると、神くんとノブが来た。
「神くん!ノブ!ごめんね、ちょっと今手が離せなくて……利用しに来たんだよね?」
「うん、今日は自主練習って言って部活抜けてきた」
「俺も!」
「部活抜けてきた!?とりあえず名簿に名前書いて勝手にやっててもらえると助かる!」
「何か手伝おうか?」
「いやいや大丈夫!私の仕事だから!神くんにはちゃんとお礼しておきたいし、後でまたね!」
放置になっちゃって申し訳ないけど、久々にやることがいっぱいだ。
一時間くらい色んな雑務をこなして、ようやく手があいた。
「亜子サンお疲れ!かなり忙しそうでしたねー!」
「うん、今日は大変だったー」
二人に近寄る私に先に気づいたのはノブ。
ノブの声に神くんも振り返った。
「その後体調はどう?」
「うん、もうすっかり元気!先日はちゃんとお礼も言えずにごめんね……その節は大変お世話になりましたアンドご迷惑をおかけいたしました」
ぺこりとお辞儀をすると、神くんはやめてくれと慌てていた。
「気にしなくていいんだってば。誰だって人が倒れていたら助けるだろ」
「でもあそこまでお世話になるのは中々ないよ」
「そういや亜子さんが倒れてたって神さんから聞いたときはマジびっくりした。ただの風邪とかだったんか?」
「うん、高熱が出ただけで後はもうすっかりなんともない!」
「まあ、元気になったようで何よりだよ」
どうしてあんなにずぶ濡れになっていたのか、神くんは聞かないで居てくれた。
プライベートの詮索になると思ったのか、気を使ってくれているようだった。
自主練で部活抜けてきたってことは、二人共私の心配をして来てくれたんだろうか。
そんな風に思うのは自惚れかな。
本人達にそんなことは聞けないので、その件については触れないでおこう。
「あ、そうだ。神くんの写真を頼まれてたんだっけ」
「写真?……ああ、湘北文化祭のときの?」
「そう。今管理人室から取ってくるから!」
「他校で写真依頼が入るとか神さんパネェっすよ!」
「いや、あれには俺もビックリしたけどね」
神くんとノブの会話が続いてる中、管理人室のカバンの中に入っている写真を取りにいく。
今度は間違えないようにしなきゃね。
こっちが彰くんので、神くんのはこっち。
それと、お借りしていた服も返さなきゃ。
更に先日のお礼に買っておいたクッキーをオマケで。
このクッキーは昨日の買い物帰りに帰り道のケーキ屋さんで買ったものだ。
あそこのケーキ屋さんのクッキーは評判がいいので喜んでもらえるかな、と思って買ってみた。
神くんと、神さんと、お母様の分だ。
「おまたせ、はいこれ。あと、これ……ありがとう」
「写真と……ああ、うん。……これは?」
ノブがいる前で、服を借りたことを言うのがなんだか気恥ずかしかったので、濁してしまった。
けど、わかってくれる神くん。とても助かる。
「これね、クッキーなんだけど。昨日、一昨日のお礼です。甘いもの嫌いじゃなかったら食べて」
「甘いものは割と好きだよ。じゃあ兄さんと……母さんの分まで?ありがとうね」
ニッコリ笑う神くんに釣られて私も笑う。
神くんの笑顔ってほんと癒しの笑顔だよね。
「神さん、写真見せてくださいよ!!」
「待てって信長。……へえ、こりゃ凄いね」
「おおおおお……!!神さんマジかっけえ!!モデルじゃないスかモデル!!」
うん、私もノブと同じ反応をした。
みんなの写真を見たときの心境はそんな感じだった。
みんな身長高いし、スラリとしてるけどしっかりとした身体つきだし。
モテるのが当たり前だよね。
「もしかして亜子さんも写真頼まれたりしたんじゃねーの?」
「え」
「あ、それ俺も思った。亜子ちゃんだったら結構な数頼まれてそうな気がする」
「う」
「その様子だと、あるんだろ?見たい!亜子さんのモデル級の写真見たい!」
「ちょ、ノブうるさい!」
モデル級っていうのはみんなの写真だけであって、私は決してそんなレベルではない!
いや、ちょっとはモデルっぽく見えるかな、なんて思ったりもしたけどさ。
藤真さんは可愛いって言ってくれたけどさ。
あれは本気で嬉しかったけどさ!
