スラムダンク | ナノ

 51

「うい、到着ー!」


先輩の声に顔を上げると、そこにはでかでかと『ホラーハウス』の文字が。
何だろう、最近これと同じ気分を味わったことがあるような気がする。

「……先輩、わかったって言ったじゃないですか」

「わーったとは言ったが、ホラーハウス行かねえなんて言ってねえ」


……三井寿と藤真望は思考回路が同じなのか。


「詐欺!先輩の詐欺!バカ!万年赤点!」

「最後のは余計だろが!!」

「やだって言ってんじゃないですかー!!」

「だいじょーぶだっつの、ほら並んでるヤツ少ししかいねーくらいなんだからそんな面白くもないんだって」

「えぇー……?」

入り口の横の列を見てみると、寿先輩の言うとおりに並んでいる人は少ない。
面白いお化け屋敷とかって、確かにいっぱい人並んでるよね……ってことはそんなに怖くないのかな。

「しょーがない、一緒に入ってあげます」

怖くないならいっか、と思い始めた途端の強気姿勢である。

「おーおー、そらありがたいありがたい」

子供を相手にするように、寿先輩は笑いながら答えた。
何気に普通に楽しいやりとりが出来るから、一緒に居ても気を使わなくて済むんだよね。
湘北に限らず、バスケ部には似たようなノリの人が多いから楽しい。
並んでいる少しの間も日常会話で盛り上がり、そうしている内に私達の順番が来た。

「気をつけて行ってらっしゃいませ……。この門をくぐって帰って来た人は一人もいませんから……」

入り口の案内人にそう言われ、中に入る。
入ると同時に失礼ながらも二人で声に出して笑ってしまった。

「ぶははは!いーなあのノリ!おもしれー!」

「さすがホラーハウスですね!大げさなところがまたなんとも!」

「表情まで作りこんでてすごかっ、ぉわ!」

「ぎゃ!!」

笑っていると、突然前から人が。
暗くてよく見えなかったが、ジェイソンのお面を被った人が進行方向を指さしていた。

「ああ、こっち行けってことね。ちょっとビビッたじゃねーか」

「あ、あは……」

先輩はちょっとかもしれないけど、私はちょっとじゃない。
かなりビビッた。
次に進もうとする先輩の腕を、思わずきゅっと掴む。


「ん?」
「ん?」


疑問に対し、疑問で答える。
コレ鉄則ね。
すると寿先輩はニヤリと笑みを浮かべて。

「キミィ、その手はなんだね」

「うっ……ちょっと躓いただけです」

「嘘こけ。オラ、進むぞ」

「わっ」

当たり前のように嘘がバレて。
そしてすぐに先輩の手が私の手を包み、引っ張られていく。

うそ、寿先輩と手ぇ繋いじゃった……!

遊園地の時は確か流川と藤真さんに手を繋いでもらって。
あの時は二人いたから緊張よりもほのぼのしてて逆に笑いがこみ上げてきたっていう感じだった気がする。
けれども今は完全に二人きりなわけで。
こんなにドキドキしてるのって絶対私だけだろうし、先輩は飄々と進んでいくから気にしてないんだろうけど!

意識すると汗かきそうで困る……!
手汗女とか思われたくない……!!

「真っ暗だかんな、はぐれんなよ」


あ、そういう意味?
寿先輩はそういう意味で手を繋いでくれたの?
……なんだ、やっぱりドキドキしてるの私一人なんじゃん!

「寿先輩こそ、迷子にならないでくださいよーっだ!」

「ッテェ!」

ちょっと悔しかったので、寿先輩の握っている手を更に力を込めてぎゅうう、と握りつぶした。

「おまえなあ……そっちがその気なら」

「む、うお、おああああいたた!いたたたた痛いです痛いですすみませんでしたあああ!!」

「はっは、わかりゃいいんだよ。俺に逆らおうなんざ100年早い!」

「100年後には二人共お陀仏してるじゃないですか」

「マジで答えんなよお前は!」

仕返しされるってちょっとはわかってたんだけどね。
やっぱり男性の握力にはかないませんていうか……本気で凄く痛かった。


その後もずっと手を繋ぎっぱなしでお化け屋敷を進んで行く。
さっきみたいに突然驚かされた場所もたくさんあったけど、寿先輩が手を繋いでくれていたので全然怖くなかった。
それどころか楽しくて、お化け役の人を見るなり笑い出す始末だ。
脅かす側はさぞつまらなかったことだろう。

「なんだ、もう終わりか」

角を曲がったところで光が見えて、出口に辿り着いた。

「長かったような短かったような、って感じですね」

「オウ、もうちょい怖くても良かったな」

「結局笑ってばっかでしたもんね」

「そーだな、最初こそ怖いなんて言ってたくせに亜子は大爆笑してたからな」

そう言いながら、寿先輩は自然に繋いでいた手を離した。
お化け屋敷の中は真っ暗で、怖いっていうこともあったしはぐれちゃいけないっていう理由もあったし、手を繋いでいても不自然ではなかったけれど。
外に出てしまった今、いつまでも手なんて繋いでいたら他の生徒の目につくわけで。

……わかるけど、なんか寂しいなって思っちゃうのは仕方ないことだよね。

「ん?なんだ、寂しいのか?」

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる寿先輩。

「ばっ!寂しくないですぅ!そんな子供じゃないです!」

「おま、今バカって言いかけたな!」

「先輩の気のせいですー!」

「ったく……しょうがねえヤツ。オラ、奢ってやるから何か飲み物でも買いに行こうぜ!」

しょうがねえな、と笑いながら私の頭をくしゃりと撫でる先輩。
もう、寿先輩は私の頭を撫ですぎだよ。
寿先輩ってズルいよね、素でこんなことやってくれちゃうんだから。

……うっかり好きになりそうになっちゃうじゃんか。

いや、そりゃ大好きな先輩だけど。
でもそれは寿先輩だけじゃない。
この世界で私と関わってくれたバスケ関係のみんなが大好き。
大好きだけど、友情のそれを恋愛に変えてしまっては駄目なんだってわかってる。
本気で好きな人が出来てしまったら……もし、いつかこの世界と離れる日が来たら。


私、生きていける自信がなくなっちゃうかもしれない。


この日常が当たり前すぎて、元の世界に帰るなんてそんなこと久しく考えてもいなかった。
神さんと話をしたときも、仲間が出来て嬉しかっただけで、この世界から離れるなんて事は思わなかったし。
伯父さんに姪っ子になりなさいって言ってもらえて、ここが私の居場所なんだって思ってたのに今更帰るなんて。
絶対帰らないっていう確信も根拠もあるわけではない。
でも私はこれからずっとここが私の居場所なんだって

……そう、思ってた。


いつのまにかこの世界に依存しすぎている自分に気づいた。

居心地が良すぎるんだよここは。
私が理想とする世界だ。
好きなことが出来て、好きな人達と一緒に居ることが出来て。

こんな贅沢してたら罰があたるんじゃないかって思ったこともあった。

でも、いつまでも続けばいいって思ってた。
逆に言えば、元の世界に戻るっていう保証もない。
それなのにどうして私の心臓はこんなに不安を覚えているんだろう。





「どうした亜子、気分でも悪くなったか?」

「……え、だ、大丈夫ですよ!全然元気です!暗いとこから明るいとこに出てきたからモグラになった気分なだけで」

「モグラってお前……まあ、そんならいいけど。桜木のところにでもいこーぜ」

「はい!行きます!」


人を好きになるのは簡単だ。
友情から愛情に変わるのも簡単だ。
でも、自分の気持ちをセーブしなきゃいけないのって……とても難しいね。


考えたって仕方ないことだなんて、わかりきっている事なのに。
そんな不安を断ち切るかのように、寿先輩が後ろを向いた隙に思い切り首を左右に振った。
あんまりにもネガティブに考えるようになったら神さんに相談させてもらおう。
こんな話を出来るのは彼しかいない。

先を歩く寿先輩の後について、体育館を後にした。
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