スラムダンク | ナノ

 45

『もうすぐ兄さんがそっちに着くと思う』

そんなメールが届いたのはわずか5分前の事こと。
まさか、私の目の前にいるこのお堅そうな男性が神くんの兄さんだというのだろうか。
確かに神くんは『藤真さん達みたいに似てるわけじゃない』と言っていた。
言っていたにもかかわらず、神くんのあの物腰の柔らかさで想像してたから……それとは対照的に厳しそうで鋭い眼光が突き刺さるというかなんと言うか。

例えて云うならばどこぞの部長のような。
そんな感じ。

「蜂谷亜子というのはキミか?」

「あ、はい。そうです。神くんのお兄さんですか?」

話し方まで某部長のようだ、なんて思いながらも返すと、彼はコクリと頷いた。
この張り詰めた空気に、変に緊張が高まる。
すると、私が緊張してるのが丸わかりだったようで『そんなに緊張しないでくれ』というお言葉をいただいてしまった。

無理言うな、と言いたい。

「とりあえず、中へどうぞ」

内側から扉を開け、神くんのお兄さんを中へと招き入れる。
神くんのお兄さんって呼ぶのもなんか長いな。
神くんのお兄さんだって苗字は神なんだし。
神さん?
うん、神さんっていうのがしっくりくるかな?

「神さんはコーヒーと紅茶、どっちがいいですか?」

「おかまいなく……と言いたいところだが、紅茶をもらおうかな」

顔からしてコーヒーっていうイメージだったんだけど、意外にも紅茶なのか、と思ったのは心の中で留めておく。
注いだ紅茶を差し出し、神さんの向かいの椅子に腰掛けた。

「ありがとう」

「いえいえ。紅茶お好きなんですか?」

「そうだな、好んで飲むほうではある」

「そうですか」

「…………」

「…………」

か、会話が続く気配がない……!
この人、体育館に興味があって来たんだよね?
私と話をするために来たんだよねえ?

正直、とてもそうは見えないんですけど……!

「あのう……体育館に興味があるっていう話を神くんから聞いているんですが……」

「ああ、そうだな……興味があるといえば、そうなるな。この世界にとってイレギュラーなものだとは思っている」



…………え?



人の心を見抜くような、真っ直ぐな視線。
紅茶を飲んだ神さんがカップを置く、コトリという音が妙にこの部屋に響いた。

「どういう……意味、ですか?」

「キミなら理解してくれると思ったんだが」

「ですから、どういう……」

「そのまんまの意味だ」

どういう意味かなんて。
そんなの聞かなくても解っていた。
イレギュラーという言葉を聞いたとき、直感でこの人は私と同じなんだって。

そう、思ったから。

昨日の胸騒ぎの原因が、ようやく解った。

「……あたしを、どうするつもりなんですか?」

「……は?」

拍子抜けした、というような感じで言葉を発した神さん。

「わざわざ話をしにきたっていうことは、私を元の世界に連れ戻すとかなんとか、そんな類の話でしょう!連れ戻そうとしたってそうはカンタンにいかないんだから!」

ガタッと立ち上がり、拳を強く握り締めつつ自分の気持ちをぶつけた。

私は自分で願ってこの世界に来た。
そのきっかけが例え偶然だったとしても、今の生活とこの環境を壊したくない。
そりゃあ、元の世界に全く未練はないのかと問われれば、無いと言ったら嘘になる。
でも、元の世界を忘れてしまえるくらいここを離れたくないと思っているのが現状。

だから意地でも帰るもんか!

そういう意味を込めてぶつけた……の、だったが。

「……ははっ、はははははっ!!」

突如大爆笑の神さん。

「な、にがおかしいんですか!」

「いいや、は、ははっ!ま、まさかそう捉えているとは……!!あっはははは!!」

いやいや見かけによらず笑いすぎだろう。
まさかそんな大声で笑うような人だとは思わなかったよ。

ていうか。

「……違うの?」

「違うも何も、全くの見当違いも甚だしいよ。なんで僕がキミを連れ戻しに来たっていう話になるんだ?どこをどうしたら?『キミなら理解してくれる』っていうのは、僕とキミが同じ境遇だから言った言葉だったんだが」

「え?あの、意味がよく……」

「何か相当な思い違いをしているようだね」

クツクツと笑いながら、神さんはわかりやすく説明をしてくれた。

一番大まかな説明としては、神さんも私と同じくあの雷の時にこちらの世界にやってきた、ということ。
同じようにこの世界に来たいと願っていたそうだ。
大のおとなが異世界へ行きたいと願うなんてね、と苦笑していたが、それは私だって同じことなので笑えることではない。
実際にこうしてここに居るんだから。
異世界トリップだなんて空想の話が現実になっているんだもの。

神くんから私の話を聞いたときに、もしかして自分と同じように向こうからこっちにやってきた人が居るんじゃないかって思ったそうだ。
体育館だって元々あったものではないし、そう考えるとイレギュラーなものは他にもあると。
私に会って確証を得たかったらしい。

「僕も不思議な力の作用でこっちにやってきた立場だからな、キミをどうこうしようなんてそんなこと出来るわけがないんだ」

「な、なるほど。なんか……凄く……恥ずかしい早とちりをしてしまってすみませんでした……」

穴があったら入りたいとはこのことだろう。
顔から火が出るくらい恥ずかしい。
元々早とちりなところを持ち合わせているこの性格、ちょっとどうにかしたい……。

「まあ、それについてはいいよもう。それより、僕の考えが正しければ翔陽の藤真の妹?だったか?その子も同じ立場なんじゃないかって思っている」

「……!確かに、そうかも!」

まさかの望くんがあたしと同じ……!?
でも、有り得る話だ。
原作では藤真さんの妹……弟なんて出てこなかった。
そう考えると越野くんのとこのなつきちゃんも……?

