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よくよく考えてみれば、私は正式なマネージャーになったわけでもなんでもない。
だから、時間を作ろうと思えばいくらでも作れたわけだったんだが。
先日の望くんとの話し合いで湘北の部活中心に考えてたから、時間が合わないなーなんて思ってたけど。
あの日はたまたま部活に出ただけであって、テストが終わった今はもう、体育館の管理にも戻らなきゃいけなかったんだっけ。
伯母さんに任せっきりでいいわけないじゃんか、私の頭はどれだけ都合がいいんだ。
それで考えると、望くんが提案した日にちも大丈夫なところがあったなあ、なんて思ったって後の祭り。
今更誘うのも、なんかタイミング逃しちゃった感じで……ねえ。
申し訳ないし、今回は一人で行くって決めたんだから一人で行こう。
というわけで、今日は体育館の休館日だからお買い物に行く。
学校から一旦帰って、私服に着替えて出かける準備をする。
制服のままでも良かったんだけど、動き回りやすいのは私服だからさ。
といっても七部袖のシャツにGパンというラフな格好だけど。
自転車にまたがり、いつもの商店街へと走り出す。
商店街に買い物に行くのは慣れっこで、最近ではようやく八百屋のおっちゃんとか、肉屋のおばちゃんに顔を覚えてもらえるようになった。
顔を見ると挨拶してくれて、二、三言交わしてはついつい買ってしまいそうになる衝動を抑え、今日は違うんだーと言いながらもその場を後にする。
こういう人の繋がりっていいよね。
いまどきの若いもんは、って厳しいことを言ってくる人もいるけど、ほとんどが気さくな人ばかりだから、買い物に来るのも今では楽しみの一つだったりする。
商店街を通り過ぎ、更に30分程自転車を走らせ。
本当なら電車で来たほうが早かったんだけど、自転車でこれない距離でもないからちょっとした節約ってやつ。
それに、電車だと荷物を持って人混みを気にしなきゃいけないのが嫌だし。
ちょっと大きめな女性服専用のショップに入り、店内を見回す。
すると、入って間もなく知っている人物を見かけた。
間違いだったらどうしよう、と思いながらもその人物に近寄って。
「もしかして越野くん?」
「え?うわあ!!」
声をかけると振り返ったその人は、やっぱり陵南の越野くんだった。
思い切りビックリしたみたいで、なんか申し訳ない。
「ご、ごめん、そんなに驚くとは思ってなくて……」
「あ、いやいや、俺もビックリしすぎた、ごめん」
「にーにー、このおねえちゃんだれ?」
慌てた越野くんの下から聞えた可愛い声に目を向けると、小学校一年生くらいの小さい女の子が越野くんのシャツの裾をぐいっと引っ張っている姿が目に入った。
「ああ、このおねえちゃんは、兄ちゃんの友達」
「へえ……」
「越野くんの妹さん?凄い可愛いねえ〜……!」
「こしのなつきです、よろしくおねがいします!」
しゃがみこんで視線を合わせると、自己紹介をしてくれたなつきちゃん。
なんて礼儀正しいんだろうか……!
花道にもこの姿を見せてあげたい!
「なつきちゃんていう名前なんだね、お姉ちゃんは蜂谷亜子っていうんだ、よろしくね!」
「うん!」
「ああー、本当に可愛いね、なつきちゃん!こんな可愛い妹ちゃんがいて、越野くんは幸せだねー!」
「まあ……猫被ってる部分もあるけどな」
妹を褒められて悪い気はしてないみたいで、越野くんの顔はほんのり赤かった。
それにしても、陵南バスケ部は今日は休みなんだろうか?
なんでこんなところにいるんだろう。
「ねえ、バスケ部は休みなの?」
「ん?いや、今日は練習ある日なんだけど……母親が熱出して倒れちゃってさ。で、こいつの面倒見なきゃいけないから俺だけ早退させてもらったわけ」
「そうなんだ、お母さん大丈夫?」
「ああ、とりあえず薬も飲ませたし、しばらく寝てれば治るだろ。明日の部活には俺も出れるかなー」
「越野くん、偉いんだねー。ちゃんとお兄ちゃんって感じ!」
ねー、と、なつきちゃんを見れば、なつきちゃんも嬉しそうにニコォ!と笑った。
「蜂谷さんは、今日は?」
「私は体育館が休館日でね、ちょっと服を買いにきたんだ」
自分のその言葉で思い出したけど、ここは女性服専用だから越野くんがこんなところにいるっていうのが凄く意外だったんだよね。
大方なつきちゃんの服を買いに来たんだろうけどさ。
「あー、もし迷惑じゃなかったらさ、なつきの服も一緒に見立ててやってくれないかな。俺、女の子の服なんてよくわかんねーから……」
なんとなくそんな感じがするよ、越野くん。
失礼だけど越野くんはそういうの疎そうなイメージがある。
「私でよければ、全然構わないよ!」
「おねえちゃんがえらんでくれるの?なつきのふく」
「うん、一緒に可愛いの選ぼうか!」
「わー!ありがとう!」
お礼を言うなつきちゃんに、手をぎゅっと握られて。
鼻の下が伸びそうになった私は、越野くんに一言断りを入れた。
「そんなわけで、なつきちゃんと一緒に洋服見てくるから、なつきちゃんのことお借りするね!もしよかったら、近くの店で時間潰しててくれる?私の服も見たいし、時間かかっちゃいそうだし……この店、男の人には居心地悪そうだし、さ」
はは、と笑うと、越野くんもそう思ってたみたいで、安心した表情になった。
「そうなんだよな、こういう店ってやっぱ居心地悪くてさ……助かるよ、本当に悪いな」
「いいよー、なつきちゃん可愛いし、私も一人で買い物するのも寂しかったし!」
「蜂谷さんってほんといいヤツだよなー。仙道に見習って欲しいくらいだ。じゃあ、適当にうろついてるから、終わったら連絡……と、」
越野くんが言葉に詰まった。
そこで私も気づく。
越野くんとはメアドや番号の交換、してなかったな。
そんなタイミングもなかったし……これは、お近づきになれるチャンスでは!
「もしよかったら、アドレスと番号教えてくれる?」
「いいのか?」
「え、もちろん!買い物終わったら連絡するし、越野くんさえ嫌じゃなければ、たまにはメールの相手もして欲しい」
「お、俺でよければいつでもいいけど……じゃあ、これ」
よかった、嫌がられなくて。
越野くんが差し出してくれた携帯を見せてもらいつつ、それを自分の携帯に入力して。
それから越野くんにワン切りと空メールをさせてもらった。
よし、越野くんの情報ゲットです!
……今だけ彦一になった気分だ。
一通りのやりとりが終わり、私となつきちゃんは店内を見回ることに。
越野くんが出て行った後、なつきちゃんの手を取って、いこうかと促すと、なつきちゃんは嬉しそうに頷いて、手をぎゅっと握り返してくれた。
いいなあ、こんな可愛い妹なら私も欲しい。
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