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中間テストまであと一週間。
部活は今日から活動休止時期に入り、テストが終わったらまた再開。
私も一応は学生の身なので、テスト期間中は体育館の管理を伯母さんにやってもらうことになった。
もちろん、申し訳ないと思って最初は断ったんだけど。
『私は亜子ちゃんの親代わりですからね、勉強は頑張ってもらわなくちゃ』なんて、優しい笑顔でそう言われてしまったら、素直にお願いする他なかった。
たまには図書室で勉強でもしようかな。
そう思って図書室に向かっていた最中、流川に出会った。
「あれ、めずらしいねこんなところで。もしかして流川も図書室で勉強しようと……思ってるわけないか」
言葉を言いかけた時、背中にぶら下げているバッシュが目に入った。
勉強せずに体育館に行ってバスケやる気だな、この男は。
でもこっちは体育館とは正反対の方向。
「亜子先輩のこと探してた」
ああ、なるほど。
私を探してこっちに来たのであれば体育館とは正反対でも納得がいく。
「何か用事?」
そう問いかけると流川はコクンと頷き、ポケットから何かの紙を取り出した。
「一緒に行きませんか」
ん、と手渡されたそれは、先日の交流試合での優勝賞品である八景島ランドのご招待券だった。
「え、私と?」
「そう」
「二人で?」
「チケット二枚しかねーし」
相変わらずの口調で淡々と喋る流川。
なのでいつもの調子でおっけー!とか言ってしまいそうになったけど、よくよく考えてみればこれってデート……に、なるのだろうか?
そもそも、なんで私を誘ってくれているのだろうかこの男は。
「あの、なんで私?」
素直にそう聞いてみると流川はうーん、と考えながら首をかしげた後、こう言った。
「このチケット、欲しそうな顔してたから……?」
「え?」
疑問に疑問で返されて、再び疑問で返してしまった。
どんな会話だ、これ。
「交流試合の時、何が何でもゲットしてやるって顔してたから。行きてーんじゃねーかと思って」
「ああ!」
確かにすごくゲットしたかった。
でもそれは自分のためじゃなくて、伯父さん夫婦に息抜きしてもらいたいな、と思ってプレゼントしたかったから。
だから欲しかったんだけど、それを流川は私自身が行きたいと思って誘ってくれたのか。
なんて先輩思いのいいヤツなんだ……!
流川の優しい気持ちを無碍にするわけにもいかないよね、ここはお誘いを受けなければ!
「ありがとう、是非ともご一緒させてください!」
笑顔でそう告げると、流川は、ふ、と力が抜けたような。
そんな、柔らかな笑顔を見せた。
流川のこんな表情、初めて見た……
無口で淡々と喋るし、いつも無表情なイメージがあったけど。
こんな風にやんわりと笑えるんだね。
私が気づいてないだけだったのかもしれないけど、ひとつオイシイ発見。
「でも、他に誘いたい人いなかったの?」
「男と一緒に行く気にはならねーし、かといって女はめんどい」
「女はめんどいって。私もそんな女の一人なんですけど」
「亜子先輩はメンドーじゃない」
流川の言葉が、特別扱いしてくれてるような気がして嬉しかった。
バスケを一緒にやったりしてるから普通の女の子とは違う風に接してくれてるのかな。
プレイヤーとしてちゃんと接してくれてるんだったら凄い嬉しい事だ。
「私、バスケやっててよかったよ!」
「…………は?」
「バスケやってなかったら、流川にこんな風に喋ってもらえなかったもんね!」
「あー……そういう意味じゃ、ねえ…………けどまあいいや」
「ん?」
「なんでもねえ」
微妙に腑に落ちない顔をしている流川。
なんだ、私は何かマズイことでも言ったのか。
最後のほうは言葉がよく聞えなかったんだけど。
なんでもねーっていうなら追求しないほうがいいのかな。
「そう?それならいいんだけど」
そう言うと、さっきの笑みとは裏腹にため息を吐かれた。
ため息吐かれるようなことは言ってないと……思う、けど。
「先輩いつ暇すか?」
「中間終わってからだったら、いつでも大丈夫だと思うよ」
「じゃあ、中間終わってからのバスケ部が休みの時に、また誘う」
「うん、わかった。流川もちゃんと勉強すんのよ!」
背中をバシッと軽く叩いてやれば、小さく『イテッ』なんて呟いて。
話がまとまったので、流川は体育館へと向かっていった。
私は元々行こうと思っていた図書室へ。
に、しても。
流川とデートかあ。
向こうはそうは思ってないかもしれないけど、男女二人で出かけるってことはやっぱりデートとしか言いようがない。
そこにラブはなくても、友達デートとか言ったりするし……デートはデートだ。
そもそもデートっていう言葉の意味は……って、何考えてるんだろうか私は。
デートっていう言葉を頭の中で繰り返すたび、だんだんと緊張してきちゃった。
そういえば、私、男の子と二人で出かけたことなんてなかったな?
しかも流川なんてあんなカッコイイ男の子と一緒に並んだら、周囲の視線が痛すぎる気がするのではないか。
どどど、どうしよう。
一緒に出かけられるような、そんな大層な服も持ってない……!
化粧テクとか、何もないんだけど!
彩ちゃんだったら相談に乗ってくれるかな。
このままでは勉強に身が入るわけがない。
そう思った私は、図書室とは反対方向に足を向けて。
携帯片手に、彩ちゃんに電話をすることにした。
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