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「あ、流川」
「うす」
昼休み、ジュースを買う順番が私の日なので自販機に来てみると、流川に出会った。
眠たそうな目を擦っているので授業中寝てたんだろうと想像がつく。
ジュースを三本抱えつつ、流川に近寄った。
「あんたちゃんと授業に参加しないとそのうち先生泣いちゃうよー?」
「もう手遅れだからイイ」
「手遅れって……」
既に先生泣かせたことがあるんかい。
それは逆に凄いな!
流川なら有り得そうだ。
「昨日来なかったスね」
「ああ、昨日は翔陽に行ってたから」
翔陽、という言葉を口にした瞬間、流川の耳がピクリと動いた。
目もジト目になって、何で翔陽なんか行ったんだと言わんばかりの顔をしている。
「写真部に頼まれて届けに行ったんだよ。ついでに翔陽の練習風景も見てみたかったし」
「ほう……」
理由を話すと、流川は興味なさ気な表情に戻る。
「流川も写真の依頼受けてたんだね」
「何で知ってる」
「写真部の人が教えてくれたから」
「俺は嫌だっつった」
「だろうね。表情がものすごく嫌そうだったもん」
「…………亜子先輩、見たんスか?」
あ、やべ。
しまった、添島くんに流川の写真をもらったのは極秘だったのに。
つい口がポロリと。
「うん、まあ。とある子に見せてもらった」
「……あっそ」
如何にも友達が流川の写真を依頼したんです、的な言い訳をした。
すると再び興味なさ気な表情に戻った。
「今日は来るんスよね」
「うん、今日は休館日だから手伝いに行くよー!」
「うす」
「これからご飯なんでしょ?また後でね」
そう言って別れようとしたのだが、流川は既に早弁をしてしまったという。
じゃあ購買に行くの?と聞けば、ふるふると首を振る。
「今日、さっきの120円しか金もってねえ」
「金ないってあんた……わかった、お弁当少しわけてあげるからウチの教室おいで」
そういうと、流川は待ってましたと言わんばかりに頷いた。
こいつ……確信犯か!
それでもお腹空いてたら可哀想だと思ったから、仕方なく教室まで連れてくることにしたのだ。
まあいいか、お弁当のほかにもカロリーメイト常備してあるし。
「あれー、珍しい。ウチの教室に流川が来るなんて!」
「おっ、本当だ。どうしたんだ一体」
「亜子先輩が飯わけてくれるっていうからついてきた」
「ついてきたってアンタ……でっかい猫みたいね」
「コイツが猫なんて可愛いもんじゃねーだろ、猛獣だよ猛獣!」
「猫っぽいけど猛獣っていうのもどっちもわかる気がするよ。流川、ここ座って」
「うす」
適当に近くにあった椅子を手繰りよせ、流川を座らせた。
そしてお弁当を開き、何が食べたいか聞くと卵焼きを指差した。
「亜子の卵焼きって美味しいのよね、何か特別な作り方してるの?」
「特別っていうか……ダシを入れてるくらいかな?」
「へえ、それでも手が込んでるっていうんじゃない?アタシなんて作るとしたら塩と砂糖で味付けしかしないもの」
「俺も卵焼き作るときは塩と砂糖かな」
「「え、リョータ料理するの?」」
「うわ、亜子もアヤちゃんもそんなに声揃えなくても……!するっていっても家に誰もいなくてしょーがない時しかしねえよ」
「へえ、それでも意外だよ。流川は?料理経験あるの?」
「カップラーメン」
「…………それは料理って言わないわよ、流川」
彩ちゃんのツッコミどおりである。
お湯を注いで3分のそれは料理ではない。
「食えりゃいーんで」
それを言ったら元も子もない。
「それに、料理は将来嫁になるヤツが出来ればいいと思う」
「まさか流川から嫁っていう言葉を聞くとは……そんな事考えてないヤツだと思ってたのに」
「私もリョータに同じく」
「アタシもちょっとビックリしたわ」
三人でわいわい話をしていると、流川はじっと私の顔を見てきた。
「?まだ何か欲しいのある?」
卵焼きに加えてカロリーメイトも箱の半分渡したんだけど、それも既にお腹の中へと収まってしまったようだ。
さすが育ち盛りの男子は違う。
すると流川は私を指さした。
私の口元には食べかけの唐揚げが。
「あ、なんだ唐揚げ欲しかったの!?もっと早く言ってよ、これ最後の一個だよ」
「それでいい」
「え、それでいいって……食べかけだよ?」
「だから、それでいい。くれ」
くれってお前。
食べかけを欲しがるなんて、どこまで腹が減ってんだ流川は。
しかしこれをあげるって相当勇気のいる行為だぞ。
どうしようかと悩んでいると、右手首をぐいっと掴まれ、そのまま箸の先にある唐揚げは流川の口へと放り込まれてしまった。
「…………見ている方が恥ずかしいと思うのは俺だけか?」
「いや、アタシもそう思う。流川ってば恥じらいってものを知らないの?亜子固まっちゃったじゃないよ」
まさかの自然な出来事でね、思わず体がピシリと固まってしまったよ。
彩ちゃんの言うとおり、流川には恥じらいってものはないのか。
「美味いものはウマイ」
「……お前、根本的にズレてる気がするよ」
結論:流川楓は根本的にズレている
この一言で私達は自分を納得させ、お弁当タイムを続けた。
結局昼休み最後まで居座った流川は満足そうに自分の教室へと戻っていった。
放課後の部活は、公言どおりバスケ部の手伝いをしに行くつもりで、教室から出て体育館へと向かった。
部活の手伝いに参加する日は基本彩ちゃんと一緒に行動する。
今日も例外ではなく、私は彩ちゃんと一緒に体育館への道程を歩いていた。
体育館前に一人の男子生徒がいて、私達を見るなり近づいてきた。
彩ちゃんの知り合いかな?と思っていたのだが、声をかけられたのは私の方で。
「蜂谷さん、ちょっといい?」
「え、私?……ですか?」
ビックリして彩ちゃんに目配せをしてみたが、彩ちゃんもキョトンとしている。
「ちょっと話したいことがあって……良かったら時間もらえないかな」
「でもこれから部活に……」
「亜子、いいよ行っておいで。アタシ先に準備してるよ」
「え。あ……うん、わかった。ごめんね彩ちゃん」
「じゃあここだとアレなんで場所移動してもいい?」
「はい」
その人は彩ちゃんにぺこりとお辞儀をすると、体育館裏の方に向かって歩き出した。
仕方なく私もその後ろを付いていき、人が誰も通らないような場所で止まった。
「あの、突然こんなこと言われて困るかもしんないけど……オレ、蜂谷さんが好きなんだ。良かったら付き合ってもらえませんか」
あまりにもストレートな告白に、言葉を失った。
え、だって私この人のこと知らないよ?
一体どこで接点があったのかもわからないよ?
そんな私の気持ちを察したかのように、その人は話を続けた。
「蜂谷さんってたまにバスケ部の練習の手伝いしてるでしょ?そういう姿見てたら、ああ、この子いいなあって思って……気づいたらずっと目で追うようになってたんだ」
まさか私の事をそんな風に見ててくれた人が居たなんて。
文化祭での写真依頼の話を聞いたときにはそういう人も居るのかなとは少し考えたけど、結局本気で買ってるわけじゃないよね、という自分的結論に達した。
……青田は例外かもしれないが。
正直、現在恋愛をする気はない。
万が一恋愛をしたいとすれば、それはバスケ関係のみんなであって、申し訳ないけどそれ以外の人は対象にすらなり得ない。
そりゃあバスケ部のみんなに恋愛対象として相手にされるなんて思っているわけではない。
でも、自分が恋愛したいと思えるとしたら彼らだけなのだ。
どう断ろうかと答えあぐねていると、後ろから足音が聞こえた。
「亜子先輩、探した」
「流川?」
何でここに居るってわかったんだろう。
彩ちゃんから聞いたのかな?
流川は私とその人の間に割り込み、そして腕を引っ張って私をその場から連れて行こうとする。
「返事は急いでないから、良かったら考えておいて欲しい。オレは3年の秋里っていうんだ。ちょっとでもいいから、ちゃんと考えてみて」
邪魔者が入ってしまった気まずさからか、秋里さんは流川を軽くひと睨みしてから去って行ってしまった。
考えるもなにも断るしか選択肢がないのに、引き伸ばしにしてしまったのは後悔した。
たとえ流川が来たとしても、すぐに断っておけばよかったんだ、と。
「……付き合うのか」
「…………は?」
「さっきのヤツ」
流川、いつから話を聞いていたんだろう。
なんとなく周りの空気がピリピリしている気がする。
「俺、邪魔だったか」
「え、何で。邪魔じゃないよ」
断れなかったのは悔やまれるけど、流川が来てくれてホッとしたのは事実だ。
「俺は邪魔するつもりで来た」
掴んでいた腕を放し、流川が私の正面に向き直った。
「邪魔するつもりで来たって、どういう……」
「亜子先輩が他のヤツに告られてんの見て、嫌だったから」
「え」
「アイツは違うだろ」
「……ん?」
一瞬ドキッとしたけれど、何だろう、流川の意図が読めない。
「亜子先輩が選ぶとしたら、アイツじゃない」
「…………」
流川の言う通りなんだけど、どう返事をしたものか……答えあぐねてしまう。
そして選ぶ、の言葉で一瞬頭に浮かんだのは、今まで関わってきたバスケ部の面々。
確かにバスケ部以外は選ばないだろうなー、なんて、思考が段々と暢気な方向に傾いていく。
私にそんな選択肢があるとも思ってないけど、もしも秋里さんじゃなくてバスケ部の人に告白されたら揺らぎまくるだろう。
「……っあー、ガラでもねーことすんじゃなかった。とにかく、付き合わないんだよな」
「や、そりゃ、……うん」
「……わかった。部活いこー」
「あ、はい」
結局流川が何を言いたかったのか、いまいち謎なままだ。
邪魔するつもりで来てくれたらしいので、助かった事に変わりはないんだけど。
その後は何も言わなくなった流川の後ろを歩き、体育館へと向かった。
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