「今は持ってないの?」
「神くん……あのね、今は持ってないっていうかね」
藤真さんにあげちゃった、と言えばノブが更に大きな声を出した。
「えー!?ズリィ!藤真さんだけずるい!俺も見たかったー……あ、焼き増しとかしてもらえるんだろ?」
「ずるいって……子供か!まあ、言えば焼き増ししてくれるとは思うけど……自分の写真だけ焼き増ししてくださいなんて言うの恥ずかしくて無理」
「じゃあ他の人に頼んでもらうとかは?」
「他の人って……例えば?」
「マネージャーさんとか」
「ああ、彩ちゃんか。もっと無理!」
他の人に頼んでもらうとか、神くん。
そんな提案してくるほうはいいかもしれないけど、自分の写真を他の人に焼き増ししてくださいなんて余計に言えないよ。
「兄さんも見たいと思うんだよなあ」
「!ひ、卑怯な……!と言いたいとこだけど、お世話になったからには文句言えないぃぃ……!わかった、明日学校行ったら聞いてみるよ」
「神さんナイスです!やったー、じゃあ次に会うとき見せてくれよな!」
「はいはい、わかりましたってば」
写真ごときでここまで喜んでくれるなら本望だよ。
でも私だよ?
私の写真なんて見てもいいことないけどねえ。
話のネタくらいにはなるくらいじゃない?
「さて、自主練というからにはまだまだ体動かすんだよね?」
「うん、今日は閉館ギリギリまでやっていくつもり」
「そんで亜子さん家でご飯食べてくつもり」
「は!?ご飯!?」
「かっかっか!冗談冗談!」
「冗談っぽく聞こえないからタチ悪いよノブ!でもいつか招待するから、その時は二人で食べに来て」
「え、いいの?」
「いいよもちろん!ってか神さんも呼んでみんなで食べたい。お礼も兼ねて」
「お礼ならコレもらったからいいのに」
先ほどのクッキーの袋を指差し、眉尻を下げて笑う神くん。
お礼と言えばお礼だけど、あれだけお世話になっておいてそれだけかよって自分で思ってるから、他にも何か喜んでもらえることがあるなら是非ともやらせて頂きたい。
「それじゃ気が済まないからさ」
「そう言うなら、お呼ばれしようかな」
「俺も!俺も!」
「ノブが言いだしっぺじゃん、仲間はずれにしないから心配しないでよ」
「よっしゃ!」
俺は何もしてやってないけどな、なんて豪快に笑ってるノブ。
そんなことないよ、心配してくれたってだけで嬉しかったもん。
「そんで、体動かすんなら私も混ぜてほしい」
「おー、亜子さんなら大歓迎だぜ!」
「もちろん俺も大歓迎だよ」
「じゃあ、折角だから大学生に声掛けて即興3on3大会やらない?といっても賞品とかなんもないけど」
「え、そんなことできんのか?」
「相手がOKって言ってくれればね」
「へえ、面白そう」
反対側のコートに居る大学生のサークルはバスケのサークルのようで、人数は10人くらい。
その中の3人はたまにこうやって体育館を利用しに来るから、顔見知りといえば顔見知りである。
声を掛けるくらい大丈夫だと思う。
「よし、じゃあちょっと声掛けてくる」
二人から離れ、大学生の集団に声を掛けてみると快く承諾してくれた。
どうせならチームはごちゃ混ぜにしようぜ、と提案されたので、神くんとノブに聞いてみれば楽しそうな表情でいいよと言ってくれて。
ルーズリーフでくじを作り、ごちゃ混ぜチームが完成。
「じゃ、このチームで決定で!」
「おー!」
「なんか面白そうだな」
「高校生たちは強いんかー?」
「こいつらあの海南のスタメンだってよ」
「げ、まじか。お手柔らかに!」
大学生たちの和気藹々とした声に、神くんとノブもこちらこそ、と返していた。
普段は普段で湘北メンバーと一緒にプレイさせてもらってるけど、こういうのも新鮮でいいな。
色んな人のプレイスタイルが見れて凄く楽しい。
それから閉館ギリギリまで3on3を楽しんで、最後は皆で片づけを手伝ってくれた。
手伝ってもらうのは申し訳ないとは思ったが、いつもよりも早く終わったことに関してはとても有難かった。
神くんとノブと、大学生の皆様方のおかげで、大変有意義な時間を過ごさせてもらう事が出来た。
こんな風にバスケ好きの人達で輪を広げられるのなら、また機会があれば声を掛けてみようかな、と思う。
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