「確証があるわけじゃないから何とも言えないが。可能性はあると思う」

「そうですね……」

「かと言って、そう簡単にできる話でもないしな」

「ですよね……って、あれ?じゃあなんで私にはその話をしてきたんですか??」

そうなのだ。
可能性っていうだけならば、私だって原作には出てこないけれども実際に伯父さんの姪っていう可能性だってあっただろうに。

「まあ、確かに実際にこっちの世界の人物っていう可能性もあっただろう。でも、燻ってるだけじゃ何も進まないし、少しでも収穫があればいいかと思ったら行動に出てたんだ。それに……」

「それに?」

「宗一郎が楽しそうに話すんだ、蜂谷さんの事。弟がそんなに楽しそうに話す子がどんな子なのだろうって、そりゃあ興味も沸くだろう」

神さんの口から『宗一郎』なんて自然に出ると、本当の兄弟みたいに思えるから不思議。
それを言ったら望くんだって、なつきちゃんだって。
違和感なんて一切なかったもんなあ。

それにしても、神くんが私の事を家族に話してると思うと、なんかちょっとむず痒い。

「神くんは神さん……お兄さんがこの世界の住人じゃないっていうのは知ってるんですか?」

「いや、それは知らない。僕の協力者……っていうのか?それは母親なんだ。母親だけが僕の存在の全てを知っている」

「そうなんですか……私の場合は伯父さん、あ、安西先生が知っていたのでてっきり原作に出てきた人が関係してるのかと思ったんですが……そういうわけでもないんですね」

「どういう意図があるか等とはさっぱりだがな」

「人智を超えてますもんね」

「確かに」

二人そろって小さなため息をつくと、それは自然と笑みに変わる。

「まさか同じ境遇の人に出会えるなんて思ってませんでした」

「そうだな。僕も最初はそうやって思っていた」

「でも、少し安心できた気がします。今、何か不安があったわけではないんですけど……万が一何かあったときに相談できる人が居るっていうのが心強いというか……」

「人智を超えた力の作用に関しては何もできないが、メンタル面での不安についてならいつでも相談してくれて構わない。逆に僕もキミを頼る時が来るかもしれないんだ、お互い様だと思っておいたほうがいいだろう」

「そう……ですね。ありがとうございます!」

お礼を言うのはこっちのほうだ、と言いつつも立ち上がる神さん。
まさかの展開に内心驚きっぱなしだけど、神さんと話をすることが出来てよかったと思う。

なつきちゃんはともかく、今後望くんにも同じ話をしてみたいところだけど……そんなチャンスはくるのかな。
何かきっかけがないと難しいような気もする。
同じ境遇ってわかったからって、何をどうこうするわけでもないし。
しいて言うならば親近感が増すっていうことくらいだろうか。

「あ、そうそう。体育館の管理人の件だけれども」

「管理人……ああ、当初はそういう話でしたね。でもそれって口実だったんじゃないんですか?」

「まあ、口実のつもりではあったんだが。宗一郎の話によると、キミはバスケ部の手伝いもしているらしいじゃないか。週二日くらいだったら僕も手伝えるが」

手伝っていただけるのはとても有難い話である。
正直、もっとバスケ部のみんなと一緒に居たいし、側でプレイを見ていたい。
しかしながら体育館の管理日はやはり早く帰らなければ伯母さんに迷惑がかかる。
でも……こんな個人的な気持ちでお願いするのも凄く失礼な話だよなあ……バイト代が出るっていうわけでもないんだし。

「バイト代とか気にしてるのであればそんな必要はない」

「うわ、人の心読まないでくださいよ!」

「そんなような顔をしているからだろう」

「顔に出してたつもりもないんですけどねー……あは……まあ、バイト代に関してもなんですけど……部活に出たいからっていうよこしまな考えで神さんにお願いするのもどうかと思いまして」

「それなら僕だってよこしまな考えではあるんだが、この体育館は色んなプレイヤーが来るのだろう?僕も少しは海南以外も見てみたいと思っている」

ああ、そうか。
神さんだってこの世界に来たいと望んで、今ここにいるんだ。
もし私が逆の立場だったら是が非にでも管理人を買って出たかもしれない。

「じゃあ……お言葉に甘えてお願いします。火曜日は伯母さんが遅くまで管理してくれているので……それ以外で何曜日がいいとか、希望あったりします?」

「そうだな……それならば日曜日と月曜日で来ようか」

「え!?日曜日なんていいんですか?!」

「今のところは何があるわけでもないからな。この先就職とかそういう話になったら曜日変更してもらうかもしれないが」

「なんていうか……本当に助かります!ありがとうございます!」

「いや、先ほど助け合うのはお互い様だと言っただろう。そんなに気にしなくていい」

なんていい人なの、神兄!!
最初に厳しそうで鋭い眼光が突き刺さるとか思ってごめんなさい。
人は見た目によらないって、この短い時間で凄く理解できました。

話すことは全て完了したようで、今度こそ管理人部屋を立ち去ろうとする神さん。
今後お世話になるのなら、せめて名前とアドレスくらいはしっかり教えてもらわないと。

「最後に、お名前聞かせていただけますか?」

「神……龍之介」

予想以上に渋い名前に、苦笑いしか出て来ず。
名前の後に聞こうと思っていたアドレスについては完全に頭から抜けてしまった。

仕方ないので夜にでも神くんにメールで教えてもらおう。
prev / next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -