スラムダンク | ナノ

 55

「おー、亜子。写真渡しに来てくれたんだって?」

「は……うん、写真部に頼まれて!」

危ない危ない、ついうっかり敬語を使いそうになってしまった。
藤真さんは気づいたようで、ニヤリと笑っていたけどセーフだろう。

「じゃあ俺、この後友達と約束あっから行くわ」

「おう、サンキュ」

「え、なんかごめんね付きあわせちゃって」

「いいって。嫌だったら来ねーし、時間に余裕あったから問題ねえよ。じゃあまたな」

「うん、ありがと!またねー!」

嫌だったら来ないとか嬉しい台詞を言い残し、望くんはこの場を離れていった。

「それにしてもわざわざここまで来なくても……そのうちそっちの体育館で会えただろうに」

「だって翔陽の練習風景も見てみたいって思ってたから、丁度いい機会かなって思ってさ」

「ああ、そういう事なら大歓迎。……でもスパイなら追い返すぜ?」

「素直に皆の練習してるところを見たいっていう気持ちは汲み取ってもらえないものかね」

「はは、嘘うそ。亜子がそんなことするヤツじゃねえってのは知ってるよ」

「どうしてバスケ部の人はこうからかうのが好きなんだか……!全く。ああ、それでこれが例の写真です」

頬を膨らませながらカバンから写真を取り出すと、藤真さんは笑いを堪えながら受け取った。
ほんとに失礼な。

封筒から中身を確認した藤真さん。

「…………」

「…………?」

あれ、無反応だな……何か駄目だったのかしら。

「お前……、これは俺の写真じゃないだろう」

言いながらピラッと私に写真を向けると、そこに写っていたのは紛れも無い私自身で。

「ぎゃおううわああああああああああああああ間違えたあああああああ!!」

物凄い勢いで藤真さんから写真を奪取し、改めて藤真さんの写真を渡す。
今度は中身をしっかり確認して間違いのないように!

「ブブッ……おま、バカだなホントに。俺はてっきりそんなに自分の晴れ姿を俺に見せたいのかと……ククッ……!」

「そんなわけないじゃないですか!間違いです!間違い!!」

「お、敬語使った」

「うわ」

この顔……!!
絶対悪巧みの顔してる……!!

「さ、俺の携帯はどこに置いたかな。画像送信準備をしなくては」

「ちょおおおおっと待ったあああああ!!駄目!駄目だって!!」

「約束破ったのはどこのどいつかなー?」

クッソ……!
約束っつったって勝手に決めたくせにー!!
この暴君め!!

「ごめんなさい私です悪かったからやめてくださいおねがいします」

「それも敬語ってことに気づいてる?」

「!!気づいてる!気づいてるから!後生だからやめてくれ……!!」

ヒィ、藤真兄には口では勝てん……!!

「ぶはっ!!ははは!!お前面白すぎ!そしてバカすぎ!!いーよ、許してやんよ。その代わり亜子のその写真俺にチョーダイ」

「えええ!!」

「嫌っつったら画像ばら撒くし、別にいいけど」

「嫌じゃない嫌じゃない!どうぞどうぞ貰ってちょうだい!!」

携帯を取りに行こうとする素振りを見せる藤真さんを一生懸命引き止める。
そしてすかさず自分の写真を差し出した。

「……あー……なんか疲れた。こんなの貰ってどうすんのさ……」

「これでまた一つ脅すネタが出来ただろ」

「!?」

はぁん?!
脅すネタが増えたって言った、この人!!

「鬼!悪魔!!」

「おーおー、なんとでも言え」

「さっきから楽しそうだな、こっちまで声が聞こえてくるぞ」

「花形さぁん……!!助けてくださいよ、この悪魔がいじめてくるんです!!」

助けに来てくれたのだろうか、近くに来てくれた花形さんの顔は苦笑気味だった。

「俺は何も悪いことしてねーだろうがよ」

「…………蜂谷、諦めろ」

花形さんも藤真さんには勝てないんですね、わかります。

「私に味方はいないのか……!!」

「お、そろそろ休憩終了だな。写真届けてくれたお礼っちゃなんだが、練習見ていくか?」

「え!いいの!?」

「ぶはっ」

私の返事に吹きだしたのは花形さんだった。

「え、ちょ、なんで笑うんですかそこで」

「いや、悪い。さっきまで鬼悪魔言ってたヤツが、急に元気になったもんだから」

「すみませんね単細胞で」

「そうは言ってないだろう」

言ってなくても私にはそう聞こえたんだから仕方ないだろう。
そりゃあゲンキンだったかな、とは思うけどさ。
あ、今更だけど花形さんにお久しぶりですって言うの忘れた。
それもこれもこの藤真さんのせいだ。

「とりあえずギャラリーなら居ても問題ないだろ。その制服だと目立つだろうし、俺のジャージ貸してやるから来いよ」

「うわあ、ありがとうござ……ありがとう!!」

気を抜くとまだ敬語が抜けない。
ホント気をつけなきゃ今後どんな弱みを握られるかわかったもんじゃない。
写真の件については不本意だが、諦めることにしよう。
藤真さんには絶対秘密だが私だって藤真さんの写真を持っているんだからおあいこだ。
……まあ、それが藤真さんの弱みになるかっていったら絶対ならないだろうけど。


藤真さんに案内され、体育館のステージ裏で借りたジャージに着替えさせてもらった。
今日は使ってないから匂いとか心配すんなって言われたけど、貸してもらえるだけ有難いんだから匂いまで気にしなかったのに。
それに、暑苦しい人ならともかく、藤真さんのジャージにそんな心配は一切してない。
寧ろフローラルな感じ?
あれ、私変態?

ジャージに着替えてからは翔陽の人から変な目で見られることが無くなった。
はっはっは、これが藤真さんのジャージだっていう事も誰も気づくまい。

最初はギャラリーからみんなの様子を見ていたんだけど、途中怪我人が出てしまったので様子を見に下へ降りた。
私にも一応テーピング等の知識はあるし、処置役を買って出た。
でしゃばりかなとも思ったけど、他の皆は練習に集中してもらいたいし、見学させてもらえてお役に立てるんなら私にとっても嬉しい限りだ。

翔陽にはマネージャーはいない。
最初望くんがマネージャー代わりだと思ってたんだけどね、今では違うっていうのがわかったし。
だから処置が終わった後、怪我をした子に『マネージャーって良いものですね……!』と感動されてしまった。
や、私マネージャーじゃないんだけどね。
それでも喜んでいただけたのなら幸いだ。

処置を終えてからはまたギャラリーへと戻る。

しばらくシュート練習を続けた後、ミニゲーム形式になって。
藤真さんは審判をしながら他の選手を指導していた。
いつも審判をしているわけじゃないんだろうけど、こうやって選手を育てているんだ。
やっぱり選手兼監督って凄いことだよ。

みんなの動きに目を奪われているうちに、時間はあっという間に過ぎて。
いつの間にか外は真っ暗、部活終了の時間となってしまった。
もうちょっと見ていたかったけど仕方ない、また機会があったら遊びに来ちゃえばいいよね。

流石にそろそろ帰らないとな、と思い、部員が解散したのを見計らって藤真さんに声を掛けに行く。

「私帰るね。ジャージは洗って返すよ」

「いいよ、羽織ってたくらいで汚れてないだろ」

「あっ」

畳んで持って帰ろうとしていたジャージを、藤真さんがサッと奪っていった。
確かに汚したわけではないけどさ。
私が一回着ちゃったジャージだし、申し訳ないと思ったんだけど。
いいっていうならいいのかな。

「帰るっつっても外暗いし、危ないから送ってってやるよ」

「ええ!いいよ、藤真さん疲れてるんだから。一人で平気だし」

「今日の練習は軽めだったし、別に疲れてねーよ。つべこべ言わずにもう少し待ってろ」

「あ、ちょ……わかったよー」

待ってろと言い逃げした藤真さんは、部室に着替えに行ったようだ。
私は行き場がないので体育館の入り口で座って待つことにした。
先に着替えた部員達が私を見るなりお辞儀をして帰っていく。
お辞儀されるほどのヤツじゃないんだけどなあ、とは思いながらもこちらも丁寧にお辞儀で返した。
そうしているうちに藤真さんが体育館の方へ戻ってきて。
体育館横に停めてある自転車のひとつに手を伸ばし、自転車を押しながら私の前へ。

「おう、待たせたな」

「いやいやー、お疲れ様」

「んじゃ帰るか。駅まで歩きだろ?後ろ乗れよ」

「何なら私が漕ごうか?」

「バカか。女に漕がせるとかオカシイだろ」

「だって」

「だって何だよ」

疲れてると思ったんだもん、って言おうとしたんだけど。
さっき疲れてねーよって言われたし、言ったら怒られそうな気がした。

「なんでもない、じゃあお言葉に甘えて!」

「おし、ちゃんと掴まっておけよ」

「はーい」

藤真さんの腰辺りに手を宛てさせてもらって、後ろへと乗り込む。
力強く漕ぎ出した自転車は、軽快なスピードで駅方面に向かって走っていく。
部活後だっていうのにほんとに体力が有り余っているように見えた。
高校生活で培ってきたものがあるんだなあ、と感心する。

風に混ざってほんのりとレモンの香りがする。
使っている制汗剤がレモンなのだろう。
もうちょっと大人っぽい香りのものを使っていそうなイメージがあったから、ちょっと可愛いなって思ってしまった。

「それにしても亜子は可愛く写ってたな」

「写真の話?」

「おお、さっきのメイドのやつな」

「素直に褒められるとそれはそれで怖い」

「お前は人の好意くらい素直に受け取れよ」

「だって藤真さんの場合嘘かほんとかわかんないんだもん」

「俺だって常に嘘ばっか言ってるわけじゃねーよ」

あ、私に対して嘘ばっか言ってるっていう自覚あるんだ。
確かに嘘ばかりじゃないけど、おちょくられてるような気がするのは今までの経験上仕方ないじゃないか。

「じゃあ素直に受け取りますよーだ。でも藤真さんもかっこよかったよね」

「俺は当たり前だろう」

「うわ、自信満々」

「まーな!」

藤真さんが言うと嫌味に聞こえないから凄い。
本当にカッコイイから否定もできないし、自分から言った言葉に対して否定するのもおかしな話だし。

「なー」

そう思っていると、突然真面目なトーンで話し掛けられた。

「何?」

「文化祭の時、あれデートか?」

「デッ……ま、まあ、うん。デートしようぜ、って言われたから……」

「ふぅん……なるほどな」

何だその意味深な感じ。

「何か思うとこでもあった?」

「いいや、別にー。つーか来年はウチの文化祭にも来いよ」

「あ、是非行きたい!ってか、今年はいつだったの?」

「11月の一週目に終わってる」

「なんだ、まだだったら行きたかったのに。残念」

軽く話を流されて、なんだかモヤモヤする。
けど、翔陽の文化祭の時の話になってしまったのでそれ以上突っ込むことも出来ず、話はどんどん進んでいく。

「あとさ」

「うん?」

「俺の事はいつ名前で呼ぶわけ?」

「な、まえ……ええ!?敬語無しでもいっぱいいっぱいなのにこれ以上要求すんの!?」

「そりゃお前、望は名前なのに俺だけ名字っつーのは寂しいだろ。オトモダチなのになー、亜子チャンは写真ばら蒔かれたいのかなー」

「ひ、酷すぎる……」

「いいだろ、名前くらい。寂しいっつーのは嘘じゃねえよ」

「うぐっ、」

冗談っぽくない言い方で言われたら断りにくい……!
望くんは最初からそうだったし、藤真さんは藤真さん!っていうイメージだったし。

そんなやりとりをしていたら、駅に到着するのはあっという間で。

「で、呼ぶの?呼ばないの?」

「写真チラつかせながら言うのやめてもらえませんかね……!」

「はい敬語ー」

「ああああもう!わかったよ!健司くん!」

「もう一回」

「……改められると、は、恥ずかしいんだけど」

「…………」

無言で写真ピラピラすんのやめて……!!

「……健司くん」

「ふはっ、名前呼ぶだけで赤くなってんじゃねーよ」

「自然な流れじゃないから恥ずかしくて赤くなるにきまってんでしょー!もう、帰る!」

「まあ待て待て。良く出来ましたのごほーびに最寄り駅まで送ってやっから」

「ええ!?それはさすがに悪いよ!」

「いーから行くぞ」

「え、ちょ、マジか」

私の手をぐいっと引っ張り、駅構内へと進んでいく。

それから藤真さんは本当に私の最寄駅まで電車に乗ってまで送ってくれた。

最後の別れ際に気をつけて帰れよ、と言ってくれた藤真さんの笑顔はとても優しいものだった。

その笑顔にときめいてしまうのは仕方ない事だと思う。
こんなカッコいい人と知り合えただけじゃなく、仲良くさせて貰っている。
湘北のみんなも、他の学校の皆もそうだけど……私、この世界で幸せすぎない?

この後どんでん返しとか来ない?大丈夫かな。

しかし……いくら写真を届けに行ったついでとはいえ、ジャージまで借りて見学させてもらって。
今度行くときは送ってもらうことのない様に明るいうちに帰ることにしよう。

送ってもらえたのは凄く嬉しかったけど、疲れてないとは言っても申し訳ないことに変わりは無い。
そして密かなお礼として今度は差し入れでも持っていこうかな、なんて思った。


それにしても、名前かあ……名前、ねえ。
藤真さんからいきなり健司くんになるのはハードル高いよなあ。
寿先輩やリョータ、花道はほんとの最初からだったし、彰くんの場合は同い年っていうのもあったし自然なノリでいけたから。


健司くん、健司くん、健司くん。


……慣れるまでしばらく心の中で練習しないと、次に会ったときに普通に藤真さんって呼んでしまいそうだ。
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